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アサリの声をきく

保育園の帰りに買い物に寄ると、あれこれねだられる。
それとなく気を逸らして、買わずに帰る。

が、今日はそうもいかず、娘は言った。
「おかあさん、このまえもかってくれなかったよ」

前も、その前も、娘は鮮魚コーナーでアサリをねだった。
少し前にホタテの稚貝が叩き売りされていて、買ったことがあった。娘は貝の美味しさに目覚めたらしい。
が、貝は下処理が手間だということに気づき、以来、私は敬遠しがちだった。しかも、私はアサリが苦手。

でも、ここまで娘が言うのなら。春の味覚を食べさせてあげないのも可哀想だと思って買った。

帰ってから早速砂抜き。白色トレイに雑に入れられた貝たちに、砂出しする気力は残っていないように見えた。けれど、塩水につけてアルミホイルでフタをしておいた。擬似海水と暗闇で、海の環境に寄せる。

放置してしばらく経った頃、アルミホイルをずらしてアサリたちの様子を確認。すると、いくつかのアサリがかすかに動いた。急に命を感じて、私はドキッとした。

娘を呼んで、アサリを見せると、娘はキラキラの笑顔で尋ねた。

「アサリ、なんていってる?」

「わあ!海に帰ってきたみたい!って」

答えてから急速に罪悪感が湧いてきた。
私、すごく残酷なことをしてるのでは?
いや、これからもっと惨いことするけど。

塩水は驚くほど汚れていた。貝たちはしっかり砂出ししていた。

ガシャガシャ貝を洗う。心を決めて、私はフライパンに入れる。酒蒸しにする。

娘はまた同じように尋ねる。
「なんていってる?」

私は「熱いよ」がすぐさま頭に浮かんだけれど、振り払うようにして、無理やり元気に答えた。

「よーし!美味しくなるぞー!」

娘の「なんていってる?」口撃は続く。
そして、楽しそうに「フライパンで、すなだししちゃうかなー」なんて言ってる。
とうとう完成してお皿に盛ると、娘はすごいご馳走を見るような目でうっとりしていた。
そして、またとどめの「なんていってる?」。

さすがに私も疲れて、一言。
「もうなにもいってないよ」

娘はアサリを甘いと言ってパクパク食べた。

よかった、アサリたちも報われる。

ああ、でも「美味しくなるぞ!」とは思ってなかったよね、アサリたち。

いや、しかし、アサリの断末魔を聞かせるのも違うよね。

私の食育、合ってたんだろうか。
アサリは何て言ってたんだろう。

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