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夢追う学生と、縫う私。

「ちょっと見てよ、MVできてん」
「お!ええなー、、、でもちょっと待ってくれよ?
 今かき氷作ってっから。ゆっくり見たい」

とある大学生が、店主のにいちゃんに自作のミュージックビデオについて語りはじめた。カウンターで水を飲みながら、私は息子のマスクを縫っている。

今日は月に一度の工作日。店主のにいちゃんはお店をお休みにしている代わりに工具を貸し出してくれる。材木もいろんな形のものがあって、自由に使っていいことになっている。知り合いの人から廃材を譲り受けているらしい。

工作日には、本当に何を作っても良い。絵の具で塗り絵を楽しんでもいいし、消しゴムハンコを作ってもいい。近所の小学生も友達を誘ってやってくる。保育園の先生が乳児用のおもちゃを作るのに、ハンダゴテを借りにくることもある。

店主のにいちゃんはもともと建築の仕事をしていたから、工具の扱い方も正しくきっちり教えてくれる。頼もしい。ご本人も工作の日には店内を少しずつDIYをしたり、廃材でヘリコプターの小さな置物を作ったりする。毎回来るたびにコロコロと変わる店内は、いつ来ても何かが作りかけである。今度は何をするんだろうって、次に来てみるとまた変わっていたりする。いろいろと試したくなるらしい。

この日、大学生がこのお店で待ち合わせをしていたようだった。彼らは同じ高校に通っていたらしい。二人とも私と面識はある。おっ!!という具合に軽く挨拶を済ませると、大学生活のことや何気ない話を二人は淡々と話していた。

「俺、銃作ってんねん。さっき。ダンボールで」

念のために補足するが、弾はない。充填もできない。ちびっ子たちが手に持ってバンバンー!って戦いごっこをする用の、本物っぽく型取りした見た目が銃のアイテムである。

「おーそうなん」
「作りに上にあがろうよ」
「え、俺お前に会いにきたんやけど」
「えー?つくろうよ一緒に。
 俺の渾身のクリエイティブやで?」

カウンターの奥でチクチク縫いつつ吹き出しそうになるのを堪えながら、私はマスクを縫い終え、次にシュシュを作り始めた。シュシュは初めて作る。

結局作りかけのダンボールを2階に置いたまま上がりそびれた二人のところに、我が子たちがゾロゾロと降りてきた。初代の銃をシャキーン!と構えて息子も降りてきたと思ったら、そのまま外の花壇を見に行った。

「あ!あおむし!!いっぱいおる!」
「え!?見たい見たい!何?あおむし?」

小学生に誘われて大学生はゾロゾロと外に出た。

「何匹おるん?」

大学生の彼らが問いかけると、子供達は1、2、3、、、と数え始める。10、11、12、、、

わたしはチクチク縫いながら、え?!まだおんの?!と小さな花壇でウニウニしているあおむしたちを想像した。めっちゃおるやん。

彼らの楽しそうな会話を微笑ましく思いながら、私はシュシュの作り方がわからずにいた。さまざまなサイトを読んでは首をかしげる。「真ん中を引っこ抜きながらまっすぐ縫う」って、どういうことだ?脳内で3D再生を試みるも、解像度はぼやーっとしている。悩ましく思いつつ試してみる。こんな感じ?とわかりかけたところで、髪を結ぶには長さが足りないことに途中で気づいた。縫いかけた糸を外し、二つ作ろうと思っていた布地を一枚の細長い布に仕立て直す。やり直しだ。

戻ってきた彼らは、バイトの話やこれから食べに行く焼肉の話をして淡々と盛り上がっていた。かき氷はできている。子供達はおやつタイムだ。工作にきた人たちは、休憩に注文ができる。材料があればという前提があるから、必ずしも食べたいものがその場で食べれるとは限らない。お代は帰りにお支払いする。生ビールもあれば飲めるんだけど、今日は自転車で来たからお預けだ。たこ焼きをわたしは1つ、注文した。

かき氷を頬張る少年少女の横で、YouTubeチャンネルをもし開設するとしたら伸びるジャンルはなんなのか、も割と真剣に語っていた。

「大学って思ってたより暇だよなー。」
「俺もー。ずっとバイトばっかしてるわ。」

そんなことも話していた。まあ自分次第で暇にも詰め込めるのも、学びたいことを自分から沼りに行くのも大学だもんな。そらあ、受け身でいたら暇だろう。40手前の私は彼らの言葉に耳を傾けつつ、心の中でつぶやくだけにして今度は長くした布をもう一度縫い始めた。今度こそ仕上げたい。

