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BOBCUT〈9〉

〈illustrated by おばあちゃん5歳〉

承前

地下クラブC/D 〈Chaos and Disorder〉は、がらんと静まりかえっていた。
客が出ていった店内の中に、郊外とチエ、烏羽が残っていた。
「エット、つまり郊外さんの弟子が幻蔵と権蔵なんです?」
チエが絆創膏だらけの目を丸くする。
C/D名物の腕試しの後である。
烏羽とチエのふたりがかりですら、ものともしない郊外のシッペは、これまで戦ったK区の人間とは段違いだった。
烏羽は格闘術、秘修羅の技の限りを尽くした。一度、たった一度だけ烏羽の裏拳が郊外を撃った。だが、腕をなくしたことによる重心のブレが、ダメージを逃してしまった。
「弟子ならとっちめましょうよ」
烏羽が口を挟む。負けたのが悔しいからか、そっぽを向いたままだった。
「出来るもんならやってるさ。だけどね、あたしゃ師匠の座はとっくに降りてるんだよ。今はこの場所と、あの子達を守らなくちゃならない……」
そう言って郊外はクラブを見渡した。
「このクラブは、償いでもあるんだよ。幻蔵たちをのさばらせちまったのはあたしの未熟さと甘さだった。道場を出る奴らに手加減したばっかりに、今じゃこの通りさ」
郊外の義手が悲しげに軋む。
「K区の支配は強い。戦えば必ず、誰かが傷つく……。戻れないなら、せめて居場所だけでも残してやりたいのさ」
「郊外さんは、すごいと思う」
チエは、郊外を見る。
「でも、私はやっぱり太陽の当たる中で髪を伸ばして散歩したい」
郊外は寂しく笑う。チエの願いは、空に浮かぶ星をとってくれと言うようなものだった。
「K区の恐ろしさはあんたたちも知ってるだろう」
「めちゃくちゃ怖かった。でも、髪文字さんの腕をとったあいつらを私は許せない」
烏羽も頷いた時だった。
「わっ!わあああ!」
クラブの扉が勢いよく開いた。
雪崩れ込んできたのは、クラブのギャル、ギャル男……先ほどまでクラブにいた連中だった。
「あんた達……!」
「郊外さん、すんません。立ち聞きしてまし、いっ!?」
郊外は、クラブの男の額をぴしゃりと叩いた。
「さっさと帰れって言ったろ!」
郊外がまた額を叩く。
「でも、俺たち……烏羽ちゃん?の闘うとこ見てすげえと思ったから……。郊外さん、言うて一回もこれまで殴られたことなんてなかったじゃないすか!」
「だからね、あたしら郊外さんとこの子たちが何話すか気になっちゃって」
「全く困った子たちだねぇ」
「でね。郊外さん!俺たちもK区と戦いてぇんだよ!」
クラブの連中が頷く。
「郊外さんが俺たちを鍛えてくれたら、あいつらなんてやれるよ!」
郊外がため息を洩らす。
「あたしが何のためにあんた達を守ってきたと思ってんだ」
そこにまた、クラブの連中が押し寄せてきた。
「郊外さん!!大変だ!!」
「今度はなんだい」
「仲間が大勢、矯正所に連れていかれちまった!」
「!?」
「あなたが守るにも限界があります」
烏羽が言った。
郊外はしばらく俯いていると、顔を上げた。
「仕方ない。腹括るしかないみたいだねぇ。烏羽、チエ、あんた達ついて来れるかい」
烏羽とチエが頷く。
「俺たちもやります!」
クラブ連中もまた声を合わせた。
烏羽が立ち上がる。目には闘志が宿っていた。
「郊外さん、あなたのシッペを……全部教えて……!」
(続く)

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