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利己的な情報と処理の集合体モデル

社会は複数の個人の集合です。その中で、複数の個人がお互いに様々な形で影響を及ぼし合っています。

この社会におけるやり取りと社会の構造や性質を分析するために、私はこれまでに二面モデルとCAOモデルという二種類の社会モデルを考えてきました。

この二種類のモデルは分析の目的や観点が異なりますが、共通的な性質や構図もあります。この共通的な部分を整理して取り出すことで、社会のような複雑なシステムに共通する分析モデルと、その性質の理解を深めたいと考えています。

■社会の二面モデル

私が提案している社会の二面モデルは、個人に対して、自分自身の身体的欲求や理想や、様々な人や組織から投げかけられる目標や要求という観点と、それを受けて個人が判断して行動するという観点を分離して社会を分析するためのモデルです。図1に概念図を示します。

図1 社会の二面モデル

1つ目の面は、本質面です。本質面には目標や要求を投げかけるものがフラットに並んでいます。そこに欲求や理想を持ったそれぞれの個人、組織やコミュニティ、文化や思想などがあります。

2つ目の面は、実存面です。実存面には判断と行動をする個人がフラットに並んでいます。一人の個人の実存に対して、本質面にある、所属や関与している複数の組織やコミュニティ、慣れ親しんだ文化、信念に組みこまれた思想などが結ばれています。また、本質面にもその個人は存在し、実存面の本人とつながっています。

このつながりを介して、本質面にある個人、組織、コミュニティ、文化、思想から、実存面の個人に対して様々な目標や要求が投げかけられます。実存面の個人は、それらの中から自分の能力や価値観や状況に応じて、どの目標や要求を優先するかを決めて、それに貢献しようとします。

このような形で個人の実存と、個人の欲求、組織やコミュニティといった集団、文化や思想といった無形のものがつながり合い、影響を及ぼしているという形で社会をモデル化したものが、社会の二面モデルです。

■CAOモデルに基づいた理念のネットワーク

私は、理念のネットワークというモデルも提案しています。個人は、複数の現実の物事(Object)に関わっており、かつ、それぞれの物事に対応する理念(Concept)を持っていて、現実を理念に近づけようとするエージェント(Agent)である、という考え方です。これらの頭文字をとってCAOモデルとも呼んでいます。図2に概念図を示します。

図2 CAOモデル

複数の個人は部分的に同じ物事に関わっており、それぞれにその物事に対する理念を持っています。この理念が一致していれば、全員がその物事を理念に近づけるように協力することになります。

一方で理念が異なっていれば、お互いに物事を自分の方の理念に近づけようとして競合します。競合関係の場合、他の個人との間で、競争や闘争、交渉や妥協をする事になります。

各個人が別々の物事に関わっている場合でも、その物事同士が相互作用しあう場合には、複雑な関係が生じます。それぞれの理念に近づけていった結果、物事同士の相互作用が調和すれば間接的な協力関係になります。一方で、物事同士の相互作用に矛盾が生じれば、間接的な競合関係になります。

■二つのモデルの共通性

社会の二面モデルと理念のネットワーク(CAOモデル)には共通性があります。

まず、どちらのモデルにも抽象的な概念である本質や理念があり、個人は取捨選択や判断をしつつ、基本的にそれに従って行動することになるという点です。本質や理念は、個人の行動の動機付けと、方向付けをするものと捉えることができます。

次に、本質や理念に基づいて行動を行う主体である、実存やエージェントがいるという点も共通です。実存やエージェントによる行動が、本質や理念に貢献します。

■利己的な相互利用の関係

本質や理念への貢献が、本質や理念を維持したり強化するような構造にある時、実存やエージェントに選択された本質や理念は、長く存続しやすくなり、影響力を強めていく傾向を持つでしょう。

こうした本質や理念は、それ自体が意志や意図を持たなくても、客観的に見れば、利己的なものに見えます。自分自身を長く存続させ、影響力を強めることを目的として、実存やエージェントを道具として利用しているように見えるのです。

一方で、実存やエージェントも、最適な本質や理念に貢献することで、様々な形での報酬を貰う構造になっている場合があります。分かりやすい例は、現代社会で企業に貢献することで金銭を貰うとか、原始的なコミュニティで狩猟採集に貢献することで食料を得るといった構図です。金銭や食料の他にも、地位や名誉、他者からの承認、楽しさや精神的な充足感など、様々な報酬を貰うことがあるでしょう。

こうした実存やエージェントは、それ自体が強く意識していなくても、客観的に見れば、利己的なものに見えます。自分自身の生命を維持し、様々な欲求を満たし、経済面や社会面や精神面の豊かさを増やすことを目的として、本質や理念を道具として利用しているように見えるはずです。

このように、本質や理念と実存やエージェントは、相互に自己を目的としてお互いを利用しあっている関係にあるという事になります。そして、それぞれに利己的な意図や意志があるかどうかとは関係なく、客観的には利己的な相互利用の関係にあると捉えることができるという事です。

■利己的な相互自己定義の関係

実存やエージェントは、行動により貢献する本質や理念を取捨選択します。未来が完全に予測できない以上、この選択は恣意的にならざるを得ません。このため、好みや直感や運に頼って選択を行う事になります。

