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【レビュー】『デイアンドナイト』二項対立の否定

目の前で大切な人が殺されたらどうする?
そんな問い掛けから映画が動き始めたというエピソードを持つ『デイアンドナイト』は、人間が無力であることを前提にしつつ、人間の些細な選択が無意味ではないことを静かに肯定する。

人は人の死と対峙した時に、そしてそれが理不尽な死であった時、どんな感情を見せ、どんな行動をするのか?
それは普遍的なものではありえないはずだ。人の死というこれ以上ないほど特殊な事態に対して、どうすれば普遍的な感情と行動を発露することができるのだろうか?
死は特有のものであり、極私的な体験である。どれだけ似たような環境の死であっても、完全な同一化はできない。だからこそ、人の死に対する反応もまた、同一化することなどありえない。

『デイアンドナイト』というタイトルが指し示すのは、昼と夜であり光と陰であり善と悪であり白と黒だろう。二項対立をアンドという接続詞で繋いだ時に立ち上がるのは、そのどちらでもないグレーな空間である。
曖昧なもの、あやふやなこと、正否の判断ができない事象、そんなグレーゾーンが世界には溢れているし、ほとんどのことを理解することができない。
しかし、人間はわかりやすさの中でしか生きることができない。わかりやすさが無ければ、人は躊躇い、戸惑い、逡巡し、ある選択をすることができない。

人生は決断の連続だ。一つの決断によって人生は変わりうる。しかし、あまりに決断が多過ぎて、一つ一つの決断に時間を割く余裕がない。だからこそ人間はわかりやすさを求める。わかりやすさが無いということは、寄る辺ない荒野をふらふらと、向かうべき光など見えないまま歩み続けることと同義だ。そんなことに耐えられるほど人間は強くない。
けれど、わかりやすさは人間を誤解させる。わかりやすく人間を理解し、円滑なコミュニケーションをするために、人間はある人間をカテゴライズする。
「女性・男性だからこうだ」「こういうセクシャリティだからああだ」「あの国に生まれたからそうなるんだ」「これが好きなんだからこういう人だ」など、枚挙にいとまがない。こうした振る舞いはステレオタイプを生み出し、強化させ、内面化を促し、固定化していく。そして、曖昧なこと、あやふやなものは切り捨てられていく。そして、人間の本質を見誤る。
最大公約数的で統計学的なカテゴライズは、社会的な生活せざるを得なくなった人間が獲得した最良の発明だ。それを許されなくなった瞬間、人間のコミュニケーションのほとんどがストップしてしまう。

しかし、それでもなお。この二項対立、わかりやすさ、カテゴライズの有益さを脇に置き、立ち止まって考えないといけないことがある。曖昧なこと、あやふやなものを切り捨てずに、目を見開いて見据えないと見えてこないもの、立ち上がらない瞬間があり、映画はその瞬間をこそ捉える。
絶対に同一化できない死を描くからこそ、そこには他の誰とも似ていない人間が表出する。死んでしまった人も普遍化できないし、残された人も普遍化できない。そして、残された人は無力だ。すべてが個別の体験に還元される死を前にして、どれだけ親しい間柄でろうが、血が繋がっていようが、体験の共有は許されず、ひたすら無力な存在として取り残される。
世界、社会、運命、死、何でも良いが、自分一人では抗うことのできない大きな枠組みの中で人間は無力だ。その意味で言えば、あらゆるものが無力だ。しかし、絶対に無意味ではない。無意味にはなりえない。

『デイアンドナイト』はそんな映画である。明石は助手席に乗り、自分の意思とは関係なく犯罪に巻き込まれる。明石が直面する残酷な現実に関わらず風車は回り続ける。ミクロの視点で見ると胸を引き裂かれる事態もマクロの視点で見ればなんてことはない日常になる。社会は相も変わらず、呑気に過ぎて行き、その中で人間の瑣末な選択など無力だ。
しかし、善と悪の狭間で揺れ動きながらラストで明石がする選択は、無力だが無意味ではない。そこには救われた人がいる。人生におけるグレーゾーンを引き受け、考え、ある選択をした人間がいることは、それだけで救いになり得る。

ラストである登場人物は、明確な意思を持ってバスに乗る。それは冒頭の明石が乗るバスとは全く異なる印象を与える。
自分の人生において最も大切な人の嘘を知り、一縷の希望を残していた家族との再会を絶たれた人間の気持ち、さらには恨むべきなのか赦すべきなのかもわからないまま相手が死んでしまった人間の気持ちなどわかるはずがない。
けれど、映画はそんな人間の内面に寄り添うことをほんのひと時であっても許してくれる。同一化できないはずの人間の感情に寄り添うためには、スクリーンに映る映像をただただ見据えれば良い。監督の藤井道人の演出は、わかりあえるはずのない人間の内面に寄り添うための補助線として確かに機能しているのだから。

Text by 菊地陽介

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