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【読書感想文】一穂ミチ『砂嵐に星屑』

様々な人生のそれぞれのスライスオブライフ
しくじったり、つまずいたり、
動けず立ち止まったままだったり
登場人物が愛おしくなる大切な一冊となりました。

<春>資料室の幽霊
不倫でしくじり自分だけ飛ばされ40歳を過ぎて古巣に出戻った
アナウンサー、三木邑子
すべては自分の選択の結果、身から出た錆とわかっていながら
じゃあ、どうすればよかったんだろうと
漂流し続ける気持ちを抱えて生きている。
資料室に出る幽霊はかつての不倫相手だった。
生意気な新人笠原雪乃とタッグを組んで幽霊退治
その中で気づく自分の気持ち
不倫だったけど、恨んだけど、妬んだけど、悔やんだけど
確かに好きだったと。
初鳴きに怯える雪乃に
「大丈夫、頑張れ、ちゃんと見ててあげるから」
この言葉は自分にも返ってくる。
漂い続けてもそのうち与えられた地図にはない
新しい海を見つけることだってあるかもしれない。
生きている限りはそれを楽しみにしていい。
これは邑子のひとりごと。

<夏>泥船のモラトリアム
朝早い地震で電車も動かず四時間かけてひたすら歩き
勤めるテレビ局へ。
歩きながら人生を自分自身を振り返る。
退職する同期が後を絶たず「泥船から逃げ出すねずみ」だと
揶揄する52歳、中島。
年だけ一人前に食った中間管理職など組織にとって贅肉に等しい
俺の人生、この先ひとつもええことなんかないんやろなと
なかなかのネガティブ君。
歩幅の分だけ移動する座標に背中を押され、また歩く
橋のたもとで頽れた中島に寄り添い軽口を叩き
黄色い星型の飴を寄越したじいさん二人に何故か励まされ
涙までし、意味わからへんわと独り言ちる。
やっと辿り着いたテレビ局。
途中で会った同期市岡は自転車を使い二時間も早く着いていた。
自分との能力の差に愕然とするなか市岡が思わぬ言葉を呟く。
中島の不器用過ぎる真っ当さをちゃんと見てる人がいた
その真っ当さに助けられたと、お前みたいな人間がどの組織にも必要だと。
中島が逃げだすような舟ならいよいよおしまいや。と。

あぁ、良かった。
これは私のひとりごと。

<秋>嵐のランデブー
テレビ局でタイムキーパーとして働く佐々結花の目の中にはほくろがある。
「お前鉛筆の芯埋まっとるやんけ」と言われたそれを
ウェザーセンターの男性、木南由朗は「僕は、一瞬、月と金星みたいやなって思いました」と言った。
その瞬間結花は由朗に恋をした。
由朗と二人で暮らしながら友達のまま
それは由朗はゲイだったから。
由朗が既婚のテレビ局員多田に恋する瞬間を目の当たりにする結花
その多田と一夜を共にする結花
結花には秘密があった。
ジュニアアイドルとしてロリ着エロDVDに出ていた黒歴史
当時の芸名は夢原くるみ
多田は結花を誘うとき、くるみちゃんと呼んだ
結花の過去を知っていたのだ。

何とも切ない三角関係

結花は由朗のよるべになりたいと言う。
何の役にも立たないけど、脳裏に描くのを許しあえる
よるべになりたいと。
結局よるべない二人。
金色の星とバナナのシールを寝てる結花の額に貼って出掛けた
由朗。
結花は孤独ではなかった。
バナナの皮から剥がしたシールをそっと貼り付ける由朗が
笑っているのを想像出来るから。
そしてこれも星と月のランデブー。

<冬>眠れぬ夜のあなた
LINEで振られブロックまでされるアラサーの
テレビ局AD、堤晴一。
晴一は自分を詰んでると感じている
うっすら貧乏のまま人生を閉じるんだと
永遠に塩抜き出来ないしょっぱい人生を送るんだと。
初めてディレクターとして手掛ける取材相手は
外資の投資ベンチャーから転身した芸人、並木広道
相方は腹話術人形のゆうたくん
晴一は広道に「陽」のオーラを感じ取る
広道は晴一が手こずる街頭インタビューもサクサクこなし
店内でカメラ回す交渉事も晴一は断念したが広道なら
意地の悪い店長相手でも難なくやり遂げるんだろうと
卑屈に考える。
広道の相方のゆうたくんは
阪神淡路大震災で死亡した当時四歳の弟、悠太君の
代わりだった。
誰にも話せなかった広道の後悔
自分のせいで悠太が犠牲になったことを
晴一にだけ話せた
カメラの前では話したくないだろうと
いつもなら遠慮する晴一が
カメラの前で話してください
ずっと忘れられなかった、置いていきたくない気持ちを
同じように持っている人たちに届けましょうと
初めて言えた本当の気持ち。
傷は傷のまま、悲しみは悲しみのまま
それでいいじゃないですか。

あなたという人を、ほんのすこし知っています
私にもそう言ってくれる人はいるだろうかと
ほんのすこし考えてみる。






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