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ARCHIVES『THE NIKKEI MAGAZINE Ai』プレミアムクラブ会員向けメールマガジンその13「俳優(1)」(2015年11月~2023年3月配信/文:Katsuma Kineya、編集:講談社、配信元:日本経済新聞社)

※名跡は配信当時のものです

海老蔵丈の見どころと見せどころ

2015年12月4日配信

 歌舞伎は芝居だけでなく歌も踊りも楽しめる極上のエンターテインメント。笑いあり涙あり、ときに荒唐無稽でときに情緒溢れ、絢爛豪華だったり幽玄だったり。このメルマガでは、歌舞伎の胸躍る異次元の世界にどっぷりと浸かるのが何よりも好き、そんな一ファンから見た、率直な歌舞伎の魅力をご紹介していきたいと思います。まだ観たことのない方にもこの楽しみをシェアしていただけることを願いつつ、しばらくお付き合いのほどを、心よりこいねがう次第にございます。

 というわけで、歌舞伎のことはよくわからないけれど観てみたいという方にまずおすすめなのが、ひいきの役者さんを見つけること。テレビドラマや映画で気になった役者さんをナマで見ると、感動もひとしおです。芝居は何でもそうかもしれませんが、数年追いかければ、役者さんの成長を見守っている気にもなれます。同じ役どころでも、若い頃の魅力と円熟してからの味わいは異なるから不思議なものです。そんなひいきの役者さん探しをお手伝いするために、これから毎回、一人ずつ、役者さんにスポットを当てていきたいと思います。

 さて、一回目は、手前味噌でお恥ずかしながら、私がここ十年ほどひいきにしている役者さんのひとり、十一代目市川海老蔵丈についてのお話。各方面でご活躍ですので、あえてその魅力を説明するまでもありませんが、歌舞伎でご堪能いただきたいのが、ナマ海老蔵丈が放つ、言葉で言い尽くせないほどのオーラです。立っているだけで絵になる存在感は格別ですし、海老蔵丈が登場すると芝居全体にぐっと濃厚な味が出るのは、持って生まれたスター性があってこそ。遅まきのファンではありますが、今や成田屋(海老蔵丈の家、市川團十郎家の屋号)を担う存在の海老蔵丈は、これからますます役者さんとしての厚みが出てくるに違いなく、ひいきのしがいがあるというものです。

 ところで海老蔵丈の市川團十郎家は市川宗家と呼ばれ、歌舞伎界にとってこの上なく重要な存在です。江戸時代、屋号をつけ始めたのが初代市川團十郎、座元ではない役者の襲名も初でしたし、荒事(隈取りをして奇抜な衣装をまとった英雄豪傑が登場する活劇)を生み出したのも初代といわれています。歌舞伎十八番を初めて制定し、『勧進帳』を創り上げたのが七代目であり、維新後、歌舞伎を高尚な演劇として明治政府に認めさせたのが九代目です。そうした歌舞伎界を背負って立つ名跡をいずれ継ぐことになる当代海老蔵丈は、家の伝統ともいえる進取の気質に富んでいて、新しい試みにも意欲的です。歌舞伎をはじめとする日本の古典芸能を紹介する『古典への誘い』、歌舞伎だけでなく能楽、狂言、落語などのエッセンスを海外も視野に入れて紹介する『JAPAN THEATER』、主に新作を披露する自主公演の『ABKAI』、歌舞伎、能、オペラが融合した『源氏物語』、宮藤官九郎脚本×三池崇史演出の六本木歌舞伎『地球投げ五郎宇宙荒事』と、どれも本歌舞伎や花形歌舞伎とはひと味違う世界観を持った企画で、観る人を魅了します。歌舞伎に二の足を踏んでいる方は、まずはこのあたりから入るとよいかもしれません。

 もちろん、こうした演し物を納得のいく充実したものに仕上げるには、幼少の頃から積み上げた芸あってこそ。さらに海老蔵丈は、絶妙な「間」を心得ていて、こればかりは天性のものといえるかもしれません。所作事(舞踊)はもとより、たとえ新作であっても、「間」が悪くては観客に面白さが伝わりません。立ち回りも六法(同じ側の手足を出す勇ましい歩き方)も見得も台詞回しも、「間」こそが、要。そうした天性の恵みを努力で磨き上げ、役柄を問わず古典から新作まで、海老蔵丈の芸は、このところ、幅も深さもいっそう充実してきているような気がします。また別の機会に改めてご紹介したいと思いますが、ひとつひとつの演目についても、魅力を挙げればきりがなく、私の成田屋びいきは、まだまだ続きそうです。

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染五郎丈の見どころと見せどころ

2016年4月1日配信

 花形のなかでお兄さん的な存在の七代目市川染五郎丈。見目麗しく、口跡も素晴らしく、いうまでもなく、演じてよし、踊ってよし。このところはぐっと貫禄も備わり、今では大歌舞伎でもなくてはならない役者さんです。例えば昨年11月の『勧進帳(かんじんちょう)』でも、凛とした富樫を、幸四郎丈の弁慶に劣らぬ存在感で演じていました。

 ひと頃、花形歌舞伎を観れば、染五郎丈が俳優陣に名を連ねていることも多く、新橋演舞場や明治座などで拝見していました。印象的だったのは、平成二十二年の『染模様恩愛御書(そめもようちゅうぎのごしゅいん)』です。印象的な演目で、男衆(男色)を描いたものでした。そのテーマの特殊性と火を使う演出の難しさから、昭和十年以降平成十八年大阪松竹座公演まで、長らく上演を見合わせてきたという演目です。演出を新たにした復活上演からさらに磨きをかけたのが、日生劇場にかかったこの東京公演でした。大川友右衛門に扮する染五郎丈は、美しく凛としていながらときに情けなく、心に残っています。筋書きに、それまでの「四年間に取り組んださまざまな新作歌舞伎の(影響が)大きいですね。自由に発想する現場にいられたこと、そのおもしろさと歌舞伎の境界を学んだことで、そういう刺激や興奮に匹敵する作品を作りたいと思いました」と語っています。この気持ちは、勘九郎丈や七之助丈などと共演した『アテルイ』やラスベガス公演などへと、さらに進化しつつ、つながっているような気がします。

