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「はじめての出版⑧〜『文章イップス』だったわたくし(中編)」

書けない…どうやっても一文字も書けない…。

「文章イップス」という沼にハマり込んだ私は、
毎日焦ってばかりいました。
無為に過ぎていく時間。
しか、けして催促してこない編集者。
吾はどうすべきか…。

でも実は「自分の置かれている状況が正確に認識できる」だけで、
精神医学上では大きく改善へと前進しているそうで、この、

「何だかわからないけど書けない状態」

を「文章イップス」としてある日認知できた瞬間に、光明が差し出したのです。

そのきっかけは、実名は調べずともおそらくほとんどの方がわかるので控えますが、とある才能溢れる若手プロ野球選手を襲ったトラブルの報道を偶然ニュースで見たからでした。

安定した好成績をあげ、前途洋々だったその選手はある日の公式戦で、
対戦したバッターの頭部付近にボールを投げてしまいました。
バッターは激怒し、乱闘騒ぎにまで発展しましたが、何とかその場は収まりました。ですが、それ以降その選手は大不調に陥り、毎回コントロールは乱れに乱れ、同じような危険球を何度も投げてしまい相手チームやファンから苦情が殺到。チームもなかなか登板させづらい状況になってしまったのです。この状態を報道はさかんに「イップス」と呼んでいました。

「そうか、「イップス」という概念があるのか。もしかして今の状況ってこれなのかも…?」

ようやく、ここで僕は自分が置かれている状況を認知できたわけです。

このように言葉というものは時に、
「これまで存在はしていて、みんなが何となく知ってはいるけど、名前がない事で見過ごされてきた状況や状態、事象」
に名前(概念)を与え、行動や対策を促す力を持っています。

病気の名前なんかはその典型例。
例えば「ボケ」という状態は医学の発展によって「認知症」という名前を得て、ようやくその対策が生まれ重要性が喚起されたわけです。
LGBTなんかもそうですよね。「性同一性障害」という言葉で定義されなければ、それまでは限られた個人の特殊な性的嗜好だと信じられていたのですから。

ともあれ「イップス」を認知できたわけですから、対策を講じなければなりません。が、諸々文献を調べてみるとイップスの根本的な原因は
「精神的なもの」とされていて明確な治療法が無いとあります(ガーン)。
また精神的ショックが原因であるため、いわゆる疾病や怪我とも断定できないとのこと。

強いて対策を挙げるなら、

1、自分自身に対して、自信を取りもどせるようなシチュエーションを経験する。
2、細かい達成感を積み重ねて、大きなミスから遠ざかるよう努力する。
3、ある一定期間、その行為から離れてクールダウンを行う。

と書かれてあります。1や2はそもそも長い文章を苦もなく書いてきた経験があるわけでは無いから「自信のある状態」を知らないわけであまり効果はない気がする。
3はこれまで「机に座って何時間も書けない状態」を繰り返してきたわけだから、もういっそ割り切って1ヶ月くらい休筆してみる、というのはあるかもしれない。

しかし、不安がよぎります。

…そんなに執筆から遠ざかったら、そもそも書く事自体を諦めてしまうのではないか?

そこで、インテリ(風)東大卒担当編集者に思い切って連絡をしました。あいかわらず飄々とした空気を纏って電話に出た彼に切々と僕は訴えます。

「なんか、どうやっても筆が進みません。書けません。
これは「文章イップス」では無いかと思うんです」

「文章イップス?なんですか…それ?」

「とりあえず僕が名付けた概念というか、事象です。
書きたくても、書けなくなってしまっているんです。けっこう苦痛です。
仕事も忙しくなってきたし(言い訳)、少し休筆してもいいでしょうか」

「なるほど…わかりました。気の済むようになさって結構です。原稿お待ちしております」

「はい…あの…こういった状態になる書き手さんって結構いるんでしょうか?」

「はい、けっこういらっしゃいますよ(即答)。あまり気にしないでくださいね。初めての著書はみんな産みの苦しみがすごいことになるものです。途中でやめてしまう方もいます。でも勝浦さんは必ず最後まで書ける人だと思いますよ」

「え、それはどういった根拠で…?」

「編集者としての勘です(ニヤリ)。原稿お待ちしております」

なんじゃそりゃ。
かくして、1ヶ月の休筆期間をとってみることになりました。
とにかく、そのあいだに窓を開けて空気を入れ替えるが如く、
心に風を入れて立て直しを図ります。

でもね、

そもそも、休筆なんてなぁ、一冊でもまともに書き上げた事のある奴が使う言葉でしてね。ウダウダと筆が進まないペーペーの著者に、この編集者さんはよく付き合ってやってるよ、まあ奇特なもんだ。
俺ならこの著者を「この腹をすかした老いぼれ馬め!」って叱ってやるね。
そのココロは、

『どうやっても、かけない』

急に立川談志師匠口調になって、おあとが全然よろしくないまま、解決編へ。

<つづく>

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