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亮音のワーホリ日記 in フランス~ニース(Nice)編~

海に救われた。
パリでの修行のような毎日に幕を閉じ、ニースに到着。
私の耳元で、闇はいつか終わんだよと、海風がそう囁いていた。

寄せては引いてを繰り返す波音が耳に心地よい。海から吹く風は、4月の夜にはまだ肌寒く、ワーホリの間一度も切っていない髪をもてあそぶ。

昔から自然が大好きだった。
生まれ育った京都の盆地の中の鴨川の近くで生まれ育った。海はなかったけれど、昔から水の音は聞きながら育った気がする。
父は毎年のように家族を海に連れて行ってくれたし、スキーにも何度か連れて行ってくれた。その頃から母親に「あんたはホンマに海の近くか山の中で育ったらよかったのにねぇ」と言われていた。母親は全くスポーツをしないからいつも荷物番だったけれど、それでも文句も言わず子供が楽しんでいるのを楽し気に見ていてくれた。

ニースの海を見ながらそんな子供時代を思い出していると、まぶたから嫌な日々が自然と流れていて、ロングTシャツの袖でそれを拭う。
早めに切り上げて日本へ帰ることも考えたけれど、ニースに到着してからはそんな気持ちは吹き飛んでいた。まだまだ仕事も住居も探さなければいけないから不安は大きいのだけれど、そんな不安は海の波が全て洗い流してくれるような気がした。

ニースでも語学学校に通い、ホームステイを依頼した。食事なしの間借りだったから、ホストファミリーと言っても挨拶を交わす程度で、後は自由に過ごしていた。キッチンもトイレもシャワーも全て別、食事もついていないのに観光地であるニースの家賃は、ルーアンの食事つきのそれよりも高かった。それでも街まで歩いていけて、夜は静かなその家はお気に入りだった。

1週間と経たないうちに就職活動を始める。ニースには日本人が経営している日本食のお店がいくつかあり、ネットでも調べていたが、気分転換に歩いて回った。

1軒目は、ネットを見ながら目を付けていた日本食レストランのお店。オーナーの男性に履歴書を渡しても「こんな忙しい時間に来られてもねぇ。他にも雇っているから」とすげなく断られた。もう慣れっこだった。

2件目は居酒屋を目指して歩いたけれど、そのお店は日本に帰国中で残念ながら閉まっていた。

3件目はその近くのお弁当屋さん。
1件目と2件目の間にあり、ネットで調べてなかったから一度素通りした。けれど、2件目が閉まっていたので戻ってみた。2人の日本人女性が慌ただしく仕込みをしていて人手は十分な気はした、けれど声をかけてみる……案の定断られた。
それでも「日本人の知り合いに声をかけてあげる」と優しく対応してくれ、その日は飛び跳ねて帰ったことは言うまでもない。

翌日もいくつかお店を回る。ラーメン屋さんには一度、客として入ったことがあったけれど、かなり暇そうだった。それでもチャンスはあるかもしれないと声をかけてみると、「考えたいので、一度時間が欲しい」と言ってくれた。
お礼を言って店を出た。

これで調べていた日本食レストランは全部だった。やっぱり簡単にはいかないなとその日も海を見て帰った。
海を見ていると「ダメ」と思う気持ちは次第に薄れ、自信がみなぎってくる。その日も根拠のない自信を身体にまとい、海を離れた。

せっかくだからいつもと違う道を歩いてみよう。
大通りばかり通っていたけれど、少し細い道に入ってみると違う景色がそこには合って、ふと顔を上げると「japonaise」の文字が浮かんでいた。
はて? と思い、見てみるが、営業時間じゃないのか休業日なのか、シャッターが閉まっていた。ただ、「restaurant」の文字が書かれているので、家に帰って看板に書かれていたレストラン名を検索バーに入力すると、フランス料理と日本料理のフュージョン(融合)レストランと書かれていた。しかもオーナーは日本人だったので、これはラッキーとばかりに改めてランチが終わる時間を狙って訪問してみることにした。

ランチ営業が終わってすぐだったようで、既に電気は消されていたけれど、まだシャッターは上がっていた。ガラス越しに、奥には人がいる気配がする。ガラスドアをコツコツしてみるが、誰も気づいてくれない。

ドアを押してみるとスッと開いた。「こんにちはー」日本語で声をかけてみる。楽しそうな話声は聞こえるのに、気付いてもらえない。何度声をかけても同じだった。「失礼します!」と一応断って中に入る。

「きゃっ」
「ぎゃっ」
いきなり奥から人が出てきてお互い驚き勝手に入ったことを謝り倒して、事情を説明する。奥からシェフ兼オーナーの女性に履歴書を渡し、簡単に話を聞いてくれた。
結局スグには回答をもらえず、やっぱりダメだったかと、とぼとぼ大通りに到着し、ベンチに腰を下ろす。携帯電話に知らない番号から着信が残っていた。すぐに折り返すと先ほどのレストランからだった。
「一度仮で働いてみませんか? 人は足りているから、1週間もいられないかもしれないけど、それでも良けれ……」
「はいっ! よろしくお願いします!!」
食い気味で返答し、次の日からお世話になることになった。結果から言うと、このレストランで5か月丸々お世話になることになった。
その後にラーメン屋さんからも「週末だけ、洗い場で」と連絡をもらったけれど、事情を説明すると、「それなら仕方ないね」と理解してくれた。
日本人同士のレストランは大体お互いに繋がっている。レストラン名を言えば事情をわかってくれて、「もしそこがダメだったらまた声をかけてください」と向こうからお願いされ、また暖かい気持ちになった。

そんなこんなでニースの職探しはあっという間に解決した。

つづく

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