【会社法改正】「会社を不死鳥のように蘇らせることを禁止する」とは?
~Illegal Phoenixingを取り締まるオーストラリア会社法改正が施行~
フェニックスとは、死んでも蘇ることで永遠の時を生きるといわれる伝説上の鳥です。寿命を迎えると、自ら薪から燃え上がる炎に飛び込んで死ぬが、再び蘇るとされており、“不死鳥”とも言われています。
この不死鳥の名前に由来する“illegal Phoenixing”という行為は、次のような一連の行為を指します。
Illegal Phoenixingとは
① 会社の取締役らが、債務を免れるために新しく会社を設立し、
② 既存の会社の資産を何らかの方法でその新会社に移した後に
③ 既存の会社を倒産させ
④ 新会社でビジネスを継続させる行為
Illegal Phoenixingでは、取締役らが意図的に会社の債権者(取引先、従業員、税当局等)に対して弁済すべき資力を喪失させ、自らは新会社に移し替えた資産をもって事業を継続することを目的にしていることが多く、オーストラリアではこのillegal Phoenixingが横行している状況が長年問題視されていました。
2021年2月18日から施行された改正会社法では、このillegal Phoenixingを取り締まることを目的にしています。導入された規制の概要は次の通りです。
改正の概要
• Illegal Phoenixingを行った者、または斡旋した者に対する取り締まりを強化し、最高レベルの罰金を科せるなど強制力を増した
• Illegal Phoenixing によって失った資産を回収できるように、新たな権限をASICに付与した
• Illegal Phoenixingにおいて、取締役の個人の責任を問えるようになった
• 遡って取締役の辞任をすることを原則禁止し、責任逃れができないようになった
以下3点に分けて、改正の詳細をご説明します。
1.対象となるCreditor defeating dispositionの無効と資産の回収
2.役員及びその他関係者の義務
3.取締役退任・解任登記に関する改正
1. 対象となるCreditor defeating dispositionの無効と資産の回収
改正後の会社法では、新たにcreditor defeating dispositionという概念が導入されました。これが、今回の改正の規制の対象になります。
Creditor defeating dispositionの定義
(行為)会社の資産が処分されたこと
(対価)その資産が、「市場価格」または、「当時の事情を考慮した合理的な価格」のいずれか低い方の価格を下回る対価で処分されていること
(効果)その処分により、会社を清算する際、「債権者らへの弁済にその資産が用いられないようにする」または、「債権者への弁済を阻害したり、大幅に遅延させる」いずれかの効果をもたらすもの
なお、全てのcreditor defeating dispositionが禁止されているわけではありません。下記の特定の状況で行われるcreditor defeating dispositionが規制の対象となります。
規制の対象となるCreditor defeating disposition
次のいずれかの状況で行われる場合
●会社が支払不能(注1)である
●当該creditor defeating dispositionによって会社が支払不能になる
●当該creditor defeating dispositionを直接的、もしくは間接的な原因として12か月以内に会社が外部管理(external administration)に置かれる
(注1)支払不能とは、債務を期日までに弁済するだけの資力を欠く状態を指します
関連法令:会社法588FE(6B)条
規制の対象となるcreditor defeating dispositionは、無効となりえます。
裁判所やAustralian Securities and Investments Commission (“ASIC”)は、その資産の処分行為を無効にして下記の方法で資産を回収することができます。清算人はASICにそのような無効と資産回収の命令を要請することができます。
処分された資産を回収する命令の種類
1.会社が処分した資産を会社への返還すること
2.会社が処分した資産と同じ価値の金銭を会社へ支払うこと
3.会社が処分した資産から得た利益を会社への返還/払い出しすること
上記ASICの命令に違反した場合には、60ペナルティユニット(2021年3月現在では13,320豪ドル)が課せられる可能性があります。
関連法令:会社法588FG条、588FGAC条
2. 役員及びその他関係者の義務
改正前の会社法においても、支払不能時の取引きを回避する義務が取締役に課せられていました。改正後の会社法では、これに加えて規制の対象となるcreditor defeating dispositionも回避する義務が課せられることになりました。さらに留意すべきは、取締役のみならず、その他の役員(役員には、取締役のほか、秘書役、会社の事業の全部又は重要な一部についての決定権限を有する者、会社の財務状況について重要な影響を与えることができる者が含まれます。)やこれら役員でない会社内外の個人に対しても義務が課されている点です。
取締役、および役員への義務
規制の対象となるcreditor defeating dispositionの実行、及び実行に繋がる行為は禁止されています。行為者が「規制の対象となるcreditor defeating disposition」になる可能性を認識したうえで実行していた場合は、刑事罰(10年以下の懲役)の対象になります。
一方、資産の処分を実行、及び実行に繋がる行為があり、結果的にそれが規制の対象となるcreditor defeating dispositionであることを知っていたり、状況から判断するに知っているべきであった場合は、民事罰としての罰金(2021年3月現在で上限495,000豪ドル)が科される対象になります。
