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太陽信仰とは何であるのか?〜太陽崇拝〜

古代人は太陽を信仰の対象にしてきた。ある種の人々は太陽を男神として崇拝した。別の種の人々は太陽を女神として崇拝してきた。以下では、俺は太陽信仰が何であるのかを提示する。

【太陽信仰】

(儒教系統の認識)
太陽信仰とは、ある主体が太陽の存在及び状態、運動を善と判断する信仰である。

言い換えると、太陽信仰とは、ある主体が太陽の存在及び状態、運動を正しいと判断する信仰である。判断するは感じるの方が近いかもしれない。

例えば、近代科学によると、太陽は将来的に滅亡するらしい。その時、地球も滅亡して、地球上の生命体も滅亡する。しかし、太陽を信仰する人々は太陽の存在及び状態、運動を善と判断するので、たとえ太陽が人間を絶滅させるとしても、その運動は善である。

【背景】

(心理)
人々は正しさの基準を知りたかった。

例えば、ある種の人々が虫を信仰すると仮定する。この時、たとえ虫が俺の部屋に入り込み、俺を吸血するとしても、俺はその虫の運動を悪いと判断できない。なぜなら、虫信仰では、虫の存在と状態と運動は常に善と判断される。

だから、たとえ虫が俺の部屋に入り込むとしても、その存在は善であると判断される。この時、俺は虫の存在を俺の部屋から排除できない。当然、虫を善、正しさの基準とすると、俺は日常生活を営めない。

そこで、俺は正しさの基準を形成したいと考える。この時、その基準は普遍的であり、滅亡しない、あまり変わらないものである必要がある。俺が上を見ると、それが存在する。つまり、それは太陽である。

【欠点】

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