見出し画像

1999年との奇妙な符号、『初恋』にみる“初恋”と“バイオレンス”

 “初恋”とは忘れがたいものである。あのときに芽生えた、初めての感情、火照り、震え、ほとばしる激情! それらの向けどころが皆目見当つかず、途方に暮れた人も多いだろう。
 そんな“初恋”を描いた映画を、あの三池崇史監督が撮った──まず第一報が届いた時点で、にわかには信じられず、これまた途方に暮れた人も多いことだろう。三池監督といえば、バイオレンス映画の世界的オーソリティーである。そんな彼に、いったいなにが──。

 だが、よくよく考えてみると、“初恋”と“バイオレンス”は、ある意味において通じるものがあるように思える。そのある意味とは、先に述べた“激情”という点だ。たとえば『殺し屋1』(2001)の主人公・イチが、『46億年の恋』(2006)の有吉淳や香月史郎が抱いていたもののように──そして思い返してみれば、『46億年の恋』はタイトルから察することができる通り、“恋物語”でもある──。

 本作『初恋』の舞台は歌舞伎町。ここには、“猥雑な街”というものを強烈に印象づけるように、武闘派ヤクザ、悪徳刑事、チャイニーズマフィアといった者たちが入り乱れている。青少年を自認する筆者などは、あの中心地にどデカくかまえたゴジラの胎内から夜のネオン街に足を踏み入れたとき、高倉健のような気になっていようとも、嘉門タツオの「ぼったくりイヤイヤ音頭」を耳にすれば、それにあわせてそそくさと家路を目指す。なので、映画に登場するような怖い人に会ったことがなければ、危ない目に遭ったこともない。だがそんな街の中で、もしも誰かと運命的な出会いを果たしたら?

 2019年に公開された映画『天気の子』で、孤独な少年少女はこの歌舞伎町で出会ったが、本作『初恋』の主人公・レオ(窪田正孝)と、ヒロイン・モニカ(小西桜子)もまたこの街で出会う。それも、前者の二人がマクドナルドでさり気なく出会っていたのとは大きく異なり、後者の二人は、この上ないほど衝撃的かつ運命的な出会いを果たすのだ。モニカが悪徳刑事(大森南朋)から逃げているところに偶然にも居合わせた、余命宣告されたボクサーのレオが、モニカの「助けて」の一言をきっかけに、ついうっかりこの悪党を“KO”してしまうのである。疾走する健気な少女、予期せぬヒーローの登場。ベタベタにドラマチックでありながら、スピーディーかつスマートな出会いの演出に、思わず落涙してしまう。だが、これによってこの二人は、危ない連中から、つねに危ない目にさらされることになるのである。

 気がつけば2020年、いよいよ不穏でものものしい時代に突入した。それも、現在進行系である。あらゆる情報や、さまざま人々の思惑が錯綜し、先行きは不透明。昨年2019年には、この来たるべき〈2020/ニーゼロニーゼロ〉を前にして、いくばくかの期待と不安とを同時に胸に抱きながら、日々を過ごしていたことが懐かしまれる。そんな2019年に、本作『初恋』も製作された。思い返してみれば、昨年に私が抱いていた気持ちとこの作品は、絶妙にリンクする。そもそも、レオに下された“余命宣告”というものは、厳密なものではなく、確実さを欠いている。つまり、それがいつまで続くのか、いつついえるのか分からず、先行きが不透明なのである。しかし彼は、早々に「死」を覚悟し、ヤケっぱちの思いでモニカとの逃避行に出るのだ。

 時期尚早──といえば思い出すのが、アイドルグループ・嵐の1999年のデビュー曲となった「A・RA・SHI」。あの曲の中に、“時期尚早”という言葉に似た響きの言葉が登場するのだが、実際のところ彼らは“take it soso”と歌っているらしく、意味合いとしては、“やっちゃえよ!”的なものであるらしい。これはなんとも妙な符合ではないか。レオの心持ちや立ち居振る舞いとリンクしている。そしてこの曲がリリースされた1999年といえば、“2000年”という記念すべき新しい時代の到来を前に、誰もが期待と不安を同時に抱いていたものではないだろうか。『初恋』が製作された20年後の世界と、また妙な符合をしている。当時9歳の小学3年生だった筆者も、2000年にかけて放映されたTVアニメ『デジモンアドベンチャー』に胸を躍らせながら、ノストラダムスの大予言に怯えていた記憶がある。

 さらにこの1999年は、宇多田ヒカルが「First Love」をリリースした年でもある。いまだ歌い継がれているこの名曲のタイトルを直訳すれば、そこには“初恋”というものが姿を見せる。これまた妙な符合ではないか! ここまでくると、書いていてあまりに強引すぎるような心持ちにもなってくるが、変えがたい歴史上の事実なのだからしょうがない。そしてここで、この不朽の名曲のサビ部分を一部引用してみたい。“You are always gonna be my love”──適当に訳すならば、“あなたはいつまでも私の愛しい人”といったところだろう。これもまたまた(!)、レオ、モニカの感情と奇跡的な符合を果たしているのではないか。なにも恋というものに対して、夢見がちなことを述べているのではない。ただただこれが、“忘れられない人”というものに換言できるように思うのだ。ある夜に運命的に出会い、いくどもいくども死ぬほど危ない目に遭うのだから、互いに“忘れられない人”になって当然なのである。こうして“初恋”と“バイオレンス”が三池崇史流の激情によって手を結び、最上級のマリアージュを果たした。

Text by 折田侑駿


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?