この恣意的な選択の結果としてネガティブな結果が出れば、その選択を見直すことになるでしょう。ポジティブな結果が出れば次も同じような選択をするでしょう。こうして形成された恣意的な選択方法は、実存やエージェント自身の個性や自分らしさ、といったものになっていきます。

ポジティブな結果が出やすい選択方法に絞られていくという点で、これは客観的には、利己的に自己定義を行った結果と見られるでしょう。

他方、本質や理念も、どんな実存やエージェントとでも関わりを持てばよいというものではありません。特性に合わない実存やエージェントに関わられた場合、結果として本質や理念の存続力や影響力を落とすこともあるでしょう。このため、どのような実存やエージェントとでも関わりを持つのではなく、適した実存やエージェントに絞る方が、存続力や影響力の獲得に有利になる場合があります。

その場合、存続力や影響力の獲得に有利な形で関わりになる実存やエージェントが選ばれるという点で、本質や理念も、客観的には利己的に自己定義を行ったと捉えることができます。

■利己的な情報と処理の集合体

本質や理念は、それを保存する能力が必要です。ここでの保存は、ただ保持されているだけでなく、それを実存やエージェントが参照できることも必要です。また、影響力を強めるためには、それを物理的に広く参照できるようにすることも重要になります。

一方で、実存やエージェントには、行動する能力が必要です。ここでの行動とはただ動くだけでなく、本質や理念たちからの複数の要求の中から優先するものを選択することも必要です。

この観点から、本質や理念は情報の性質を持っていると考えることができます。そして実存やエージェントは、情報処理を行うという性質を持っていると言えます。

先ほどの性質と併せて考えると、利己的な相互利用や相互自己定義の関係を持つ情報と処理の集合体として、社会を理解することができることになります。このように社会を理解すると、人間の脳が大量の情報を保存して高度な処理を行う事ができ、様々な欲求の充足を追求していく性質を持つことが、複雑な社会を形成して発展させるために必要なことだったのだろうと考えられます。

利己的な情報と処理の集合体の概念図を図3に示します。この図の中のフィードバックループとアイデンティティについて説明していきます。

図3 利己的な情報と処理の集合体

■フィードバックループによる進化と発展

情報群と処理群が利己的な相互利用の関係にあるという事は、双方向のフィードバックループが存在している事を意味します。

情報から見れば、情報が情報処理のインプットとなり、その結果として、元の情報の存続力や影響力が強化されるというフィードバックループがあります。

処理の方から見れば、処理の結果により存続力や影響力が強化された情報が、処理の存続力や処理能力を強化するというフィードバックループです。

このフィードバックループにより、利己的な相互利用の関係にある情報と処理の集合体は、より存続力や影響力の強い情報と、存続力や処理能力の強い情報処理が、残り続けることになるはずです。

これは時間と共に情報と処理が進化し、情報群と処理群からなる集合体全体が発展していくことを意味します。

■アイデンティティによる多様性

情報群と処理群が利己的な相互自己定義の関係にあるということは、二種類のアイデンティティの存在を意味します。

一種類目は、情報が存続力や影響力を維持して強化するために、関与する処理を選択することで定義されるアイデンティティです。二種類目は、処理が存続力や処理能力を維持して強化するために、貢献する情報を選択することで定義されるアイデンティティです。

どちらのアイデンティティも、選択されたものを自、選択されなかったものを他という形で、自他を区別します。そして、どれを選択するかは、それぞれの情報や処理毎に異なります。この差異が、情報群と処理群に多様性を生み出します。

一般的に、情報群と処理群からなる全体が発展することで、多様性は増していきます。そして多様性が増すことで、より存続力や影響力の高い情報が登場したり、より存続力と処理能力が高い情報処理が登場したりする可能性が高まります。これにより、情報や処理の進化が促進され、全体の発展に寄与することも考えられます。

■さいごに

この記事は、社会のモデルに焦点を当てて、利己的な情報と処理の集合体という構図で体系化できることが見えてきました。

この利己的な情報と処理の集合体という構図は、社会のモデルだけでなく、より広範な概念に応用できると考えています。

インターネットやWebは、まさに情報と情報処理の進化により、発展しました。情報と情報処理は、お互いを利用し、定義する関係でもあります。

生物の遺伝子は遺伝情報を持ち、生物の身体は遺伝子の情報を処理して活動し、遺伝子を複製します。遺伝子と生物の身体も、お互いを利用し定義しあう関係にあります。

私はシステムエンジニアリングの観点から、生命の起源について個人研究を行っています。遺伝子を持つ生物が誕生する以前には、無生物の化学物質が複雑に化学進化したことで、生物の誕生につながったという考えを支持しています。

この化学進化においても、自己強化のためのフィードバックループと自己定義のためのアイデンティティが鍵になっていたと考えています。つまり、生物の誕生以前の化学進化の世界の中にも、利己的な情報群と処理群という構図が存在していたはずだと考えています。

このように、個人的な理想や欲求、組織やコミュニティ、学問や文化や信念といったものが織りなす複雑なシステムとしての社会を分析するためのモデルは、知能や生物や無生物といった別の複雑なシステムを考えるためのモデルにもなり得ます。

こうした多分野を行き来しながら分析に有用なモデルを考えていくことが、新しい知見や洞察を得るための重要なステップになると考えています。

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