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地方活性化とブルーオーシャン戦略 ③

前回は豚肉の話であったが、今回はヨーグルトの話である。
チチヤスヨーグルトには全く関係はないのであるが、チー坊(チチヤスヨーグルトのキャラクター)がかわいいので写真に設定してみた。ちなみに広島駅の土産物屋で「チー坊グッズ」が購入できるようになっており、あまりの可愛さに3000円のTシャツ白と紺2枚買ったのだが、何か月か後に終売となった結果、メルカリで5000円まで高騰していた。もっと買っておけばよかった。

さて、地方活性化にはいろいろな手段があるが、どんないい手段があってもそれを推進する組織がなってなければ、上手くいかない。ではどんな組織が大切なのか、という話である。

今回の事例は、栃木県塩谷町のヨーグルトの話である
リンク先が下野新聞2019年11月6日有料記事のため、ある程度抜粋すると、

『塩谷町は5日、国の地方創生交付金を活用して町内産農産物を使った加工品の販売促進や雇用創出を目指した「6次産業化」事業で不適切な支出があったとして、国から交付された2652万円全額を返還し、事業を廃止する方針を明らかにした。

 町によると、年度ごとに定めた契約期間外の経費を計上するなど44件約1420万円の不適切な支出があったほか、現時点で領収書が確認できない支出が約360万円に上った。町から委託を受けたJAしおのやが、委託費全額を別の二つの団体に再委託した年もあった。(中略) 町は(中略)「執行上に適切性を欠く部分が多々あり、事業効果を上げるための体制も十分ではなかった」と説明。監督や確認が不十分だったことを認めた。不適切と判断した経費を町に返還するよう、JAしおのやに求める考えだ。 JAしおのや営農部の担当者は5日、下野新聞の取材に対し「コメントする立場にない」とした。

 町によると、事業は2016年度からの4年間、毎年一つ商品を開発する計画だった。しかし、18年度までに商品化されたのは豆乳ヨーグルト1点のみで、(中略)国と町からJAしおのやには16~18年度に計約3900万円の委託費が支払われたが、18年度の売り上げは町としての目標1億円に対し約7万円にとどまった。』

要するに、地方活性化を目指して国からのお金合わせて4000万費やしたけど、7万円しか売れませんでした。という話である。

筆者が問題としたいのは、上記の引用中太字の部分で、「体制」とか「監督」の部分と、あとはそもそもの事業計画である。ちなみに塩谷町は効果検証は一応していたというのは記録に残っているが、平成30年度に6次産業化の商品で1億の売り上げを目指すと言うておきながら、その時点での売り上げは167,700円でしかないのに、「PR不足」などとの指摘をするだけで、これで本気で取り組んでいたのかとは言いたくなる。しかも、平成30年度の事業検証を令和元年9月に行っている程度である。

体制と監督についてはさらに後日談があり、委託先のJAが町を訴えている
委託費の返還を求められている部分のうち、『訴状では(1)同JAに残った留保金は利益として収納できるもので法的請求権はない(2)契約期間後に再委託費などを支払うことが契約や法律のどの条項に違反するのか説明がない(3)領収書の提出義務が契約書に記載されていない-などとし、支払債務がないことの確認などを求めている。』(以上下野新聞2020年5月2日から引用)

ここに、先ずは問題の第1ポイントがある。


①委託事業で「利益を稼ごう」という下心

JAの訴状中の(1)にある、残った留保金の問題。つまり、地方活性化において補助金交付金は使っていいが、そのお金をやりくりして利益を出していいかという問題である。私は商店街活性化をはじめいくつもの交付金などを使うマネージャーをしてきたが、「人件費」として使ったり「管理費」として使用できるものはあるが、「組織の利益にしていい」という文言はない(人件費は稼働報告書などで確認する)。また、認められている再委託でも、管理者(この場合は塩谷町)に確認の上する必要がある(期間外に再委託をするなんてない)。そしてこの目的のために費やしたお金は、たとえ1円であろうと領収書が必用であるし、これは必ず契約の年度内(3月31日まで)に支払いを終えていなければならない。

つまり、JAも、そしてその再委託先もこの補助金に吸い付いた寄生虫でしかなかったのだ。そもそも、補助金や交付金は、「このお金をもとにして、事業をうまく成立させる」ものであって、利益は「その事業」から得ていくものである。

このような、国のお金にたかるような事業者では成果など望むべくもない。町も、管理者としての責任を果たしていたとは(記事や報告書を読む限りでは)とてもいいがたい。これでは新しい商品やアイデアも生まれない。


② ティッピング・ポイント・リーダーシップが大切

ティッピング・ポイントとは、ターニング・ポイントと同義ではあるが、ティッピング・ポイントには「組織が強い変化をしなければならないの意味が加わると解釈できる。M・グラッドウェルは、売れなかったモノが突然爆発的に売れたり、犯罪率が著しく増減したりといった謎の多い社会現象を説明しようと、この概念を提唱した(W・チャン・キム氏の著作だと、ニューヨークの犯罪率低下などの事例がある。)。
ブルー・オーシャン戦略では、組織における戦略実行の手段として「ティッピング・ポイント・リーダーシップ」が位置づけられている。その概念を説明すると、『どのような組織でも、一定数を超える人々が信念を抱き、熱意を傾ければ、そのアイデアは大きな流行となって広がっていく』という考え方である。『組織の中でバリュー・イノベーションが起きたとき、多かれ少なかれ起こる既存勢力からの抵抗を抑えるため、「ティッピング・ポイント・リーダーシップ」では、戦略の実行にまつわる4つの障害(意識のハードル、経営資源のハードル、士気のハードル、政治的なハードル)を乗り越えることがその要諦となります』とある。