関連法令:会社法588GAB条
会社内外の個人への義務
会社に規制の対象となるcreditor defeating dispositionを行わせること、又は会社がこれを行うよう扇動し、勧誘し、若しくは仕向ける行為を禁止しています。
上記の取締役や役員への義務同様に、故意の有無や知識の程度によって刑事罰(10年以下の懲役)や民事罰(2021年3月現在で上限495,000豪ドル)の対象になります。
ここでの個人は、弁護士や会計士、コンサルタントなどのアドバイザリーを想定していると考えられます。
関連法令:会社法588GAC条
3. 取締役退任・解任登記に関する改正
Illegal Phoenixingを取り締まる目的で、取締役の退任・解任の効力発生日及び唯一の取締役(sole director)の退任・解任についても変更が加えられました。これは、Illegal Phoenixingが実行される過程で会社の資産を新しい会社に移し替えたのちに、効力発生日を遡ってすべての取締役の退任・解任を届け出ることによって、当該Illegal Phoenixingに関する取締役としての責任を回避することを防止するところに狙いがあります。
1) 取締役の退任・解任登記と効力発生日
取締役が退任した場合又は解任された場合、当該退任・解任から28日以内にASICに対して届出を行う義務が課せられています。この28日の期限を過ぎた後の届け出た場合に、効力が発生する日に変更がありました。
今までは、28日の期限を超えて届出ても、遅延料を支払うことで28日以上遡って退任・解任日の効力発生日を指定することができました。しかし、改正後は、28日以内にASICに届出がなされない退任・解任については、ASICに届出がなされた日をもってその効力発生日とすることが新たに定められました。
関連法令:会社法203AA条
2)28日の期限を超えた場合の手続き
では、もし28日が経過してしまった場合は、どうすればよいのでしょうか?28日を経過し他の地に本来の退任・解任日を効力発生日にしたい場合は、ASICか裁判所に申請して承認を得ることで手続きが可能になります。
ASICに対する申請
ASICに対して退任・解任を届け出た日からさかのぼって56日以上の日を退任・解任の効力発生日としたい場合、ASICに対して、その理由を添えて申請を行うことができます。ASICがこれを承認する場合には、当該希望日が退任・解任の効力発生日となります。
裁判所に対する申請
ASICに対する退任・解任の届出日から28日以上12か月以下(さらに遡りたい場合には別途裁判所の許可が必要となります。)の日を退任・解任日としたい場合には、裁判所に申請してこれが認められる場合があります。裁判所が認めた場合には、裁判所の決定から2日以内にASICに届け出て手続きが完了されます。
3)唯一の取締役の退任・解任
会社法では、会社は必ず一人の取締役が就任することと定めがありますが、今までは、唯一の取締役の退任届も受理されていました。今回の改正では、会社の唯一の取締役はによる退任や解任決議の届出は無効とされます。これは、新しい会社へ資産を移し替えたあと、取締役が責任を回避すべく会社を去り、責任者が不在になることを防止することが目的です。
関連法令:会社法203AB条及び203CA条
まとめとコメント
今回の改正を経て、本来取引先や従業員を含む各債権者に対して支払うべき支払いをせず、これを意図的に回避し別会社を設立することで事業を継続するという、これまで問題視されてきた行為に対する規制が非常に厳格なものとなりました。会社の事業が行き詰った時、取引先や従業員に対する債務を果たさずしてビジネスだけは継続させようという考えは許されないという態度を明確にしたといえます。今回の改正では、取締役やその他の役員のみならず、会社の外部の人物であっても違反行為に加担する者すべてを処罰の対象としました。これにより、債権者を切り捨てた生き残り行為を助言・補助するアドバイザーやコンサルタントも処罰の対象となり、Illegal Pheonexingを生む行為を根絶しようという当局の強い意志が感じられます。
一方、今回の規制の対象は、不当に低廉な価格で資産の処分を行う場合に限定されており、適切な価格で資産の処分を行う分には今回の規制の対象とはなりません(注2)。また、従来の取締役に対する支払不能取引の禁止についても、セーフハーバー条項(注3)を新設する等、事業が行き詰まりかけている状況の中で誠実に事業を再建しようとする経営者に対しては、当局も一定の合理的な緩和を認め、その再建を推進しようとしています。
したがって、大切な事は、債権者への返済に滞りが生じる(又は生じそうだという)状況に陥った場合、経営者として許されている行為と禁止されている行為を適切に把握して、事業の再建を目指すことだといえます。実際にそのような状況に陥ってから急いで対応すると、知らないうちにIllegal Phoenixingに関与してしまうことも想定されます。そのような事態を回避するためにも、平時のうちからIllegal Phoenixingに関するルールについて一定の理解をしていただくことには大きな意義があるでしょう。
(注2)Illegal Phoenexingに該当しなくても、従来の取締役に対する支払不能取引になる可能性があるので留意が必要です。
(注3)セーフハーバー条項とは、支払不能時にさらに債務を負担することは原則として禁止されていますが、近年、取締役がこの規定に基づく責任追及を恐れ、会社の事業を回復させるチャンスがあるにも関わらず、早い段階で破産手続きに移行してしまうケースが散見されたことから、このような事態を防ぎ、取締役に事業継続の機会を与えるという趣旨で、新たに導入されたルールです。
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