『さよならよ、こんにちわ』円居挽 星海社FICTIONS

奈良を舞台にした作品であまれた同人誌『NR』に寄せられたものを含む短編集。
奈良盆地にある越天学園に通う、本陣達也は母親の死の原因となった学園を経営する御堂一族に復讐するために生きている。学園関係者の弱みを握り、情報を集める達也。
ただ冷静に冷酷に事を進めているかに見える達也だったが、彼の周りには信頼できる仲間たちが集まっていた。

円居挽といえば『丸太町ルヴォワール』で知られるミステリ作家だが、この作品がどういうジャンルに分類されるのかがよく分からない。
面白いのは間違いないのだが、章によって全く味わいが違うのだ。
「DRDR」はドラゴンクエストをモチーフに、達也と先輩である瓶賀流との交流を通じて達也自身に向き合うお話。一部、ドラゴンクエスト自体のストーリーの謎に踏み込んでいるけど、それをミステリと呼ぶかは微妙。世代的に興味深かったけれど。
「友達なんて怖くない」「勇敢な君は六人目」は越天学園での達也の活動について。でも達也はそれほど非情でもなく、常に信頼できる仲間たちと行動をともにしている。スーパー戦隊についての言及があったり、六人目という追加戦士を思わせるフレーズも出ていたり、でなんというか仲間をメインにした学園ものという感じもする。
「な・ら・ら・んど」「京終にて」についてはもうどう表現してよいやら。くろみという不思議な女性が出てきて、彼女を中心に話は進む。ただそれだけなんだけど、彼女に関わる登場人物にはきちんとした終着が与えられる。

青春ミステリ、というくくりでいいんだろうか。
奈良、NR、星海社といえば怪作、前野ひろみち『ランボー怒りの改新』があるが、あれもまた何とも分類しがたい作品だった。森見登美彦もそうだが、奈良が関わるとジャンルが霧に包まれてしまうのだろうか。

前半部分を読んだところでは、達也が集めた仲間とともに学園内で暗躍、学園の闇をあぶり出していく物語で、復讐を目的としている以上、最後にはその核心に迫っていくと思っていたんだけど、後半で一気にシフトチェンジしたので驚いた。
正直「勇敢な君は六人目」の仲間たちがそれぞれの特技を活かして活躍する辺りはとても面白かったので、あのまま進めてもらってもよかったのだけど、なかなか読者の思うようには進まない。連載でもなければ、そもそもがまとめることを前提に作られたわけでもなかったようだし。
しかし、自分の意向に沿わなかったからといって、この物語の魅力は損なわれない。むしろ、思わぬ方向へ進んだからこそ、どこへ進むのかと楽しみにすることができたとも言える。
つまるところこれは、復讐にとらわれた達也と達也に関わった人たちの心を解放していく過程を描いた物語だったのだと思う。
達也には瞬間記憶という異能ともいえる能力が備わっていて、それが故に彼は人との関わり方に独特な距離感を持っていた。そんな彼が、それでも彼に関わってくれた人たちとともに、人の中での生活を通じてその壁を薄く、低くしていく。
熱く静かに根付いた復讐の火はたやすく消えることはないが、その火の周辺以外にも世界は広がっていることを知る。知識を得るための記憶だけに頼るのではなく、経験や学習を通じて感情を覚える。そうして、自分の足で世界を広げていく。
そういう話だったのだろう。
それは程度の差こそあれ、誰しもが経験することで、その部分への共感がそのままこの物語の魅力になっていたんだろう。僕は復讐を企てたことはないけれど、自分のことしか知らない狭い世界で生きていた経験はある。その世界をどう広げてきたか、もしくはその世界が広がっていたことをどうやって知ったのか、その記憶がこの物語の魅力を増してくれている。
『さよならよ、こんにちわ』というタイトルが、最後になって響く。


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