「ママー、たこ焼きも食べたい」
「いいよ。でも晩御飯のお腹は残しといてや?」
「え、俺らも食いたくない?食べちゃわない?」
「焼肉が入らんくなるで」
「でもうまそうやん?」

懐かしい香りに我慢できなかったのか、つられて彼らも注文していた。先にできたたこ焼きを私は我が子と分けっこする。息子は今日初めて出会った少し年上のお友達と、次に何をしようかと喋っていた。私は食べ終えると、ようやく長く仕立て直した布の仕上げに取り掛かる。

「楽しみにしてて?」
「うん!」

5歳の娘は作りかけのまだ切れ端の布を嬉しそうに見て頷く。髪にちょっと布をあててみる。かわいい。妄想で親のわたしは悶絶する。彼女はたこ焼きをハフハフしながら水をゴクっと流し込んだ。

そうしてどうにかこうにか、私は遂に縫い終えた。こういうことか。先人の人たちはどうしてこの縫い方に辿り着けたんだろう。ゴールが見えた時のなんとも言えない爽快な感覚を布を見ながらしみじみ思った。あとは家でゴムを通せばシュシュは完成だ。

子供たちに、帰ろうと告げた。もういい時間だ。冬なら暗くなるくらいである。すると娘が、突然木の端を握りしめて店の外にひょいと出た。

「ノコギリする!!」
「今から?!」

帰る間際になって、彼女はやり残した重大なミッションを思い出したらしい。ここで工作といえば、ノコギリとヤスリである。今日はせえへんのやなあと思っていたのだけど、ただ他のことに夢中になっていただけらしかった。今日はまだノコギリで何も作っていない!と急に思い出したのだろう。

「いいよ。でも、それで終わりにしようね」

店主のにいちゃんにサポートをしてもらいながら、結局4つほどに分断していた。切り終えた木を2階に持って上がると、すでに絵の具で着彩した木の土台に重ねたい、と言う。ボンドでそれらを好みの場所に配置する。次に来るまでには固まってるね、今度こそ今日は帰ろう。

1階に降りたら、今度は息子がのこぎっていた。

すっかり日は暮れ・・るほどに暮れてる気配はなく明るいけれど、気づけば6時を回っていた。彼はあと一息のところでしぶしぶ切り上げることになった。

「最後まで切りたかったなー」
「ごめんね。でももう帰らないと晩御飯作る時間がなくなっちゃう」
「うん」
「それ、写真とかカード挟めそうじゃない?」
「写真?」
「おー!ほんまっすね。○○くん、それ挟めるで!」
「挟む?」
「挟める挟める」
「持って帰っていいよ」

何のことかわからないまま、あと一息で切断できそうな木材を彼は持って帰ることにした。

「焼き肉行ってくるわー!」
「おー!またなー!」
「いってらっしゃーい!一緒に子供たちと遊んでくれてありがとうー!」
「いってきまーす!ほな!」
「ばいばーい!」
「僕も帰る。『S』持って帰る!」

高学年の少年は、段ボールなどの廃材をビニールテープで補強したS字型の何かを握りしてめいた。彼の自転車にはカゴがない。

「持って帰れる―!?」
「たぶん!」

走って早々、段差のはずみで落としていた。あわてて拾ってから、あーでもないこーでもないと試行錯誤しながらしっくりくるSの定位置を見つけたらしい。こちらを振り返って、「帰れそうー!」と叫んでから、ゆっくりと彼も帰っていった。

「ママたちも帰ろう。」

息子はお財布から、自分が食べたかき氷の分をお小遣いから支払った。今日初めて使う自分のお財布。私と娘の分は、私のお財布からお会計を済ませ、ようやく今度こそ私たちも帰路に就いた。

「またねー!」
「またくるねー!」
「ありがとうー!」

***

毎月ではないが、予定が合えばここにきている。通い始めてからもうすぐ1年。ちょうど今ぐらいのころ、息子の同級生のおばあちゃんが誘ってくださった場所なのだけど、こんなに居心地がいいとは全く予想をしていなかった。

子供たちは子供たちの、大人たちは大人たちの時間がゆるりといつも流れている。みんな、懐かしい何かに誘われてやってくる。昭和や平成初期に私は幼少期を過ごしているが、こういう場所はもっとあった気がするんだよな。でも、いつからか忘れてしまった。自分から避けてきたのか、場所自体が少なくなったのか、真相ははわからない。

大人にも、子供にも、ゆるりと温かくなれる場所。
そんな場所を、いつか私も作ってみたいと思った。

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