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五千と六百十の神隠し


私は今、新幹線に乗っている。
12時24分発こだま、博多行き。
約3週間に及ぶ愛知滞在を経て、大阪に帰る。


朝食を食べてゆっくりと準備をする。
3週間泊まっていた祖父母の家も、
別れるとなると少し寂しい。

「11時56分発の新幹線で帰るね。
このお土産を買いたいから、名古屋によるかも。
でも、三河安城駅にあるならそのまま大阪に帰るから、
とりあえず新幹線の出発10分前までに車で送ってね」
と祖父に伝える。
同じく滞在中の従兄弟たちが旅行先に迷っていたので、鈴鹿サーキットの魅力を伝える等していると、出発の時間になった。

出発の前、祖母の参拝に付き合った。
どうやら毎月初めに近くにある神社に参拝しているらしい。

中心ではなく端の砂利道を歩き、
小さな神社の小さな賽銭箱に小銭をじゃらっと入れ、二礼二拍手一礼を慣れた様子で行う祖母。
脇道を行き交う中学生たちに超見られている。
今日から学校が始まり、もう帰ってきているんだろうなぁ。

少し恥ずかしい気持ちもあったのだろう。
神や仏は都合のいい時にだけいてほしい私は、
選手入場のように真ん中を闊歩し、
まさに国歌斉唱時のメジャーリーガーの佇まいの如く堂々と、
祖母の二礼二拍手一礼を見守っていた。

おれは一生 神には祈らねェ!!!


祖母と従兄弟たちに別れを告げ出発。
またすぐ来ようと思いながら、最寄駅に向かう。

新幹線出発8分前。
少し急ぐ。

祖父に別れを告げ、切符を買う。
基本的に荷物を嫌う私は、
できるだけキャッシュレスやペーパーレスに努めている。
しかし、昔から新幹線の切符は好きで、
”スマートEX”なるサービスは使わず、自分で発券している。
いつも通り切符を買い、いつも通り土産屋に向かう。

新幹線出発6分前。
少し急ぐ。

好きなミュージシャンが絶賛していたお土産と同じものを買う小ボケを思いついた私は、嘲笑する友人の顔を思い浮かべ、ニマニマしながら商品を手に取る。

新幹線出発4分前。
たった今、新幹線が着いたようだ。

紙袋を受け取り、財布をしまうと同時に、
改札へ歩きながらポケットにしまっていた切符を取り出す。
ポケットから出てきたのは、切符と同じ柄で少し長い「クレジットカードご利用票」。
「ああ、これじゃなかった笑」と独りごち、
ポケットに手を入れる。


……………………?

新幹線出発2分前。
滴る汗。

反対側のポケット、後ろのポケット。
リュックの横のポケット。


……………………………………??


新幹線出発1分前。
足は自然と私を運ぶ。

サービスカウンター。
汗の滲む手で「クレジットカードご利用票」を握りしめながら、
私の口が「すみません…。これ(クレジットカードご利用票)って切符じゃないですよね……?」
という意味のわからない音を発した。

「ちがいます」
「切符をなくしちゃったんですけど…」
「もう一度買っていただくことになります」
「払い戻しとかもできないですよね…」
「できないですね。切符がないので」


切符がない


キップガナイ———?

またまたぁ笑
切符を買ってから土産屋まで4分間、
20メートルもない直線で切符を失くしたぁ?笑
そんなわけあるか!どうせポケットでしょっ笑
ちゃんと探しなよっ、このおっちょこちょいめ!

切符がない。
ないないないないないないないな。

11時56分。
新幹線、出発進行!!

ガタガタと駅の揺れを感じながら、
私は1人、土産屋の前で祈っていた。
神様…ッ!どうかご慈悲を…!
さっきは申し訳ありませんでした…!
次からは横の道を歩いてお賽銭も多く入れて、
しっかり二礼ニ拍手一礼もするので…ッ!

ドクドクと血の流れを感じる。
同時に、異常に汗をかいていることに気づく。

さて、どうしようか。
汗も滴るいい男になった私は、
もう一度サービスカウンターへ向かう。

「すみません…さっきの話なんですけど…。
さっき切符買ったのにこれ(クレジットカードご利用票)しか手になくて…。
取り忘れとか落とし物とかってないですよね…?」
「切符の取り忘れなどはブザーがなるので。
念のため確認しますね。
…………。
ご自身でお取りになられてるようなので、
通ったところなどをよく確認して、無ければ
再度切符を購入してください」

通った道。通っていない道。
行った土産屋。行っていない土産屋。
駅員。店員。

なんで!?


さっき切符買ったのにまた買うの!?
盗られたの!?
いまこの瞬間にも、拾った切符でのうのうと博多行き新幹線に乗っている奴がいるの!?!?
届けてくれないの!?
届けたの!?
じゃあなんでどこにもないの!?

兎にも角にも、どうやら私は4分間の間に切符を失くしたらしい。
残された選択肢は、
もう一度切符を買うか、
もう二度と帰らないか。

「お土産とか全部返品したらまだマシか」という醜い気持ちを抑えながら、券売機の前に立つ。(10分ぶり2回目)

少し前にも同じ動作をした気がする…。
ハッ…これがデジャブ!?
などと考えていないと立っていられない。

こんな時、都合よく目の前が真っ白になったりはしない。
現実を曇りなき眼ではっきりと凝視し、向き合わなければならない。

戦わなければ、勝てない。


日付や到着駅を選ぶと、券売機は容赦なくクレジットカードを吸い込む。
もう既に1枚持っている「クレジットカードご利用票」と共に、私は青い切符を手に入れた。
券売機の横には”スマートEX”の文字。
切符を失くすか失くさないかの戦いをしなくても
新幹線に乗ることができる。

戦わなければ、負けない。

私は”スマートEX”の案内を手に取り、
改札へ向かった。


私は今、新幹線に乗っている。
12時24分発こだま、博多行き。

轟く雷 窓に打ち付ける雨 
それはまるで 自分の心を表すようで——

おわり

資料1 再収受証明付き切符
(訳
:私は切符を失くしました)
資料2 「どうして」
資料3 因縁の神の社

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