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ヨガと予知と中央線・16『明の二日目』

『天間明の二日目』

 明は目覚ましの音で起きたが、時間を見ると予定よりも三十分も遅い目覚めだった。どうやら音を聞きながらも寝続けていたようだ。

待ち合わせはケイのマンションの前で六時だが、もう五時半になっている。明は飛び起きると、シャワーを浴びて、身体を拭き、電気シェーバーで髭を剃った。髪をドライヤーで乾かしながら、今日の服を用意していないことに気がつく。
 

さすがに今日はデートなので少しはおしゃれをしようと思っていたが、服は五十鈴が片付けたので、乾燥機に入っている普段着以外はどこに何があるかわからない。探している時間もなさそうなので、乾燥機からいつもの服を出した。
 

ケイの家までは歩いて五分ほどなので、間に合わせるために早歩きをする。到着して携帯電話を見ると待ち合わせ時間の一分前だった。ギリギリセーフ。
 

少しするとケイがマンションの玄関ホールから出てきた。
「おはようございます。待ちました?」
ケイは眼鏡に白いワンピースという姿だった。ケイに目を奪われて、周りの景色が少し薄くなる。ケイには場の空気を変える美しさがあると思う。

美人と話し慣れてない明としては、生徒と先生としての付き合いがなかったなら、ケイと満足に話せなかっただろうな。しかも今は恋心も働いて、ケイの姿は今までの二倍は美しく見えている。

「いや、約束の時間通りだから待ってないよ。ケイさん眼鏡掛けるんや。眼悪いの?」
「はい。仕事のときはコンタクトなんですけど、あんまり好きじゃないんで、休日は大体眼鏡です」
眼鏡も似合うなあと明は思ったが、素直な褒め言葉が口からは出なかった。

ケイの顔をまじまじと見ると赤面してしまいそうな気がして、明は視界をウロウロさせてしまう。まあ、辺りを警戒する必要もあるので調度良いかも知れない。
 

明たちはまずは吉祥寺の駅に行き、中央線東京行きに乗ると荻窪に向かった。そして、明も一緒にケイの通っているヨガスタジオでアシュタンガヨガをやることにした。

「まず太陽礼拝のAを五回やります。太陽礼拝はわかりますか?」
 何とも爽やかな男性のインストラクターが明に付いてくれた。ケイは自分のペースでヨガをやっている。男性のインストラクターに教えてもらうのは初めてだなと明は考えていた。
 

太陽礼拝とは深呼吸と前屈運動をダイナミックにヨガの動きだ。腕立て伏せのような動きも入るので、五セットもやるとじんわりと汗が出てくる。
「それでは次に太陽礼拝のBを五回やります」
 

そうインストラクターの先生は言って、太陽礼拝のBの見本を見せながら指導してくれる。太陽礼拝のBはAに股関節を開くポーズが加わって、その上に腕立ての回数は三回になっていた。
 

太陽礼拝のBを五セットし終えると、もう汗が吹き出て仕方がなかった。顔からぽつぽつとしずくがたれる。まだ始まったばかりなのに、いつものヨガのレッスンよりも疲れていた。常に動き続けるヨガをやったのは初めてだ。
 

続いて立ちポーズが続く。日ごろのヨガでやっているポーズもあるが、大体は日ごろのポーズより難易度が高かった。内臓や肺が絞られて、自分が雑巾にでもなった気分になる。

ずっと動きっぱなしなので、頭が少しぼうっとしてきた。深い呼吸をやっているつもりだが、苦痛で息が止まったりするので、少し酸欠になっているみたいだ。まだ身体が硬いので、ポーズの度にどこかしら痛い。
 

やっと立ちポーズが終わったと思ったら、座りのポーズが十種類ほどあり、ポーズの合間には腕立て伏せのような動きをしなければいけなかった。
「疲れていたらやらなくても良いですからね」とインストラクターの先生に優しく言われたが、意地になって腕立て伏せもやっていく。

横目でケイを見ると楽々とやっていたので、男心として負けたくなかったのだ。でも途中でかなり後悔していた。腕が疲労で震えて、思考力がどんどんとなくなっていく。
 

最後の辺りで頭と肘を使った三点倒立のポーズがあった。練習したことがない明はもちろん出来るわけもなく、他の人やっている姿を感心しながら見つめた。ケイも軽々とさかさまになっている。
 

やっとのことですべてのポーズが終わり、手足を広げて上向きに寝転んだ最後の休憩のポーズ、シャバーサナになった。何だか内臓も意思を持っているように、ゴロゴロ動いているようだ。もう疲労困憊で少しも動きたくない。疲れで頭が空っぽになっていた。

「アシュタンガヨガはどうでした?」
 ケイは血行が良くなって赤らんだ頬をしていた。薄っすら汗ばんでいる。
「こんなハードなんもあるんやな。めっちゃ疲れたわ」
 明はそう言って、無理やり笑顔を作ってみた。本音を言えば少しの間は動きたくない。体中のあちらこちらで内乱が起こっているかのようだ。シャツは汗でぐっしょりだった。


 更衣室で汗を拭いてから着替える。デートの初めに汗だくになってしまったが、臭いは大丈夫だろうか? スポーツで流した汗は臭くないと信じて、気にしないことにした。

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