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風にはならない

一般的に、「風になりたい」とか「風になる」とか「風に乗る」とかいうような歌詞はよく見かける。

例えば、THE BOOMのヒット曲 ‟風になりたい”。軽快なリズムと喜びを歌う宮沢和史の力強い歌声には、風にふわっと持ち上げられて運ばれるような浮遊感があるし、スピッツの名曲 ‟ロビンソン” は ‘大きな力で 空に浮かべたら ルララ 宇宙の風に乗る’。宇宙の風に乗る?!なんと壮大なファンタジーだろう。透明で伸びやかな草野マサムネの声にいざなわれて、遥かな宇宙までも飛んで行けそうだ。心地良い。イマジネーションの世界に遊ぶセンスが素敵だ。

だが、我らが宮本浩次は、ファンタジーは書かない。
彼の書く歌詞の世界では、風は感じるものであり、乗せるのは想いであり、風と会話をすることはあっても、自分が風に乗るとか、ましてや風そのものになるとか、なりたい、とは言わない。晴れた空に種を蒔いたり、涙が木の葉になったりはしない。大地に植えるか、百歩譲っても心に蒔くか。この《ファンタジーがない》ということが、なんだか私にとってはとても信頼できる。

そんな彼の作詞作曲した中で、稀有な曲のひとつが ‟シグナル”。

 どの道俺は道半ばに命燃やし尽くす
 その日まで咲きつづける花となれ。

‘花となれ’ と歌う。1番で「俺」なのが2番で「キミ」になり、
‘「どの道キミは、ひとりの男、心の花咲かせる、人であれよ」と。’ 
と鍵カッコで、まるで月から言われたかのような件りもあり、にわかには読み解けないのだが、比喩的にでも何かになるとかなりたいとかあまり言わない中で、この ‘花となれ’ はめずらしい表現なのではないかと。

そして「花」といえば、ソロデビュー曲の ‟冬の花”。ドラマ主題歌としてのオーダーに的確に応え、さらに自らの新境地を切り拓いたエポックメイキングな曲だが、ここでも

 あなたは太陽 わたしは月

太陽や月に想いを重ねることはあっても、人をなぞらえることはなかったように思う。あるのかもしれないけれど、思い浮かばないし、今のところ見つけていない(あったら教えてください)。‘まるで月と太陽’ と「まるで」が入る例えであれば ‟笑顔の未来へ” にあるけれども。

そして言い切る。

 ああ わたしは 冬の花

これはもう、新機軸にして新境地。
鳴り物入りのソロデビュー曲としてどんな楽曲で打って出てくるか注目される中で、昭和歌謡曲ふうの曲調が話題になったけれども、それだけじゃなくて歌詞もめちゃくちゃ新しい世界観になっていたのだった。

これまでもまったくなかったわけじゃない。
花と言われてまず思い浮かぶ ‟桜の花、舞い上がる道を”。

 でも例えりゃあ人生は花さ 思い出は散りゆき
 ああ 俺が再び咲かせよう

人生を花に例えて「思い出が散りゆく」「再び咲かせる」という表現は、風になったり空に種を撒いたりするのと同じくファンタジックだけれども、「例えりゃあ」が入ることで文学的な比喩に昇華する。そういうセンスがやっぱり天才。
だから、「心に火を灯す」とか「幸せを指にとまらせる」って表現が逆に地に足がしっかりついている感じで生きてくる。何が好きって、この《ファンタジーがないがために比喩的な表現が際立って生きてくる感じ》が好き。

そして最新の3曲。

“shining”。

〈俺は輝く光〉と歌う。いや、歌ってはいない。そういう歌詞はない、けれど伝わってくる。言葉では言っていないのに、そう響くのがすごいところ。そして最後のフレーズ、

 ああ風が吹いてる荒野に咲く一輪の花

2呼吸2フレーズに分かれているように聴こえるけれど、公式サイトの歌詞テキストでは1フレーズ。

 shining 今が俺の目指した場所
 そして俺の始まりの場所
 俺が俺らしく生きるために
 戦いの日々は続く空の下

今いるのは、目指した場所であり、始まりの場所であり、日々の戦いの場所。荒野。バンド30周年を経て新たな決意が歌われた ‟RESART” でも、リスタートの起点としてたびたび出てくる《この場所》という言葉。この場所で、とうとう自分自身を《花》と歌うことができた。
ひとつの到達点。そして新たな起点。

”sha・la・la・la”。

まあ、なかなかどぎついドラマの主題歌だけれど、主人公が秘めている正義感を信じさせてくれるような爽快な軽み。
 夢は sha・la・la・la~♬
 時は sha・la・la・la~♬

おいそれとは結論を出さないこの感じが、この人のこと、すごく信じられる!と思えるのだ。
そうしたら

《sha・la・la・la》って言葉ってさ、さあ夢を追って行こうぜ!みたいなことじゃないからいいよね。脱力してるっていうかさ。説得力があるよね。
(「ROCKIN'ON JAPAN」vol.534/2021年7月号)

と語っていたので嬉しかった。あえて言わないからこそ伝わる、という伝わり方があるんだなあ。

”passion”。

ポジティブな言葉を盛り盛りに詰め込み、 ‘転がり続けろ’ から空が晴れたら ‘飛びたいね’ ‘さあ飛べ’ 。「飛ぶ」はいつごろから現れたのだろう。今後の歌詞語彙調査で検証していきたいが、すぐに思いつくのは “It's my life” ラストの ‘高く強く飛べ!’ の部分。ただここは「跳べ」の要素もある気がする。

それから、‟passion” の歌詞にもある言葉が曲タイトルとなっている ‟旅に出ようぜbaby”。曲の始めでは ‘扉を開けて 今すぐ飛び立とう’ と歌われるが、終盤では ‘飛び出そう 町へ行こう’ となり、あまり空を飛ぶイメージではないような印象も受ける。

毎日を一歩一歩、しっかりと踏みしめながら歩いている人だから、大空に飛び立ったりはしないのかな。そういう《ファンタジーがない》感じ、そして比喩が文学的な抒情に収まっている感じがとても好き。

『sha・la・la・la』のジャケット写真…、
あれは飛び立ったところ?
舞い降りてきたところ?
あなたはどう思う?



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