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「なんで、私に声かけたんですか?」

と、よく聞かれる。
そのたびに、どうしようか僕は返答に困る。

一番の理由は、目の前にいたから。これに尽きる。
考えてみてくれよ。キレイだとかそうじゃないとかの前に、僕がここにいて、あなたが100メートル先にいたら、「ねえねえ」とはいかない。
(そんな話しかけ方しないけどね)

「人材」という目線も当然ある。
背の高さ、顔立ち、肉付き、髪色などからざっくりと系統を把握する。
頭の中で店の散布図を広げ、彼女がどの位置にいるのか、お水の中とお風の中、それぞれでポジションをシミュレーションする。

最後に、視線を落として足元を見る。
本来のポテンシャルとは別に、腰から上は変動が大きい。何かしらの手段を使えば、偽るのも簡単だ。
しかしドレスや薄着の状態、裸体の一歩手前でシルエットを艶めかせるのは、足首。それが彼女の才能で、ごまかしは効かない。
頭の中で彼女を着替えさせ、現在地から美的な伸び代を想像する。少なくとも3店舗は提案できると踏めば、自然と体が動き出す。


答えとしてどちらも正しくないのはわかってる。
質問する前から決まった答えが彼女の中にはあって、その願望を感じ取りながら、それを口にすべきかどうか、僕は彼女の目を観察する。

「そんなの、可愛かったからに決まってるじゃん」

言うなら言うで、勢いよく発声しなければならない。
言葉によどみがあれば、そこには隠すべき欠点があるかのごとく、自己肯定の低い彼女からさらに自信を奪って、僕はその泥棒になる。

でもこれが彼女の過信に繋がるというのであれば、僕は口をつぐむ。過信は一時の高揚をもたらしたあと、そのツケの回収を実力に求める。
想像に伴った現実を用意できなければ途端に態度を変え、罵り、過信は彼女を苦況に追いやっていく。
暴利の闇金のように、すぐ手に入る理想は利息が高い。

だからたいていの場合、僕は答えをはぐらかした。
なんでだろうね、こうなる運命だったとしか言いようがないよね、でもそれってすごいよな、
こんだけ人がいて、他にもスカウトがいてさ、
ねえ、やばいじゃん?
笑って、期待を置き去りにする。
泥棒にならないために。彼女が地に足をつけるために。

だがある時、考えを改めた。
同じことを聞かれ、「可愛かったからだよ」と即答するようになった。
どんなビジュアルであれ、だ。
それは現実の美をあらわにするためでも、醜さをぼかすためでもない。言葉そのまま「可愛い」とまっすぐ伝えるだけだ。

「なんで私に声かけたの?」
と、いつものように聞かれたある日。案の定僕は「なんでだろうね」とはぐらかし始め、何気なく彼女から視線を外した。
そのとき、ぼそっと声がした。再び彼女を見ると、何かを言い終えた様子で僕を見ている。

おそらく僕の表情がよくなかった。
思い返してみても、スイッチはそれくらいしか思い当たらなかった。不意のことに、僕は気の抜けた真顔で「え?」と反応した。彼女は、急に破裂した。

「だから、金としか見てねえんだろうがって言ってんだよ」

大人しそうな彼女から出た大声は、周囲を歩く人間を怯ませた。彼女は僕を睨んだ。睨んで、何かを求めていた。じゃあ金が欲しいの?と聞くと、何も答えない。
睨み、凄まれ、無言のまま、僕は彼女を見つめた。次第に彼女の表情が緩んでいき、元に戻りそうな直前、再び反動をつけたように跳ね上がった顔で、「死ね!」と言って彼女は立ち去った。


小さくなっていく彼女の背中を見ながら、
「そうだよ」と僕は言った。
金になるのが悪いのか?その金は、君が作った価値だというのに。
誰も、何も君から奪ってない。
もしかすると、お酒の席で応援する男がいるのかもしれない。そこに大金を積んで苦しんでいたのかもしれない。

でもそれは奪われたんじゃなくて、君自身の存在を確認するために、君が買ったんだよ。私はここにいるんだと実感するために、自ら買ったんだ。
ボランティアで存在意義を与えろってことなら、君は平気で人のモノを盗る人だ。それはいつか必ず弁償させられる。そんなもの、自分で作ればタダなんだよ。ねだってばかりじゃ、人も金も手元に残らないぜ?

だからくれてやる。「可愛いよ」と言うだけで済むのなら言ってやる。あとはお互い自己責任だ。僕の方でもリスクを取ろうじゃないか。
だから聞くな。人に自分の存在価値を問いただすな。じゃないと、悪い奴に騙されるぞ。

「可愛いかったからだよ」と笑って言いながら、
このリスクが上下どちらに振れるのか、いつも僕は真剣に考え始めている。

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