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文化の日に文化について考えてみる

最近「文化」という言葉について、いろいろと考えを巡らせることがある。

ちょうど今日は「文化の日」ということで、私が最近「文化」なるものについて考えていることについて書き留めてみたい。

「文化」の定義ってなんですのん?

定義が自明ではない言葉を使うとき、私は2つの側面から定義を考える。
一つは他社とのコミュニケーションにおける有用性、もう一つは思考における有用性だ。今回は思考における有用性から「文化」を定義してみる。

日常的に「文化」ないし「カルチャー」という言葉を口にするとき、多くは音楽、絵画、ファッション、映画などなど芸術的なものというようなコンテキストで使われることが多いのではなかろうか。

しかし、今私が考えを巡らせているのはもう少し抽象的なレベルでの「文化」だ。

「文化」について考えるツールとしての「進化生物学」

文化について考える前提条件として、ドーキンスの進化生物学的な人間観を使用してみる。

ドーキンスは、遺伝子が自己複製と生存のために「利己的」に振る舞うと提唱した。この見解では、生物個体は遺伝子の存続を目的とする「乗り物」や「サバイバル・マシン」にすぎないとされる。

つまり、人間を含む生物の行動や特徴、遺伝子が生き残るための都合で決定されるという考え方だ。

しかし、文化については遺伝と異なる仕組みで伝わるものとドーキンスは考えた。そこで、文化的な要素も遺伝子と同じように「自己複製の単位」として考えられるのではないかと提案し、これを「ミーム」と名付けた。ミームは私たちが生まれつき持っているものではなく、アイデアや行動、価値観などが模倣や学習を通じて人から人へと伝播するプロセスで形成される。

つまり、文化は遺伝子のように生まれつき決まったものではなく私たちが創造的に築き上げ、変化させていくことができるものと捉えられるのだ。

もし自分が文化を作れるなら、どんな文化を作るか?

こうした文化観を持つと、自然と「自分はどんな文化を作りたいか」という問いが頭の中に浮かんでくる。

書きたいことは山程あるが、これを書き出したら時間がいくらあっても足りないので、目にしてくださった方とは直接お話できる機会があればいいなと思う。

あなたはどんな文化を作りたいですか?

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