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あとがき -不比等の時代のその後 -

不比等の死後から数百年をかけて崩壊していく律令国家。その理由を考えたいと思います。

律令国家の前提

中国王朝が脅威であるゆえの律令国家プロジェクト

ヤマト朝廷が律令国家の建設を目指した前提として、中国統一王朝の脅威がありました。なぜ中国の脅威を防ぐために律令国家にする必要があったのかというと、中国王朝から独立国家として認めてもらうためです。
 
では、なぜ中国王朝から独立国家として認めてもらうことが、朝廷の安定に繋がるかということですが…。ひとつの考え方として。
 
日本列島と中国との間は日本海があり、航海自体がリスクでした。また中国王朝は、オアシスの道(シルクロード)、草原の道、海の道といったルートでヨーロッパや中東(ペルシアなど)との交流もあり、極東の権益は唯一最重要の場所ではありません。自分達に害をなす勢力でなければ労力をかけて征服する合理性はないわけで、そこに主従関係を示す朝貢という制度がはまっているとも言えます。

朝貢は効率的だが、王権が揺らぐ

しかし朝貢を行うということは 、ヤマト朝廷にとっては中国王朝の臣下となることを意味します。それはつまり、中国王朝の返答一つで君主としての正統性が決められてしまうという不安定な国家運営を強いられることになります。例えば、誰かが中国王朝と直接朝貢関係を結んでしまった場合、その誰かと朝廷は「中国王朝の臣下」として同格になってしまいます。王権の正統性の危機です。

しかし、独立国家の君主であれば、たとえ実際の権力が朝貢をしている誰かにあろうと、中国王朝がその誰かを「王」と認めようと、国内での王権の正統性においては揺らぐリスクは低くなります。実際に、平清盛や足利義満などは中国王朝と直接朝貢関係を結んでいましたが、結局天皇に成り代わることはできませんでした(本人たちがその野心があったかについては、今なお議論が分かれていますが)。

距離の取り方が重要

そもそも高句麗のように、朝貢をしても普通に攻められるリスクは結局残ります。なにしろ中国王朝にとっては臣下ですから、気に食わなかったら倒すまでです。

だから、距離を取れるのなら取った方が、王権の維持という意味においては良い選択になります。その距離の取り方というのが、政治制度と国家観の共有を中国王朝に示すことで「あいつらは分かっている=訳の分からぬ野蛮人ではない(あるいは多少はマシな奴ら)」という認識を持ってもらい、朝貢しないが害もない独立国家である、という立ち位置を築くこと。それが結果的に、安定性と正統性が担保されるようです。

唐が衰退して、律令制度の厳守の必要性が減る

こういった経緯も含みつつの律令国家だったのですが、その前提の脅威であった唐が衰退していきます。まず、武則天と重臣たちの間で軋轢が生じ、その関係で大量の粛清が行われます。彼女の死後、玄宗という皇帝が混乱をまとめ、720年代には唐の最盛期を築きますが、740年代に入ると楊貴妃を寵愛したことをきっかけに政局が乱れ、最終的に内乱にまで至ります。それ以降も唐は907年まで生きながらえますが、かつての栄華が復活することはなく、各地で頻発する乱への対応などで手一杯になります。
 
朝廷は、定期的に遣唐使を派遣していたため、おそらく唐の状況は理解していたものと思われます。外敵による脅威はほぼ去ったという見方が朝廷内に広まっていたら。

自分達のルーツに根付いているわけではない、必要性が薄まった他国の制度を、厳格に遵守するモチベーションを維持し続けられるか…。そう考えると、ただ「平安貴族が無能」という話ではないように思います。

公地公民制という基本仕様と、豪族の基本習性

また律令国家の基本仕様は、公地公民制です。簡単に説明すると、土地と民はすべて朝廷の所有物であり、土地を民に貸し与える代わりに、そこで得られたものを税として徴収させるしくみです。

一方で、朝廷を支える貴族たちは、元々は豪族出身者が多く、かつてはクニの支配者として土地と民を所有していた者です。基本習性として、最初から天皇家の所有物に収まっていたわけではありませんし、実際天皇家との関係性も絶対服従というわけではなくそれなりの発言力の強さが感じられます。

農地を増やす必要性に迫られ、土地の私有を実質認める

こういった組織としての基本仕様と構成員の習性との間に微妙なミスマッチがある中で、この頃、日本の人口は増加傾向にあり、食料問題が浮き彫りになってくるようです。まあ、朝廷・貴族という非農民系の身分が増え、東国の取り込みも進んでいるとなると、そりゃ食料の需給バランスは崩れるでしょう。
 
