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枝野前代表は立憲代表選に出るべきだ!

こんにちは、並立道へいりつどうです。
本日の午前、衝撃的なニュースが巷を騒がせました!

なんと、秋に行われる立憲代表選挙に、枝野前代表が立候補するという話が出てきたのです。

しかし枝野さん自身は報道を否定。
ただ、立候補する可能性は残すような言い回しとなりました。

枝野さんは代表選挙に出るべきだ!

立憲は世代交代すべきだとか、もはや枝野私党ではないのだから枝野氏は立候補を控えるべきだとか、そんな意見も散見されますが、私はそう思いません。
枝野前代表は堂々と代表選挙に出るべきです。

これは私が枝野派だから申し上げているのではありません。
私はあくまでも泉派、要すれば現体制派です。

現体制派として、非体制派である枝野氏は堂々と立候補すべきだと申し上げているのです。

機能的な代表選挙に消極的だった維新や国民民主

維新や国民民主でもかつて代表選挙が行われたわけなのですが、その際、非体制派の候補の立候補自体を妨げるような雰囲気がそれぞれありました。

維新においては、馬場氏以外の立候補を妨げるような空気が出ており、国民民主においては、前原さんの立候補は好ましくないかのような雰囲気が出ていました。

推薦人の半数以上を固めた維新の馬場氏

代表選の立候補には、議員や首長ら特別党員30人の推薦が必要。党関係者によると、馬場氏の推薦人は約600人の特別党員のうち、半数を超えたという。党内での支持は馬場氏が固めつつある情勢だ。

2022年に行われた維新代表選挙では、実に推薦人の半数以上が体制派である馬場氏が固めており、これはどう見ても、最初から馬場氏を代表にするための形だけの代表選であることは明らかでした。

非体制派からすれば、立候補自体を躊躇うような状況で代表選挙は行われ、案の定、馬場氏が勝利を収めたのです。
代表選挙の真髄とは、体制派と非体制派が正面切って論戦を交わし合うことであり、その前提が捻じ曲がっていたこの代表選挙は失敗に終わったと断言できるでしょう。

「対決」自体を避けようとした国民民主の玉木氏

前原陣営の関係者は「玉木陣営からは所属議員に前原氏の推薦人にならないよう圧力があった」と明かした。

2023年に行われた国民民主の代表選挙では、非体制派であった前原氏の立候補自体を忌避するような空気が国民民主内に存在し、代表選挙が始まって以降も、玉木陣営の人々は正面切っての対決を避けようという意識が強かったように思います。

結果として、選挙後に前原派は離党し、教育無償化を実現する会を結党しました。
離党者を出すこと自体、代表選挙が機能不全だった証左であり、国民民主もまた、代表選挙に失敗したと言えるのです。

立憲は両党を他山の石とすべき

維新も国民民主も、機能的な代表選挙を避けようとした結果、満足いく代表選挙は行えなかったと断言できると思います。
いわば形ばかりの代表選挙、実質的には共産党の党首選出と大差がない、間接民主主義とは程遠い有様の代表選挙でありました。

である以上、秋に行われる立憲の代表選挙においては、両党の失敗を踏まえた形で代表選挙を行うべきだと考えます。

よって、冒頭で述べたとおり、私は体制派として非体制派である枝野氏の立候補を歓迎しますし、枝野氏以外の非体制派の方も、どんどん立候補すべきだと考えています。

支持不支持の問題ではない

人それぞれ、誰が代表になって欲しいとか、誰に代表になって欲しくないだとか、そういった想いはあるでしょう。

しかし本来、正々堂々と代表選挙が実施されたうえで、しかるべきプロセスを経て代表に選出されること自体に意味があるのであり、立候補自体を抑制したり、目に見える対決を避けようとして、自身が望む代表に決まったとしても、それは真の意味で代表に選出されたとは言えないのです。

代議制民主主義を象徴する一機能である代表選挙とは本来、主権者はあくまでも党員・サポーターであるはずで、その人々に最大限にまで選択肢を与えられたうえで、公明正大に代表を決めること自体に意味がありますし、その結果として、組織は筋肉質になるのです。

立憲が馬場維新や玉木国民のようになっても良いのか?

機能的な代表選挙を避けた馬場維新、玉木国民、これらの政党が本質的な意味で筋肉質な組織に見えるでしょうか?
真の意味で、組織としての結束が深まっていると言えるでしょうか?

立憲が維新や国民民主のようになりたくないのであれば、代表選挙に対して持つべき相応しい姿勢というものが存在するのではないでしょうか?

二代目が創業者を超える姿を示す=世代交代を象徴づける

枝野氏は代表選挙に出る資格を有している

2021年の立憲代表選挙では、政治状況もあって枝野氏が代表選挙に出ることはありませんでした。
私としては、この判断に間違いは無かったと思います。
当時の私は枝野氏は潔く一旦は退くべきだと考えていましたし、枝野氏の判断を積極的に肯定していました。

しかし枝野氏のケジメは、この時を以て済んでいるとも考えており、創業者だからと言って、代表選挙に出てはいけないという道理もないと考えます。
むしろ、創業者だからと代表選挙に出てはいけないかのような空気自体、真に枝野個人商店を脱していない証左だと思います。

誰が代表になるのかではなく、代表選出のプロセスこそ重要

本当に立憲が枝野私党ではなくなったのだとすれば、万が一枝野氏が再登板という形になっても、それは私党としての枝野立憲ではなく、国民政党の立憲の新代表に枝野氏が選ばれたというだけのことです。
フルスペック代表選挙(党員投票)という民主的なプロセスを経ている以上は、誰が代表になるかはさほど重要ではないのです。

しかし、私としては世代交代を欲している

ただ私の立場はあくまでも、泉氏を中心とした若い世代が立憲の新たな姿を見せていくことです。この点には一切の揺らぎがありません。

だからこそ、枝野氏にはあえて代表選挙に立候補頂き、泉氏が民主的なプロセスの中で枝野氏を打ち破ることにより、本質的な意味での世代交代が結実するのではないでしょうか。

勿論、見栄えやアピールとしても効果はあると思います。
二代目が創業者を打ち破るというその姿自体が、新たな立憲の姿を示す何よりのPRになるのではないかと考えています。

結び

私は立憲を壊したいからこういう話をしているわけではありません。
維新や国民民主のようになって欲しくは無いから、機能的な代表選挙が行われることを望んでいるのです。
公明正大で機能的な代表選挙が行われた先にこそ、「まっとうな政治」が根付いた社会が生まれるのではないでしょうか?

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