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安くて良い商品を作る企業は何故潰れるのか~松本酒造の案件に対する反応から見えたこと~

先日書いた記事に非常に多くの反応が集まっている。


そして様々な人がFBやTwitterで松本親子のこれからの活動を支持しているが、いささか気になる言説も多いので、記事にしておきたいと思った。

酒蔵の経営って厳しい。昔、広島県のとある酒蔵の売却案件を頼まれ、売却を探したことがあったが、従業員給料みて愕然としたことある。杜氏とパートの給料を合わせても年間300万円程度だった。役員給料もとても低い。杜氏を季節労働者とみればこれでも、とは思うが、これでは若い人が日本酒蔵に入社、または後継者になると思うだろうか。売却を考えるくらいなので負債も多く、新しい投資も必要なので結局買い手はつかなかった。なお、酒蔵の給料が低いのは神戸の某有名老舗酒蔵に一時期勤めた友人からも聞いている。


良いものを安く、なら消費者は喜ぶ。米を高く買えば農家は喜ぶ。松本酒造の「前」経営者は、良いお米を作っていただき、そしてその米の特性を引き出すつくりをしていたようだ(私は桃の滴は何回か飲んだし、守破離も数回飲んだが、作り手やお米の生産者など細かなところを知ったのは今回の案件が初めてである)。

その方向性自体は間違いではないが、ビジネスとしては非常に厳しい。ましてや日本酒は大吟醸・純米大吟醸なら4合瓶3~5千円など相場が決まっている。
もちろんその世界を打破するような商品、もっと高級でプレミア感がある(≒作り手の努力が価格に反映されて、利益が生じる)が生まれつつあるが、全ての日本酒ファンが買える金額ではない。てか、米粒が精米を経て小さくなっていくあの粒粒がデザインした気が狂ったデザインの瓶、あれで幾らしたのだろうか。

一方で、日本酒を飲む人は年々少なくなっている(データは事実しか言わない)。

とすれば輸出か?でも、日本で3千円の酒は海外でも高くなる。ある程度マス向けの商品を作ることも必要だ。ホリエモンは以前ツイッターで「もっと海外で高く日本酒を売るべき」と話をしていたが、実際シンガポールでパック酒が(1本3000円くらいのお酒に比べて)売れていたし、私が神戸酒心館(福寿)さんと平和酒造(紀土)さんにお願いしてベトナムでマーケットリサーチした時は梅酒(千円)大絶賛だった。

日本は「クールジャパン」などで、海外の富裕層に向けて真正面から「日本の伝統!」「日本酒と料理のペアリング!」なんてことで攻めているが、当の飲む方はそんなこと知ったこっちゃない。ワインを飲みながらおでんを食べる人もいる。ハイボールをあんなに飲むのは日本だけで、ウイスキーの飲み方としては世界に例がない。その土地でその人と料理に合わせた飲み方がされるのであって、その融通に合わせることだって大切だ(だからシンガポールでパック酒が好評だった。アジア圏の人の味覚にはあういう甘口(うまくち)の酒が好まれる。吟醸酒などのような甘い、という感覚と違う。冷やして飲む文化が無いから、吟醸香の甘くてさわやかな香りが伝わりにくい。パクチーや香辛料に合わせるには吟醸酒ではボディがややすると心もとない)。

獺祭はその知名度で非常に売れたが、あれだって数十年前の日本で「フランスワイン」と書いておけば売れていったのと同じ状況である。近年だとニューヨークで高知県の酔鯨がプロモーションを行って一定の効果が得られたようだが、それとて「おしゃれなお酒」としての切り口で攻めたわけで、日常のお酒としてニューヨーカーの中に着実に根を下ろしたとは言い難い(そこまでプロモーションを続けるには相当のお金が必要である)。

なので、昔から酒蔵だけでなく世界のワイナリーでもTOPブランドと「セカンドラベル」以下も揃えるのが当たり前。あるいは、都会向けのブランドの酒と地元向けのブランドの酒など。そのセカンドラベル、あるいは地元向けの酒、カップ酒やパック酒で稼いで、TOPブランドや大吟醸などに注力する。大吟醸は生産量も少ないので。兵庫県播磨のお酒、奥播磨の下村酒造さんは小さい酒蔵でも3種類のブランドを使い分けたりしていた。

ところが、今自分の消費者は大吟醸・吟醸クラスを好む。「セカンドラベル」を飲まない。かくして大きな設備のない酒蔵は苦しむ。手作り主体の吟醸大吟醸酒は大量生産ができない。体力があった地方の酒蔵の一部はある程度大きなタンクや蒸し器や麹室を整備、その他機械化省力化を進めて、人手をかけるべきところはかけて、そうでないところはなんとか削減しつつ、「安くて美味しいお酒」づくりのために頑張ってきている。平和酒造さんのように梅酒に注力して(そこに至るまでも数々の苦労があったようだが)経営を安定させつつ、酒造りに投資して素晴らしい品質を買い求めやすい値段で出しているところなど、例は枚挙にいとまがないが、全ての酒蔵でできることではない。

しかし、コロナで外食向け大吟醸クラスの出荷が止まった。この影響が酒蔵に与えた影響は非常に大きかったと想像する。見込んでいた高級酒の販売も、少しづつ伸びていた輸出も止まってしまった。

自宅飲みに4合瓶3000円(+送料)はちょっと高いという人が多かったのかもしれない。たまに自宅が酒屋状態の変人もいるけど、そういう人ばかりではない。先ほど示したように酒の消費は減っている。特定名称酒は出荷が年々増えているが、外食や百貨店(贈答向け)の営業時間が大きく下がったため、特定名称酒が大きな出荷減になったことは何人かの酒蔵の方に聞いても明らかである。

今回の松本酒造さんの件は、こういった酒蔵の苦しい状況が現れているのだと推察する。

となると、『コストパフォーマンスの良い松本さんのお酒がもう飲めないなんて、、、』という消費者の声は、もちろんそれに悪気はないのだろうが、結果的には本醸造の商品や普通酒を飲まない、酒蔵が利益を上げにくくなった状況を作った私たち酒のみのせいでもある。

もちろん、そういう市場の流れに対応するために頑張るのは経営者の務めでもあるが、モノづくりの人間としていいものを安くという思いもあるし、そもそもそのための資金をどうやって作るかという根本的な課題もある。従業員の給料も上げなくてはならない。最低時給はどんどん上がっているのだ。

今回の松本酒造の件は、多くの中小企業にとっても突き付けられている問題だと認識すべきなのだろう。

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