 染五郎丈は、立役(ここでは善人の男性の役の意)はもちろん、女形から色悪(美男子の悪党)、実悪(重要な悪役)などの敵役まで、さまざまな役どころを演じ分けられる実力派の役者さん。十代の頃から、歌舞伎のみならず、ラジオ、テレビ、映画、歌舞伎以外の舞台でもご活躍です。多少なりともそういったエンターテインメントに触れる機会があれば、誰でも成長ぶりを知るともなく知っているような、いわば国民的俳優さんの一人でもあります。テレビでは、BS時代劇『妻は、くノ一』の雙星彦馬役が記憶に新しく、誠実で愛情深く、でもちょっとへなちょこな役柄を好演していました。雑誌の『演劇界』や『家庭画報』で連載を持ち、『市川染五郎の超訳的歌舞伎』(小学館刊)などの執筆にも意欲的。歌舞伎を広く知ってもらう努力を惜しみません。『演劇界1月号』の連載でも触れていましたが、昨年末、国立劇場で幸四郎丈との共演にて『東海道四谷怪談(とうかいどうよつやかいだん)』にお岩役で出演しています。この演目は夏の定番なのですが、それをあえて冬に上演するのは、背景に『仮名手本忠臣蔵(かなでほんちゅうしんぐら)』があるからで、初演時は交互に上演したそうです。こういった試験的な演し物に加え、新歌舞伎にも出演。前述の『アテルイ』での『アテルイ』役は実にかっこよく、大評判でした。

 ところで、高麗屋さんはアメリカと縁が深いようです。お祖父様の白鸚丈はブロードウェイで俳優たちに歌舞伎を教え、お父上の幸四郎丈は染五郎時代に、同じくブロードウェイで見事にラマンチャの男を演じきっています。そして当代染五郎丈は、ニュースなどでも話題になっているように、大成功を収めた昨年に続き、今年も5月にラスベガス公演を控えています。彼の地での染五郎丈はどんな風に観客の目に映るのでしょう。いつかそのあっぱれな姿を、拝見できればいいなと思っています。

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菊之助丈の見どころと見せどころ

2016年4月28日配信

 ほっそりした肩に小さな卵形のお顔がのり、頬は少しふっくらしていて、まつげは長く、色白で……。菊之助丈の女形は可憐でたおやか。立役ではいつもスッとした美男子、という印象があります。

 旧歌舞伎座のさよなら公演で初めて拝見した『京鹿子娘二人道成寺(きょうかのこむすめににんどうじょうじ)』では、純真無垢な風情の菊之助丈と、可憐でいてどこか妖艶な玉三郎丈との、絶妙なコンビネーションにため息をついたものです。その後閉場式で五人の道成寺があり、そちらは言葉では言い尽くせない特別感があったのですが、私の中では、その前に観た二人の道成寺も同じように印象的で、旧歌舞伎座の最後を飾った、好対照をなす二演目として、セットで思い出に残っています。

 もう一つ、菊之助丈が出演した演目で強く心に残っているのは、『NINAGAWA十二夜』。平成十七年の初演時の筋書きで、蜷川さんが寄稿された文の中に、演出することになった理由が書かれています。曰く「菊之助さんの役者としての魅力と真摯さに負けたのです」と。そして「菊之助くんから『十二夜』の演出してくださいませんかと言われました」ともあります。それまで、菊之助丈には、優等生的で何を演じてもそつなくこなす美形俳優さん、という印象を抱いていたのですが、この蜷川さんの文を読み、菊之助丈を見る目が変わりました。端正な顔の下には、熱い情熱が隠されているのだと。演出を新たにしてロンドンでも成功を収めた二幕版も拝見しました。その筋書きの菊之助丈へのインタビューでは、二幕冒頭の踊りについて「左大臣に対して自分(織笛姫)の魅力をアピールしようと、(振付の尾上)青楓さんと一緒に新たにつくり直しました」と語っています。さまざまな場面で意欲的に取り組んでいることがよくわかるコメントです。

 菊之助丈は花形役者さんだけに、どうしてもきれいどころの役が多いように思いがちですが、悲しみを胸の内に秘めながら気丈にふるまう、熟女役『伽羅先代萩(めいぼくせんだいはぎ)』の乳母政岡など、難しい役どころにも挑戦し、キャリアを積み重ねています。音羽屋のお家芸ともいえる※『三人吉三(さんにんきちざ)』のお嬢吉三では、きれいなだけではない、独特の毒のある色気をうまく表現しています。花形歌舞伎にももちろん出演していて、新作歌舞伎『陰陽師(おんみょうじ)』では滝夜叉姫を演じていました。(※2023年8月8日訂正)

 いまや菊五郎丈とともに音羽屋を担う菊之助丈は、襲名してからもう二十年経つベテラン。お父上の十八番やお家芸はもとより、ストレートプレイにも取り組み、芸を磨くことに余念がないように見えます。美しく恵まれた容姿や生まれ持った口跡のよさに甘んじることなく、鍛練を積んで、地道に役者道を歩み続ける菊之助丈。いまでは歌舞伎界に、なくてはならない存在になっています。

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