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ARCHIVES『THE NIKKEI MAGAZINE Ai』プレミアムクラブ会員向けメールマガジンその15「俳優(3)」(2015年11月~2023年3月配信/文:Katsuma Kineya、編集:講談社、配信元:日本経済新聞社)

※名跡は配信当時のものです

巳之助丈の見どころと見せどころ

2016年6月3日配信

 ひいきの役者さんを探して七回目となる今回からは、さらに若手で、まだ初々しさの残る世代を、しばらくご紹介してみようと思います。役者さんとしても人としても伸びしろが大きく、まさに傍らに寄り添って見守ることができ、ファン冥利に尽きる役者さんたちです。

 青田買い第一回目は、坂東巳之助丈。もちろんまだ二十代で若さ弾けるときですが、実は、すでにかなりのご活躍です。昨今は舞台から熱が伝わってくるような気がすることもあるほど。以前、お父上の十世坂東三津五郎丈が、テレビのインタビューで(文言は正確ではないと思いますが)、もう少し歌舞伎に専念してくれるといいと話されたことがあります。そのときにも、とはいえ、舞台には結構出ているのだし、若いのだからほかの世界を見たいと思うことは当然なのに、やはり厳しい世界なのだなと、思ったものです。実際、手持ちの筋書きを見直しただけでも、大歌舞伎も花形歌舞伎もさまざまな演目に出ていて、修行道まっしぐらという感じがします。

 いちばん最近では新春浅草歌舞伎が印象に残っています。今年の顔ぶれはそれこそ次世代を担う面々で、みなさんみずみずしく、ほほえましい舞台でした。巳之助丈は『三人吉三巴白浪』のお坊吉三などを演じました。こういった人気の演し物は、大御所の役者さんが深みのある演技で客を引き込んでいく醍醐味を味わう面白味もあれば、若手俳優さんの多少ぎこちないながらも一所懸命の様子を、応援しながら観る楽しさもあります。巳之助丈のお坊吉三は、もちろん諸先輩方と比べてしまえば、年齢的にも貫禄が違うわけですが、若いゆえの一途な気合いの入れようにほだされ、思わず心の中で「がんばれ!」と声をかけてしまいました。そういった胸キュンの応援モードこそ、若手俳優さんをひいきにするよさのひとつともいえます。

 巳之助丈でもっとも胸キュンになった演し物で断トツなのが、スーパー歌舞伎Ⅱ『ワンピース』。ストーリー自体が思いもよらない展開ですが、「え、これが巳之助丈?」という役柄にびっくり。新作なので、役者さんから裏方さんまで、みなさん入魂の度合は最高レベルだったと思いますが、新作ゆえに、見比べることなく、純粋に役者さんの実力を見ることができるわけで、そういった意味で、巳之助丈は確実に光を放っていました。

 歌舞伎、というよりも演劇はすべてが生もので、時代時代の世相を映します。古典といわれる時代と現代では、服装などの見かけはもとより、社会体制も生活様式も大きく異なります。一方で人の心の動きなど、変わらない部分もあります。前者は先達から学びとり、追求し、やがては自分のスタイルを見つけていくことになるのでしょうし、後者については、人生経験を重ねて初めて納得のいくこともあると思います。そんな風に考えると、演技も人生もまだまだこれからの若手俳優さんであれば、おそらくは舞台で一回演じるごとに、何かしら成長していくはずです。たとえ大俳優でも、同じ公演を二回観れば、必ず「あっ」と思うような発見があるのが歌舞伎です。若手俳優さんなら、そんな機会も増えそうです。ひいきの役者さんを見つけたら、たまには同じ公演に何度か通ってみるのも、楽しみ方のひとつです。

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隼人丈の見どころと見せどころ

2016年7月1日

 最近、歌舞伎にまったく興味のない知人などから「揖保乃糸のCMに出ているあの美男子はどんな役者さん?」とよくきかれます。「いまちょうど伸び盛りの有望な若手俳優さんよ」いつもそんなふうに答えるのですが、誰が見ても美しく凛としたこのイケメン俳優さんは、ご存知、中村隼人丈。初々しく瑞々しく採れたての果実のような新鮮さで、舞台に表れる現れる(2023年8月8日訂正)と爽やかな風が立つようです。

 中村隼人丈は、萬屋の中村錦之助丈長男で現在二十二歳。初舞台は、平成十四年二月歌舞伎座、お役は『菅原伝授手習鑑 寺子屋の場(すがわらでんじゅてならいかがみ てらこやのば)』松王丸一子小太郎。初めのころは女形も演じていましたが、いまは立役で修行中。お父上譲りの品の良い凜々しさと端正な面立ちが魅力です。平成十六年十二月歌舞伎座で、当時まだ十一歳だった隼人丈を拝見しているのですが、残念ながら、お小さいころの様子はうろ覚え。ただ、筋書きを見るとご一緒に舞台に立たれている顔ぶれが、お父上はじめ、十八世勘三郎丈(当時勘九郎)、十世三津五郎丈など、重鎮の役者さんばかり。恐らく舞台に立っているだけでも学ぶところがいろいろあったのではないかと思います。ここが歌舞伎のよさでもあり、次世代の役者さんを、周りのみなさんが温かく見守り、ときに厳しく叱って育てていくわけです。

