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ボーカル譜面を作ったことがない人向けの譜面の書き方


はじめに

このnoteではボーカル譜面を作ったことがない人向けに、譜面制作の視点から「レコーディング・ライブ現場で必要なメロ譜」の書き方について、日頃の経験をもとに一例として記します。

混沌とした現代社会では何が起こるかわかりません。
普段通りの生活を送っている中ある日突然「あなたの曲のボーカル譜面を提出して欲しい」と先方から指示が来ることもあります。

※もうすでにご活躍されている方は温かい目で見守ってください。
宅録シンガーさん等、おもわずSNSで一言言いたくなっちゃうようなデータが届いた経験がある方は、こっそり拡散していただけますと幸いです。

最近はそれほど重要視される資料ではない印象の「メロ譜」ですが、万が一提出する必要がでてきて困った場合は参考にしてみてください。
なぜこんな記事を書こうと思ったかは最後に書きます。

【おことわり】
※1 出版されるものと違いこのような場面での楽譜には明確なルールがなく流派もあったりしますので、あくまでも一例として捉えていただけると幸いです。
※2 そもそもの楽譜の基本ルール、各譜面エディターの使い方については各々調べていただきますようお願いいたします。

例題曲とポイント

さてさっそく、例を交えて本題です。
権利関係の都合上、今回はクラシックの名曲「木星」の中間バラード部分を例題曲とします。
この3拍子の名フレーズを歌モノとして、さらにポップスらしく4拍子…という"斬新な"アイディアでアレンジする、という架空のプロジェクトを想定します。
(ピンと来ない人はお父さんお母さんに聞いてみよう)

最初に完成譜面を載せます。下記のような感じです(完成例1)
実際にこういうアレンジの曲が発売されたわけではないので、「架空のアレンジ曲」として話を進めます。ややこしくてすみません。
”aーー”は歌詞だと思ってください。

完成例1 (クリックで拡大)

ハモリがある場合はこういう感じです(完成例2)

完成例2 ハモリがある場合(クリックで拡大)

次に、押さえておくべきポイントをいくつか紹介します。

(クリックで拡大)

1.タイトル、テンポ、調、作詞作曲などの情報を記入
2.MIDIデータ(DAWセッションデータ)と小節番号がズレないようにする
3.基本は1ページ8段〜10段、一段4小節、視覚的に捉えやすく
4.ヘッダー・フッダーを忘れずに
5.リハーサルマークはなるべく左揃え
6.MIDIデータ変換の際に読みにくくなった箇所は直す
7. リピート小節が強調できる場合は強調する

以下、詳しく説明します。

1. タイトル、テンポ、調、作詞作曲などの情報を記入(わかりやすく)

こちらはSibelius等の譜面ソフトや各種DAWの譜面機能でほぼそのまま出ると思います。文字(特にタイトル)は大きい方が良いです。
調(キー)はMIDI変換で付かない場合は手入力します。
音楽理論的な話は今回は省略します。

2.DAWセッションデータと小節番号がズレないようにする

DAWのセッション上の楽曲スタートは3小節目にすることが多いはずです。
これを譜面に変換するときは、頭の空白2小節をカット(アウフタクトの場合は1小節カット)します。その際、DAWと譜面の小節番号が同じほうがセッション管理しやすいので親切だと思います。
DAW側でオフセット小節を利用するパターンもあります。
(商業スタジオでハウスエンジニアさんがものすごいスピードで準備をしてくれたりします)
繰り返しになりますが要は譜面とDAWがズレないことが大切です。
もしくは、空白小節をそのまま出すのも問題ないです。
その場合は先頭小節に[Data]や[Count]などの注記を入れます。
こっちの方が作業的には少ないと思うんですが、個人の印象としてはMIDIデータの冒頭をカットするのが一般的です。

冒頭の空白2小節をそのまま生かした例
いずれの場合もDAWと小節番号は一致

※ちなみに古いバージョンのSibeliusは1・2小節目をカットすると上述の「1」で打ち込んだ情報が消えてしまう場合があるので注意してください。

3. (A4サイズの時)基本は1ページ8段〜10段、1段につき4小節

段についてはだいたいこれくらいがスタンダードです。
段の高さ(Sibeliusの場合は「譜表サイズ」)は、7〜7.5mm前後が基準です。
Sibeliusはデフォルトでこのくらいだと思います。
最近はPDFをタブレットで見られることも多いので、6mm前後にする場合は見えづらくないかチェックしてください。
ページ数を節約しようとあんまり上下の段を詰めると、段同士の文字や記号が近すぎて「このCは上の?下の?」ということになりかねません。