朝廷は良田百万町歩開墾計画を出しますが、公地という民にとってメリットのない状況では、わざわざ開墾などする人は少なく、やむなく朝廷は段階的に土地の私有化を認めていくことになります。それが723年の三世一身の法、743年の墾田永年私財法で、詳しくは省きますがこの制度をきっかけにして、日本の土地は徐々にほとんどが「荘園」という名の私有地になっていきます。
 
私有地が増えるということは、それをたくさん持つ者に財が集まり、その財力を背景に強大な政治力を行使することが可能になります。一方で、彼らが土地を私有できる根拠は、墾田永年私財法という天皇の名の下に出された法であるため、それを無かったことにしてしまうような革命を起こすことはしません。こうして「天皇家を中心とした中央集権型国家」は、制度のみ維持されて理念は崩壊する骨抜きにされていきます。

背景と前提の崩壊が起こしたこと

内部闘争は、人類の標準スペック?

前提となる外敵の脅威が薄れ、土地の私有化も認められてきたうえに、天皇家、皇親勢力、藤原氏、橘氏など、有力者が割拠し、そこに寺社勢力なども台頭してくるのが、奈良時代以降の朝廷です。こうなると、どうしても中央の貴族たちの気持ちは内向き、つまり権力闘争や政治的な駆け引きに走ってしまいます。一種の防衛本能のように感じます。

これはなにも日本だけの話ではなく、例えば中国王朝の腐敗や内乱もその多くが、外敵が去ったことにより起こっています。腐敗とは違いますがアメリカも、歴史的に外敵による脅威がなくなると、これまで目を瞑っていた国内問題と向き合わざるを得なくなり、内部闘争へと向かいます。ヨーロッパは常にどこかで誰かが戦争している状態がデフォルトで、ある意味そういった動きは少ないですが、それでも国の安定期やフランス革命後など、国外の脅威が去った後には国内の勢力争いが勃発しがちです。 

「無能なヤツのせい」という話ではない

外敵が去ったことで、それまでのガバナンスが効かなくなり、内部の権力争いが始まるのは、古今東西共通の動きです。決して「特定の誰かが無能」なのではなく、すべての人類に標準機能として備わっているスペックなのかもしれません。平安時代の藤原氏がそうした動きをしたからといって、藤原氏がいなければどうだったという話ではないと思います。
 
いずれにせよ、こういった理由などにより、不比等の築いた律令国家体制は、そう長い期間を経ずに崩壊していくことになります。そして最終的には、彼らが権力闘争の財政的基盤として始めた荘園制度によって力をつけてきた武士の手で、朝廷・貴族は全員まとめてごっそり権力を奪われていく、という皮肉へと帰結していきます。

背景や前提が崩れたという「自覚」が必要

また別の示唆として、前提条件が変わったときに、この制度・仕様を維持すべきなのかちゃんと考えることも重要だと感じます。
 
政治だけでなく、例えばそれこそ現代ビジネスにおけるプロジェクトであっても、社会情勢や内外要因などで、プロジェクト発足時の背景や前提条件は変わっていきます。そして大体の場合は、そのことが分かっていても既に予算をかけている以上プロジェクトを止めることは難しく、結局そのまま完遂するといったことが往々にしておきます。そのこと自体は現実策であり、大した問題ではないと思います。

前提条件への無自覚が迷走を引き起こす

問題なのは、前提や条件が変わっていることにすら気づかない状態です。なぜかというと、自覚していなくても人間はそこまで変化に鈍感ではなく、大概の場合、無意識的に何かしらの違和感を覚えていることが多いからです。それなのに“前提が変わっている”と気づかず進んでしまうと、プロジェクトが佳境を迎えた際に、「要件は満たしているはずなのになんだか違う気がする」といった感覚に陥るときがあります。
 
そして原因が判然としないまま、なんとなく気になったところを修正するため、修正したものを見てもやっぱりなんだか違う気がする。最終的には、何度も修正を加えていくうちに、自分を含めた関わるメンバー全員が、このプロジェクトでいったい何を目指しているのかよく分からなくなってしまい、終わらせることが目的となってしまう。こうして、有象無象の無駄プロジェクトがこの世に溢れかえっていくわけです。
 
これが「前提や条件が変わっている」ことを自覚していれば、仮にこのプロジェクトは完遂させるという判断をしても、完遂後にすぐに課題をフィードバックし、改善計画に移ることができます。それならば、このプロジェクトに意味をもたらすことができます。
 
朝廷や貴族たちが、律令国家の背景・前提が崩れていることに自覚があったかはもちろん知るよしもありません。が、とにかく結果的に彼らはそこに対して有効な策を打とうとはしませんでした。そして、全員まとめて衰退していくことになりました。これは、とても重要な示唆だなと今回の記事を通して感じました。

次回

あとがきの続き(最終回)。
話は変わって不比等の総括

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