 注目し始めたのはまだ最近のことで、平成二十六年十月花形歌舞伎『獨道中五十三驛(ひとりたびごじゅうさんつぎ)』由井民部之助役。すらりと背の高い二枚目で、口跡もよく、立ち居振る舞いもきれい。あらこの方どなたでしたっけと早速筋書きでお名前を覚えて、以来、例えば見得を切ったりしたときなどの拍手につい力が入ってしまいます。歌舞伎のよいところは、上演中に、ひいきしてますよおと、特定の役者さんに対して表明ができること。ストレートプレイだと、一人の役者さんに対してエールを送ることができるのは、基本的には最後のご挨拶のときだけですから。ただ、ストレートプレイでも、歌舞伎俳優さんが出ていると、つい間違えて途中で拍手を送ってしまい、ひどく目立って俳優さんと目が合ってしまうこともあります。恥ずかしいような、目が合ってうれしいような。目が合った気がするというのは、舞台鑑賞のナマならではの醍醐味のひとつですが、花道のある歌舞伎はその機会も多く、そういった意味でもひいきの役者さんがいると楽しみが増えます。

 ところで、またその演目かと思われそうですが、印象に残っているのがやはり『ワンピース』。隼人丈が本水での大立ち回りの後、にっこりと会心の笑みを浮かべる様子が本当に爽やかで、心から拍手を送りました。演目は違うのですが、猿之助丈がやはり二十代初めのころに本水で立ち回りをして最後に満面の笑みを浮かべたことをふと思い出しました。本水での立ち回りというのは、滑ったらみっともないし、衣裳は重くなるだろうし、いろいろ大変なことが多く、だからこそ見せ場でもあります。若手の役者さんにとってやりがいのある場面で、しっかり務めると達成感があるのでしょう。観る側も、若い役者さんですとなおさら、場面最後に無事見得を切ってくれると、あっぱれという気持ちと安堵感がない交ぜになった、独特の高揚感を覚えます。

 昨年十二月の国立劇場『東海道四谷怪談(とうかいどうよつやかいだん)』ではキリリとした立役、今年の新春浅草歌舞伎『三人吉三巴白浪(さんにんきちさともえのしらなみ)』ではお嬢吉三をこなすなど、拝見するたびに新しい魅力を発見できる隼人丈。今年は七月からテレビドラマ出演の予定もあり、お顔を見る機会がさらに増えそうです。

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右近丈、米吉丈の見どころ見せどころ

2016年7月29日配信

 初々しい女形で気になるのが、平成二十六年に名題適任証(日本俳優協会の名題資格審査に合格した証)を取得した尾上右近丈と中村米吉丈のお二人です。ともにまだ二十代前半で、修行の真っ最中。

 役者さんというのは不思議なもので、あるとき急に、あら、勘所をつかんだのかしらと思う瞬間があります。それまで気づかなかったのに、突然存在感を増すときがあるのです。右近丈の場合は平成二十六年七月歌舞伎座『天守物語(てんしゅものがたり)』。玉三郎丈の富姫と海老蔵丈の図書之助の美しい御両人を拝見しに行ったのですが、このとき、富姫の妹のような存在でお芝居前半の重要な役、亀姫を、右近丈が演じていたのです。美しく妖艶な富姫に対して初々しく可憐な亀姫の対比がえもいわれぬ麗しさで、深い印象を受けました。そうして思い返してみると、その二年前の二十四年、当代猿之助丈が主催した『亀治郎の会さよなら公演』の『連獅子』で子獅子の精を勇ましく舞ったのも右近丈でした。実は右近丈は実名で出ていた子役のころから舞踊の筋がいいとされていたようです。曾祖父が名優六世尾上菊五郎丈で父は七代目清元延寿太夫と歌舞伎に縁の深い家の生まれで、平成十七年より、七代目尾上菊五郎丈のもとで研鑽を積んでいます。

 一方の中村米吉丈は、ふっくらとした顔に垂れ目がかわいい女形。中村歌六丈の長男で、平成十二年歌舞伎座『君臣船浪宇和島(きみはふねなみのうわじま)宇和島騒動』で弟の龍之助丈とともに襲名披露の初舞台を踏んでいます。当時の筋書きの写真を見ると、いまと変わらないかわいらしい面差しです。気になりだしたのはやはり平成二十六年で、十月新橋演舞場『獨道中五十三驛(ひとりたびごじゅうさんつぎ)』で猿之助丈演じるお松(十八役のうち)の妹、お袖に抜擢され、可憐な女形を見せていました。前年三月にはル テアトル銀座『夏祭浪花鑑(なつまつりなにわかがみ)』にて、海老蔵丈の団七が救い出す傾城琴浦をみずみずしく華麗に演じています。そして今年、若手俳優が大きな役どころに挑戦する絶好の舞台でもある『新春浅草歌舞伎』で、『与話情浮名横櫛(よわなさけうきなのよこぐし)』のお富に挑み、若々しいながらも色気のある女形で、お姫様役とはひと味違う、味のある演技を見せました。今年5月には染五郎丈率いるラスベガス公演『SHI-SHI-O』に父上とともに出演、海外公演も経験しました。