上下段を詰めすぎた例、記号がぶつかってみづらい

“1段4小節”は、あくまでも基本です。
たとえば6拍子の楽曲なんかは3小節ごとじゃないとキツい場合があります。
臨機応変に1段の小節数を詰めたり減らしたりして、体裁を整えます。
1曲を通して整合性が取れているのが重要…だと思っています。

4.ヘッダー、フッダーを記入する

例えば2ページだけ、3ページだけを見たときに「なんの曲の」「どの楽器パートの」「何ページ目か」がわかると、
複数楽曲を管理する大きめのプロジェクトの場合に親切です。
エディターソフト側で入れられる場合は入れた方が良いと思います。

ヘッダー・フッダーがない例
特に、たくさんの譜面を一気にプリントアウトする場合だとトラブルのもとになりがち

さて、ここからは譜面制作時のノウハウになりますが、いきなり全てをやろうとすると大変なので気をつけてください。

5.リハーサルマークは(なるべく)左揃え & ページ先頭

4小節ひとくくりならだいたい左端に来ますが、たとえば今回の例題曲のように「Bメロが9小節」になった場合は一時的に1段5小節にするなど、ちょっとした工夫が要ります。
ここは何曲か譜面を作成してみて、自分がしっくりくるレイアウトのルールを作っていくのが良いと思います。
リハーサルマークを打つ小節の小節線は複縦線にすると親切です。
また2ページ目、3ページ目と各ページの先頭にリハーサルマークが来ると視線誘導的に美しいです。
もちろんうまくハマらない場合も多いので、先述の「3.基本は1ページ8段〜10段、1段につき4小節」とのバランスを考えて、落とし所を決めます。
ちなみに[Intro]は[In]でもいいですし、[C]は[サビ]でもいいです。
(「どっちでもいーよー」ってスタジオミュージシャンの方に言われました)
繰り返しますが1曲を通して整合性が取れているのが重要…だと思っています。
漢字を使わない縛りにすると[間奏]は[Interlude]とかになると思いますが、これはIntro/Inと被りがちなので[間奏]が好みです。
ここらへんは日本語のアドバンテージだと勝手に思ってます。

6. MIDIデータ変換の際に読みにくくなった箇所は直す

変換でカオスになった例
修正後

特に手弾きで入力したデータは譜面に変換した際に乱れがちです。
これをそのまま提出するのは悪印象です(あなたが10年に1人の秀才クリエーターなら話は別ですが)
マウスでポチポチ入力しても、なぜかたまに乱れます。
こういうところをAIでもなんでもいいので早くなんとかして欲しいです。
聞いてますかソフト開発の人。

譜面側で直すのも良いけど、DAWの段階で綺麗にする癖をつけておくと時短になります。
※Cubaseの場合は「レガート」等

7.リピート小節が強調できる場合は強調する

いわゆる"写譜屋さん"の目立たせテクニックです。
今回の譜例ではSibeliusの設定(記譜ルール)でリピート小節を強調しています。本当はもっと強調したいんですが…
出来ない場合はそのままにします。
レコーディングやライブで使われる、いわゆる「初見」で演奏する場合が多い譜面はかつては写譜屋さん(コピーイスト)という専門の職人がペンで書いていました。もちろん今でも健在の職業です。
市販の楽譜ではあまり見ないと思いますが、ライブやレコーディングで使う譜面にはこういう「目立たせ表記」がいくつもあり、ものによっては先述のリピート記号のように現在のエディターソフトに継承されています。
ボーカルは初見で譜面を見ながら歌うことはあまりないので、このお話は今回は割愛します。
※「Jazz Standard」 等で画像検索するとそういう雰囲気の楽譜が出てくるので、興味のある人は見てみてください。

以上、最低限押さえておいた方がよさそうなポイントを紹介しました。
参考になれば幸いです。

ちなみに写譜(レコーディング/ライブ用の譜面づくり)に興味のある方は以下の書籍が参考になります。
FinaleやSibelius登場前の写譜職人さん(コピーイスト)のノウハウが載っています。

