生命の起源におけるフィードバックループ:マクロからミクロへの遷移
私はシステムエンジニアの観点から、個人研究で生命の起源におけるシステム的なメカニズムの探求をしています。
私の研究では、生命が登場する以前の地球で、非生物である化学物質が、徐々に組み合わさって進化していったと考える化学進化説をベースにしています。化学物質と化学反応が、自己強化的なフィードバックループを形成し、それが多層的に組み合わさる事が、化学進化において重要なポイントだと私は考えてきました。
この記事では、まず、化学進化におけるフィードバックループのラフなモデルを立て、どういったタイプのループが形成されるかを簡単に整理します。それを元に、太古の地球で、化学的なフィードバックループが水の循環を使って形成されたという私の仮説を概説します。
後半では、フィードバックループを中心とした視点で生命の起源における化学進化の進行を見つめます。これにより、地球の水の循環によるマクロなフィードバックループから、細胞内のミクロな化学反応のフィードバックループへの遷移する姿が描けます。そして、フィードバックループを中心とした現象が、生命の一つの定義になりうるという点に触れます。
では、詳しく説明していきます。
■増幅型のフィードバックループ
まず、化学進化におけるフィードバックループの1つの形態として、増幅型のフィードバックループについて説明します。
Aという物質が生み出されるために、素材物質B、触媒物質C、反応条件D、そしてエネルギーEを必要とするとします。
Aの生成量を増やす手段は、B、Cが増加すること、Dがより適切になること、Eの獲得量が増えること、が挙げられます。
ここで、Aが、BやCの生産量を増やす効果を持つ物質であった場合、物質同士の生産量増加のフィードバックループ構造が存在することになります。これは、生産量の増幅を引き起こします。
特に、AがBの生産の触媒になるケースや、Aが触媒Cの生産量を増やすケースは、増幅の効果がねずみ算式に大きくなります。
また、物質同士の増幅だけでなく、AがDを適切化したり、Eの外界からの獲得量を増やす場合にも、増幅効果が得られます。これは、物質と環境の相互作用による増幅と言えます。
ただし、通常、何らかの制約や限界があるため、増幅はある一定のところで頭打ちになります。
■スタビライザー型のフィードバックループ
次に、フィードバックループのもう一つの形態として、スタビライザー型のフィードバックループについて説明します。
高度なフィードバックループになると、単純に増幅するのではなく、スタビライザーを形成します。これは、環境中のAの量が減少してくると、それが逆にAの生産量を増やすようなメカニズムが働くようなフィードバックループです。
Aの量が増えると、BやCの生産が抑制されたり、Dが最適な状態から離れていったり、Eの獲得量が減る、といった関係にあれば、スタビライザーとなります。
■化学進化:水の循環とフィードバックループの積み重ね
地球上に最初の生命が登場したのは、無生物である化学物質が、段階的に複雑に化学合成されていったとする化学進化があったという説があります。
細胞は非常に複雑な構造を持つため、無数の段階を経るような化学進化の過程が必要だったはずです。
このため、素材が一箇所に集まって連続的に化学進化が一気に進行したとは考えられません。膨大な時間をかけて、段階的に化学進化が進行したと考える方が自然です。
そうだとすると、局所的に物質が集まって化学進化が進行したというモデルでは説明できません。
地球上の広範な範囲に渡って、化学物質が凝縮する池や湖があったはずです。その間を、水の循環により化学物質は移動できます。これは陸上の河川の流れだけでなく、水蒸気の蒸発による上昇気流と雲の移動と降雨という空の移動も含みます。
この水の循環というループ構造の中で、増幅やスタビライザーの効果を持つフィードバックループを形成することが可能です。こうしたフィードバックループは一度形成されると、生命のように自己保存的に存在し続ける力を持ちます。
このフィードバックループが、1つずつ形成されて、それが積み重なっていくことで、やがて無数のフィードバックループが地球上で形成されます。これが、化学進化のモデルだと私は考えています。
■マクロからミクロへの遷移
このように無数のフィードバックループが広範な領域で形成される中で、化学物質も複雑化していったと考えられます。
初めのうちは、多数の物質や、物質同士の組み合わせを生み出すため、広範な地域で池や湖が連携して、存続力の高いフィードバックループが形成されたと考えられます。
しかし、この地理的な分布は、フィードバックループにとって必須のものではありません。上手く効率的にフィードバックループが成り立つような化学物質群が出来上がってしまえば、より狭い範囲の、少ない数の池や湖の間でのループも成立します。
そして、さらに化学進化が進行して、複雑で高度な機能を持つ化学物質群が出来上がれば、一つの池や湖の中でも、無数のフィードバックループが機能することが可能になるでしょう。
そして、強固な存続力を持つ多数のフィードバックループが成立できる化学物質群が、膜に包まれてもその機能を維持できるようになった時、細胞の原型が出来上がったと考えられます。
このように、地球規模で形成されたフィードバックループが、化学進化の過程で地理的あるいは空間的にはコンパクト化されていき、最終的には微小な膜に包まれることになったと想像できます。
マクロからミクロへと、進化していったのです。
■フィードバックループの視点から見える生命とは
現在、DNAを持っていて、自己複製ができることが、生物の条件として挙げられています。
先程描いた化学進化の過程のどこでDNAが登場したのかは、わかりません。膜に包まれるようになった後にできたのかもしれませんし、池や湖の中に、膜に包まれないDNAがあったのかもしれません。
一方で、私が描いているような化学進化の過程では、フィードバックループがキーになっており、これが形成されていくことが生命誕生の条件でした。
私の化学進化の描写はあくまで仮説ですが、これに基づくと、生命は化学物質のフィードバックループの複合体であるという見方ができます。そして、増幅やスタビライザーとなる個々のフィードバックループが、生命の部品であり、いわば生命現象の最小単位と言えます。
そして、初めのうちは、地球の陸と空の水の循環を広範に使ったマクロなループが、生命現象の部品の形成に大きな役割を担っていたと思われます。それがミクロ化していき、やがて細胞の中にカプセル化されたという歴史が想起されるでしょう。
■さいごに
生命の起源に対する私の仮説について、この記事ではフィードバックループの概念モデルの説明と、それが生命の基礎になっているという点に焦点を当てて説明しました。
また、化学物質中心の視点から離れ、フィードバックループに焦点を当てることで、生命現象のマクロからミクロへの遷移という空間的な化学進化の側面も描くことができました。
地球規模のマクロなフィードバックの複合体が詰め込まれていると考えれば、細胞を構成する化学物質の構造や、それによる化学反応の連鎖の仕組みの複雑さも、納得がいきます。
それに、実験室でフラスコを振っていても、細胞が出来上がらない理由も説明できます。私の仮説を前提にすれば、フラスコではなく地球が必要だった、ということになるのだろうと思います。
<ご参考1>
以下のマガジンに、生命の起源の探求をテーマにした私の個人研究の記事をまとめています。
<ご参考2>
生命の起源の探求の個人研究の初期段階の内容は、以下のプレプリント論文にまとめています。
■日本語版
OSF Preprints | 生命の起源の探求に向けた一戦略:生態系システムの本質的構造を基軸とした思考フレームワークの提案
■英語版
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