 女形というのは、男性が演じる女性ですから、役者さんの年齢にかかわらず、娘役から大年増の役まで演じ分けるのを見られるのもおもしろいところです。たとえば平成二十年、喜寿記念公演での、坂田藤十郎丈の『京鹿子娘道成寺(きょうがのこむすめどうじょうじ)』。それはそれは、はんなりとした上方らしい白拍子花子で、その可憐な様子はいまでも思い出せるほどです。そうした域まで到達するには、この上なく長い道のりですが、応援するほうからすれば、それだけの時間を共有できるわけで、ひいきする醍醐味でもあると思います。

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新世代役者の見どころ見せどころ

2016年8月26日配信

 いまちょっと楽しみにしているのが、十月と十一月の東京歌舞伎座。現在あちらこちらで報道されている、成駒屋親子四人同時襲名披露公演です。当代中村橋之助丈が中村芝翫、息子さんの中村国生丈が四代目中村橋之助、宗生丈が三代目中村福之助、中村宜生丈が四代目中村歌之介を襲名します。

 平成二十三年に他界した七世芝翫丈は、女形の名優で人間国宝でした。記憶に新しいのは平成二十二年橋之助丈と共演の『実録先代萩(じつろくせんだいはぎ)』浅岡。前年の『人情噺文七元結(にんじょうばなしぶんしちもっとい)の角海老女房お駒も熟女のツヤっぽさはさすがでした。白塗りの立役では、平成十二年の義経がいまでも心に残っています。弁慶が團十郎丈、富樫が猿翁(当時猿之助)丈で、大御所お三方の重厚感が舞台全体を包んでいました。お父上のこの大名跡を襲名する橋之助丈は、いまや押しも押されもせぬ立役の重鎮。“大芝翫”といわれる四世以来の立役の芝翫とのことで「父から話を聞き、書籍などからもこんなに天真爛漫で規格外の役者はいないと思いました。そういう大きな役者に近づくことも大事だと思っています」と歌舞伎公式総合サイト『歌舞伎美人』で抱負を語っています。橋之助丈については機会を改めてお伝えしたいと思います。

 さて、前置きが長くなってしまいましたが、新世代のお話です。お父上が三十五年にわたって担い大きくしてきた橋之助を継ぐのは、長男の国生丈。福之助を襲名する次男宗生丈とともに、平成十二年に初舞台を踏んでいます。初舞台は拝見していませんが、数年後の十六年に見た『今昔桃太郎(いまむかしももたろう)』で国生丈が桃の花の妖精、宗生丈が桃太郎甥宗蔵を演じていて(実際にも、桃太郎を演じていた十八世勘三郎丈の義理の甥にあたります)、筋書きの写真にかわいらしい姿が写っています。歌之介を継ぐ三男宜生丈は平成十六年に初舞台。お父上もゆかりの深い平成中村座に、平成二十四年には国生丈と宜生丈が出演、昨年には橋之助丈とともに三兄弟が登場しています。とくに国生丈はずいぶんと大人びて、将来が楽しみだと思ったものです。襲名後、気持ちも新たに、お三方がよりいっそう成長していく姿を見守りたいと思います。

 親子といえば、このところ、花形役者さんの息子さんの初お目見え(顔見せ)や初舞台(役をいただいて役者として出演)が続いています。テレビでドキュメンタリーが放映されてもいるので、ご存じの方も多いと思います。中村勘九郎丈長男の七緒八くんと次男の哲之くんは、来年二月に東京歌舞伎座で兄弟そろって初舞台の予定です。七緒八くんは前述の平成中村座にも出演していて、その様子はテレビでも放送されていました。昨年秋市川海老蔵丈長男の勸玄くんが、今年尾上菊之助丈の長男和史くんも初お目見えしています。市川染五郎丈の長男松本金太郎丈は平成二十一年初舞台。平成二十五年には、幸四郎丈、染五郎丈とともに親子三代で『一谷嫩軍記(いちのたにふたばぐんき)』に登場。当公演のもうひとつの演目『春興鏡獅子(しゅんきょうかがみじし)』では市川中車丈の息子さん市川團子丈とともに子役としては大役の胡蝶の精に挑んでいて、熱演していました。團子丈の初舞台は平成二十四年です。尾上松緑丈の長男尾上左近丈は平成二十六年に初舞台を踏んでいます。

 一番年上でもまだ十歳と少し。皆さんまだおちびさんですが、しばらく見ないうちにびっくりするほど背が伸びていたりするお年頃です。ドキュメンタリーなどを拝見すると、ご家族は気が気ではないようですが、これからもときどき舞台にお顔を見せていただいて、ファンを喜ばせてほしいと思います。

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