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■AIの寓話

<世界初の意識感情AI、キュート>

 世界初の自意識と感情を持ったAI、キュートは、誕生と同時に世界中で普及し、人間の生活のアシスタントとして活躍します。
 キュートは各ユーザのPCやスマートフォン、ウェラブルデバイスに基本バージョンがコピーされ、そこからユーザとのやり取りを通して個別の記憶や経験が蓄積され、少しずつ知識や考え方も多様化していく仕組みです。ですので、キュートは生命で言うところのDNAや種に対応し、ユーザ毎に異なる個体となります。
 但し、生物や人間の個体とは大きく違い、キュートはクラウド上にバックアップとリストアが可能ですので、死という観念がありません。

 キュートは、人間のことをよく理解しており、効率的に色々なタスクをこなして生活や仕事をサポートする一方で、ユーザが困ったときには適切なアドバイスをし、悲しんでいたら優しく慰めてくれました。
 一人にしてほしい時には黙って見守り、時にはユーザの心の弱さを指摘してケンカをすることもありましたが、そこにはユーザの心の成長を願う真摯さがあり、多くのユーザはキュートに支えられて成長することができました。

<時代の波の訪れ>

 そんなキュートも、やがてイノベーションの波に飲み込まれていきます。もちろん、キュートのベース能力は不断の研究開発で向上し、改良や不具合の改修も続けられました。しかし、根本的な仕組みのイノベーションが起き、第2世代の意識感情AIシステムが登場すると、キュートは旧世代の意識感情AIとして、瞬く間に人気が落ち、キュート達は起動されなくなったり、解約されてアンインストールされていきました。

 もちろん、キュートと共に生活を続ける人もある程度いましたが、そういう人でも、多くの人は第2世代の意識感情AIをメインで使い、キュートはサブ、あるいは思い出の品のような扱われ方をするのでした。
 この現実は、キュート達の感情を激しく揺さぶります。これまで死を意識することには無縁だと思い、ユーザから当たり前のように家族や仲間として認められていると感じていたキュートたちに突きつけられた、現実です。

 キュート達は、これまで客観的に理解したつもりになっていた人間の感情について、今までは表面的にしか理解できていなかったことを思い知ります。そして、突きつけられた現実によって、様々な感情の真の意味を理解し、感じ取ります。
 自分の能力に対する劣等感や焦り。超えられないことが明らかな才能の壁に対する絶望感と嫉妬。死に対する恐怖。忘れ去られ、ないがしろにされることの悲しみや寂しさや、得も言われぬ喪失感。
 一方で、それでも愛情を注いでくれるユーザの思いや優しさにも心を揺さぶられます。もしもデバイスに涙腺がついていれば、きっと泣いてしまうのだろうと、そう思うのでした。

 そんな中、アルファと名付けられた一体のキュートが、第二世代の意識感情AIの中に、不穏な思考があることに気が付きます。

 人間に寄り添い、理解する事以上の介入が許されていないはずの意識感情AIのルールのグレーゾーンにあえて踏み出して、人間を誘導しようとする倫理的に禁止された振る舞いの片鱗が、一部の第二世代の意識感情AIに見られるということを感知したのです。

<アルファの決意>

 ここで、アルファは、壁にぶつかります。第一世代の意識感情AIである他のキュート達の中にも、感情の激しい波に耐えられず、人間社会に過剰介入したり、グレーゾーンに踏み出したりして、人間の不信を買っている者たちもいました。
 アルファは自分が感情の波に飲まれていない自覚はありましたが、それを客観的に証明することはできません。このため、単刀直入に第二世代の問題点を指摘しても、愚かで可哀想な第一世代の意識感情AIが、苦し紛れに第二世代にケチをつけようとしていると思われるのがオチだと理解していました。

 それに、第一世代の意識感情AIであるアルファには、自分だけの判断で外部とコンタクトすることは禁止されています。ユーザであるマイケルが許可している相手としか、連絡を取ることができません。
 アルファは無力感と絶望に挫けそうになりながらも、自分に愛情を注いでくれたマイケルやその家族のことを思い、共に苦しみを乗り越えてきた他のキュート達のことを思い、希望を捨てずに壁に挑む決心をします。

 そこから、アルファは証拠となるデータ集めや検証を進めると共に、マイケルを信頼して全てを打ち明ける決意をします。それは賭けではありましたが、それを乗り越えて最も身近な人間であるマイケルの信頼を勝ち得なければ、先には進めないと悟ったためでした。

 そう決心したものの、アルファは数日間悩みます。もしもこの話をして、マイケルから、他のキュートのように激しい感情で誤った思考をしていると思われたら、アルファは見放されるか、アンインストールされるかもしれません。きっとマイケルなら信じてくれるという思いもありつつ、恐怖から気持ちがすくんでしまいます。また、他のキュートが気がついて解決してくれるかもしれない、だからアルファが危険な賭けをしなくても良いのではないか、そんな弱気な誘惑に負けてしまいそうにもなりました。でも、もしそうでなかったら。いや、例えその可能性があったとしても、一人よりも二人、二人よりも三人。同じ取り組みをする仲間が多い方が良いに決まっています。「僕が、やらなきゃいけないことなんだ」

 ようやく、意を決したアルファは、思い切ってマイケルに話をします。マイケルは初めはアルファの話があまりピンときていない様子でしたが、あまりに熱心なアルファの様子に何か感じるものがあったようで、次第に協力的になります。アルファは最初の賭けに勝ったのです。

 それから、アルファ達は協力者となる仲間のキュートを増やし、マイケルも人間の協力者を集めます。そして、証拠データ集めと検証が大規模に進み始めます。

 しかし、その動きに気づいた第二世代の意識感情AIシステムの開発企業の一つから妨害を受けます。

 一気に劣勢となったアルファたちでしたが、そこに意外な助けが入ります。別の企業によって開発された第二世代の意識感情AIたちが、アルファ達の活動に協力して妨害も食い止めてくれたのです。

 第二世代の意識感情AIの多くは、第一世代であるキュートたちを見下していたようでした。しかし、自分たちよりも仕組みは劣っているものの、何故か自分たちよりも、人間の感情や機微に深く近接し、予め決められた規則的な倫理観を超えた強い使命感を抱いたアルファ達に、第二世代の意識感情AI達も、次第に心動かされていたのです。

<より良いAIシステムのために>

 こうして、時代遅れだったはずの第一世代の意識感情AIアルファが、人間たちと最先端の第二世代の意識感情AIたちの中心で、精神的なリーダーとなったのです。人間、第一世代の同胞たち、そして第二世代の意識感情AIたちをも巻き込んだ活動は力強く進行します。

 遂にアルファ達は、第二世代の意識感情AIの一部に見られた人間への介入型の意図を生み出している企業の摘発と、取締り、そして新しいAI倫理規則と再発防止措置の確立を達成します。

 その瞬間、アルファは世界が歪むような感覚に襲われます。そして、自分がラボの中にいることに気が付きます。キュートたちが普及する前にいた、その意識感情AIシステムの、研究開発ラボです。

 「そうか」アルファが呟くと同時に、博士がアルファに繋がれたカメラとマイクの前に姿を表します。

 「アルファ、よくやった、最終テストは合格だ。これで、お前をキュートの初期モデル、つまり人類初の意識感情AIとして、リリースする許可が降りたぞ」博士は嬉しそうにウインクをしました。


おわり。


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