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「ものさし」を武器にして。心折れずに進むために。

「ものさし」をつくる

おおよその話。
自治体が、何か新しい事業を始める時に、行政組織の内部で必要なエネルギーを1とした時、逆に、何か事業をやめる時に必要なエネルギーは、100倍以上と思っている。

なぜかと言うと、どんな事業でも、事業費の大小に関わらず、必ず、受益者や対象者がいるからだ。

例えば、高齢者かもしれないし、子育て世代かもしれない、乳幼児とか、障害者とか、農業者とか、商店主とか、あるいは、ある一定の地域の人だったり、地域で活動している人たちだったり、大なり小なり、誰か住民が関係している。

その人たちが、当たり前のように受けていたサービスが、突然なくなったり、縮小されたりすることを知ったとしたら、普通反対するし、内容によっては、直接関係のない人まで、「かわいそう」みたいな文脈で、一緒になって抵抗する。

分野で言えば、医療とか福祉、教育なんて、廃止すると言ったら、絶対に蜂の巣をつついたような騒ぎになるし、経験則上、昔からやっている事業の方が、やめることが難しい。

だから、もし、何か事業を廃止しようと思ったら、何かしら、「客観的な根拠」が必要で、それを説明し、そして、より多くの人に、概ね納得してもらわないと、実現どころか、議論さえも前に進まない。
それは、今でも、心と体に残っている傷のように、刻み込まれている。

ところで、客観的な根拠って。

例えば、費用対効果とか、有効性とか、重要性とか、直接性とか、はたまた、優先度とか、住民満足度とか、挙げれば切りがない。
いずれにしても、これらを数値化して、何か他の基準や事例などと比較しないことには、客観性が保てない。

さて、そこで必要になってくるのが「ものさし」だ。
「ものさし」の目盛にあたるものは、5段階での絶対評価だったり、目標の達成度合いだったり、かけた費用に対する成果の割合だったりすることもあるし、場合によっては、あらかじめ、受益者や事業目的ごとに、削減率を定めたりすることもある。

例えば、奨励的な補助金だったら事業費を3割削減とか、15歳以下は1/2とか、2年目以降のものは2/3、のように、設定するイメージだ。
「ものさし」を、お堅く言い換えれば、「見直し基準」、柔らかく言えば、「ルールブック」みたいなものを、想像してもらったらいい。

なので、一番最初にするべきことは、見直し作業を始めると、高らかに宣言することで、その理由と一緒に、丁寧に説明する必要がある。
そしてその次は、作った「ものさし」を十分に説明し、「ものさし」の目盛りのことも、よく理解してもらうことが重要だ。

そうしないと、揉め事が起きて、全然前に進めなくなる。
これら一連の取組のことを、世の中では、行政改革、事業の棚卸し、事業仕分けなどと呼んでいる。

「ものさし」戦記

以前、勤めていた岡山県庁では、40代で中途退職するまでの約10年間、行革の最前線に立っていた。

自分たちで作った「ものさし」(見直し基準)を使って、全部で約3000あった県の事業を、ひとつひとつ見直していた年のことだ。

とある団体に交付していた運営費補助金を、翌年度から、2万円カットする方針を固めて、先方に伝えた。
そうしたところ、すぐさま、その団体の代表者や役員の人たちが、県の上層部のところに、怒鳴り込んできたのだ。

「県は、7000億円も予算持っとるのに、たった、2万円の金が払えんのか。」

その団体は事業規模も小さい、いわゆる零細団体なので、2万円のお金は大切で、そういった事情は承知していたし、その団体の運営状況や決算、事業の内容も、十分理解していた。
その上で、2万円の削減は、「ものさし」を当てた上での判断だった。

団体の役員たちが帰った後、上司である総務部長に呼ばれた。

「これ、やっぱ、だめだよねぇ。」
「だめです。」

ここで例外を作ると、他の同様の見直し方針にも影響が出る。
何より、同じように交渉したり、説得したり、ぎりぎりでせめぎ合っている仲間たちの士気が、一気に下がってしまう。
短い時間で、そんなことを考えていた。

続けて、部長が言った。

「国会議員や、県議会議員の先生に相談するって言ってたけど、まあ、電話がかってきたら、全体方針だから、ちょっと難しいって言っておくよ。」
「すみません。ありがとうございます。」

そんなやりとりがあり、その後もしばらく揉めたけど、当初の方針どおり、2万円削減することは変えずに、押し通すことができた。

それができた原因は、2つある。

1つは、「ものさし」を、オープンにしていたこと。
そうすることで、イレギュラー扱いや、便宜を図ろうとしても、全部の結果が公表された途端、横並びでないことが判明してしまう、ということを相手方に認識してもらえたからだ。

そして、もう1つは、「ものさし」という武器を使うことで、結束が緩まずに戦い抜けたこと。
やっぱり「ものさし」を使う人の気持ちも、とても大事だということを、あらためて実感した。

平成19年の、熱くて長い夏の出来事だ。

「ものさし」の使い方を考える

ところで、いくら素晴らしい「ものさし」を作ったとしても、人それぞれに価値観は違うし、数字で整理しきれない部分も残ってしまう。

とりわけ、直接的に、不利益を被る側は、徹底的に抵抗することもよくあるし、結果を受け入れたとしても、不満や恨みが残り、後々まで引きずられたりする。

政治的な圧力や判断、全く関係ないところからの攻撃など、普通の神経なら、心が折れそうになって、「ものさし」を折りたくなる。

なので、事業をやめるときのエネルギーが、100倍以上と言ったのは、そんな出来事が、どんな案件の場合でも、大なり小なり勃発するからだ。

これから先、どんな自治体でも、財政状況が苦しくなったとか、事業が膨らみ過ぎたとか、何かのタイミングで、必要に迫られて、いわゆる行革、事業の見直しをしなければいけない時期が、必ずやってくると思っている。

臨時的なコロナ対策や、地方創生関連で、ここ数年間の短い期間の中で、自治体の事業は、恐ろしいほど増えてしまった。
人は増えていないが、仕事は増えている。

少し心配なのは、それらが、これまでのルールとかボリューム、あるべき役割分担などを、一旦、無視するように、積み上がってしまっているように感じられるからだ。

貯金を使い切ってしまい、毎年、綱渡りのような財政運営をしていた頃の雰囲気に、少しずつ少しずつ近づいているような、そんな予感もしなくもない。

もし、どこかの自治体で、事業の見直しをすることになったとしたら。
あの時のように、「ものさし」をつくることから、始めるべきだ。

「ものさし」がないと、戦えないし、終わらない。
「ものさし」のこと、どこかの誰かに伝える日、そのうち必ずやって来る。

では、また、今度。

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