おまけの話

ここまで読んでいただきありがとうございました。ここからは余談です。
お時間あればお付き合いください。

おまけ1.こだわりすぎない

提出した譜面が出版されるわけではないので。
今回の譜面はこのnote用に20分くらいで作ったものですが、慣れないともっとかかります。
楽曲制作は時間との戦いです。レコーディング用データの準備(=プリプロダクション)を一人でやっている場合、譜面制作にかける労力は極力省エネなほうが良いはずです。
シンガーさんによってはそもそも譜面はマストではないけどあるなら…というスタンスの方もいますし、ディレクター的立場の人から
「使うかわかんないけど、とりあえず流れがわかるものを」という場合もあります。(とりあえずってなんだよ)
その場合は最低でも「楽曲情報を記入」「MIDI変換の際の乱れを整える」「リハーサルマークを打ち込む」あたりは押さえておきたいところです。
逆に、その場の歌REC限りだと思って提出した譜面が、なんの連絡もないまま後々のライブ現場でも使われる…なんてケースもないとは言えません。
用途がはっきりしない場合でも、「ここの運営、大丈夫か?」と不安になったとしても、ただMIDIをそのまま変換しただけ…のような雑なものは避けたほうが、少なくとも些細な現場トラブルで数分浪費したり、現場の士気が下がるような事態は防げると思います。(現場というのは1分ごとに数千円が溶けていくものです…)

また、ネットを介したデータのやりとりの場合、譜面に書ききれない注釈やニュアンスはメールかテキストファイルに記載してセットで渡します。全ての情報を譜面上に表すのは不可能だと割り切ります。

おまけ2.ハモリ

ハモリパートの表記は・・・正解がわかりません(誰か教えて…)
大切なのは「1曲を通してレイアウトを統一する」ことです。
字ハモ(いわゆる普通のハモり)で、かつシンプルならメインボーカルの段にくっつけた方が3度とか4度の感じが視覚的にわかりやすいと思います。
DAWの譜面機能でこういうことがやりづらい場合は最初の譜面みたいに別段で分ければ問題ないと思います。

メインボーカルと字ハモを同じ段に結合した例
やってみたけどめんどくさい

おまけ3.歌詞

歌詞は記入するのが基本です。
ですが、コンペの仮歌等ではそこまで必要ない派のシンガーさんもいらっしゃいます。
また、まだ歌詞がない場合は当然入れられません。
状況によって入れるか入れないか決めましょう。

おまけ4. フィードバックをもらう

これは音楽だけじゃなくすべての仕事に言えることですが。
仲の良いシンガーさんだったらお礼の挨拶のついでに「譜面見づらくなかったですか?」等の質問をする、レコーディングに立ち会える場合は現場に行き、もし譜面がらみのミスがあったら憶えて帰る、等。
ここで何か発見があればラッキーです。

最後に. このnoteを書いた理由

宅録を請け負ってるプレイヤーの人やプロジェクトを任されているディレクター的立場の人から、「若いアレンジャーさんから提出されたデータがちょっと…」という話をよく聞きます。SNSでも愚痴…もとい問題提起的な書き込みがたまにプチバズしたりしてます。
現在の宅録技術がここまで発達して、大人数でスタジオに集まるようなことも減っています。
その気になれば一人で完パケまでできる現代では、明文化しづらいルール(昔はなんとなくで共有できていた習慣)やちょっとしたノウハウは継承されなくて当然といえば当然です。

さらに、立場的に育成をする側の人なら「ひとこと言いたくなるような」データを渡されれば、口頭で注意したり本人が知らなかったことを教えられますが、ネットの依頼の場合だとビジネス上は対等の関係です。
加えてメールだけのやりとりだと、なかなか叱る・叱られるといったコミュニケーションは発生しないと思います。
ボーカルや楽器演奏やミックスを請け負う側も人間なので、たとえキャリア的に経験豊富な人でもわざわざ嫌われ役になって細かいアドバイスをしようなんて思う人はそう多くありません。
(逆上されてネットで晒されるなんて面倒なことになるかもだし)
そんなこんなで下の世代はノウハウが継承されないままなんとか独断とネットの怪しい情報を頼りにデータを用意し、上の世代は「こんなこともできないなんて」と嘆く…。
そんな不憫なすれ違いを少しでも減らせればと思ったので、今回はお試しで作家・アレンジャー志望の人に向けてメロ譜の書き方について書いてみることにしました。
今後反応があればボーカル以外のパートについても何か書こうと思います。

最後まで読んでいただきありがとうございました。
素敵なDTMライフを

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