地方活性化において、行政と民間が行う多くの実施体制は、「委託事業」の形をとっている。しかし、それでは「一定数を超える人々が信念を抱き」ということが生まれにくい。過日、商店街が地域活性化の足かせになる記事を書いたが、意思が統一されないことが地方活性化の最大の障害である。意識もまとまらない、士気が上がらない。その上政治的なハードル(古参の事業者や声だけ大きい議員やそれに結びつく組織)は高く、その人への利益配分も考えなければならない。経営資源の根幹である「人的資源」がいない(≒若者がいない)ため、外部委託にせざるを得ない。この組織の在り方・作り方を根本的に見直さなければ地方活性化など及びもつかない。


③ ティッピング・ポイント・リーダーシップを発揮した和歌山県の酒蔵

和歌山県海南市に、平和酒造という酒蔵がある。かつては地方の小さな酒蔵で、桶売りや地元にのみ消費されているような酒蔵ではあった。ところが、この10数年、都会で爆発的に人気のであるお酒が登場した。「紀土」である。
酒蔵のこせがれ、山本典正氏(現代表取締役)は、いつの日か自分がこの酒蔵を継ぐことを考えつつも、大学卒業後は東京のITベンチャーで働き、その中で様々なビジネスを知っていった。後継ぎとして戻ったのちは、状況を変えるべく方策を考えていたが、「組織が古い」「市場も縮小する一方(レッドオーシャン)」「ブランドもない」状態をどうするか大いに悩んだという。先立つものもない。しかし、変えていくには利益が必用ということで、先ずは当時売れ始めていた梅酒に注目。圧倒的に他社より美味しい梅酒を目指し、そこで「利益」が生じた。それを今度は日本酒の品質向上や労力削減のための投資、PRなどに注いでいった。詳しくは省くが、現在東京でも大阪でも世界でも「紀土」の名前は日本酒好きに知られるようになった。
さらにすごいのが、この会社は数年前から「新卒採用」を行っている。学生就活情報に出稿し、就職イベントにも出店したそうだ。新しい血を取り入れることは、組織にとって大いに意味がある。若手社員の希望で始まったクラフトビールは年々売り上げが伸び、倉庫の片隅では足らなくなり、専用倉庫が検討されているという(杜氏の柴田氏談)。なお、この会社は正社員の平均年齢が30代という若さである。力仕事ばっかりであった酒蔵の仕事は省力化(とはいえ品質は落とさない。むしろ向上させる)が進み、よほどでない限り、酒づくり期間(だいたい冬)であっても従業員も自分の時間が確保される。

平和酒造の事例から学ぶべき点は以下の点だ。

・利益を現状で最大限確保し、それを将来の投資に使うべき
 つまり、「他人の金をあてにするのでなく、自分で何とかする」。自分で梅酒で稼いだお金であるからこそ、経営資源のハードル、意識のハードル、士気のハードル、政治的なハードルを乗り越えやすい。

・投資であるからこそ、責任感と目標への熱意が生じる
 地方活性化では、補助金と委託事業という責任感も目標の熱意も生まれにくい体制が多い。なのでうまくいかない。補助金を多くもらうのが目的になるので、KPIもとんでもない設定がされる。(豆乳ヨーグルトで一億円売上目標なんて、チチヤスでも難しい。ちなみに令和2年塩谷町の人口は約1万1千人、4000世帯。総務省統計などによると、1世帯当たりのヨーグルト使用金額は年間約1万1千円。つまり、塩谷町全世帯が1年間この豆乳ヨーグルトしか食べないと仮定しても、4400万円の売上にしかならないのである。いかに、計画が無謀で、その計画のチェックなどを町も、国の機関も考えていないかが明白である。なお、ヨーグルト需要の伸びたのは、「インフルエンザなどにBIOが効く」だのという理由であるので、健康目的の消費が多いと思われる。豆乳ヨーグルトはそれを打ち出せるとは思わない)

最後に、
・若い人材が自由に物事を考え、実行できる環境でなければイノベーションは生まれない
ということである。平和酒造では、当主と杜氏の関係性もよいだけでなく、若手が本当に働きやすそうにしている。なれ合いではない。地方活性化においてはとても重要なことだが、残念なことに人的資源がない。

なので、地方活性化を本当に目指すのであれば、伸びようと必死で頑張っている地域の企業に、行政が出資を集めることを手伝い、若い人の雇用を面倒見るくらいのことをしなければならない。UターンIターンマッチングなどという生ぬるいことだけでは無理で、地域の企業が若い人を雇用できる環境づくりに必死に取り組まなければならない。6次産業化ではA-FIVEなどの出資スキームもあるが、これが上手くいかなかったのは、出資者が責任や熱意を感じにくいスキームだったからだと考えている。地方の金融機関は既に大半がビジネスで稼ぐスキームを失っている(だからスルガ銀行みたいなことが起こる)。

塩谷町の件は地方活性化における失敗事例であることは間違いないが、これを冷静に分析し、今後のスキームにどう活かせるかを考えることが必用である。

にしても、7万円くらいしか売れなかった豆乳ヨーグルトはどれだけの味だったか、気になるところではある。


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