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1e+200物語

  部屋には、白い血管のようなものが形作った椅子とテーブルが生えている。その日、素体回収科の涪h4は同僚の麽c6の部屋にお邪魔していた。
  素体回収科とは、不慮の事故やトラブルで稼働不可になった天者の体を、再利用のため回収する仕事だ。そして彼らの話題といえば、決まって稼働停止理由の推理だった。涪h4は今日起こった出来事で普段より熱が入っていた。

「それで部屋に入ると、素体は胡座を組んでたんだ。多分これは仮想瞑想中に、仮想台風に巻き込まれて意識が流されたんだ。どう思う?」

  麽c6は何も言わず、ただ曖昧に笑いながら相槌を打つ。互いの推理をぶつけ合うのが常なのに、様子がおかしい。

「おい何かあったのか?悩みごとなんてらしくないぜ。」

  涪h4の問いに、彼は思いつめた表情を現した。

「ああ。少し変なことがあってな。驚かないで聞いてくれるか。」

「ぜひ聞きたいものだね。その変な……ブフッ、ハハハハ!なんか肉機械みてえ!」

「うるせえよ!お前だってこれ聞いたら笑ってなんかいられないぞ……。」

  そう言うと、麽c6は1束の数据を送りつけてきた。涪h4の拡張視覚には、現場の天者の素体とタグ付けされた個別ログが映し出される。

#陣n4 〔発見場所:共家B-32-み 損壊レベル:B 備考:視覚数据全損、音声数据一部破損〕

  素体の顔面はまるごと欠損していた。かなり稀なケースだが、事故によっては有り得なくない。しかし、異常な欠損痕に涪h4は興味を引かれた。それはまるでパンをむしったように剥がされている。彼が出会ってきた現場で一度も見たことがない状態だった。
  再び麽c6を見やると、冗談で言っているようではない。むしろ彼の目は自分の不可解な状況を理解してもらいたいようだった。そのためには、この数据を開かなければならず、涪h4は軽い認証を済ませると個別ログに接続した。

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◇ログを開始します

陣n4:あーあー、聞こえますか
匙p2:少し小さいかな。
菜q1:うん
戊m8もう少しだけ。
陣n4:あー、どうです?
匙p2:聞きやすくなりました。こっちも大丈夫です?
陣n4:大丈夫です。ありがとうございます。
戊m8:これで全員ですか?
陣n4:予定だと、あと暮j2さんが来ます。
戊m8:了解です。
匙p2:ギリギリまで集めてるんじゃない。
菜q1:量が量ですからねー。結構かかりましたよ。
匙p2:僕、被らないように地遺図まで行ってきました。
菜q1:え!あそこ結構遠くないですか?
匙p2:みなさんと被らないようにって思ったらそこしかないなと思って。たしか非公開の地者のアーカイブもあったりして……。
菜q1:へぇ。
戊m8:あれだいぶ前に一般公開されましたよ。
匙p2:そうなんですか!?じゃあ無駄足だったかなぁ。
陣n4:今回のためにすいません。
匙p2:いやいや、陣n4さんが謝らないでくださいよ。
///:すいませーん。おくれました。
匙p2:部屋間違えてません?
///:いえ、あってますー。
菜q1:もしかして暮j2さんですか?
///:はいそうですー。
戊m8:名前見|えてないですね。
///:あ、すいません。
菜q1:オプションで変えれるよ。
///:変えてみたんですけど、うまく反映されないです。
陣n4:なら大丈夫です。取り敢えず始めましょうか。もう一回説明だけしますね。
戊m8:了解です。
陣n4:改めて本日は1e+200物語にお集まりいただきありがとうございます。今から皆さんには事前に集めてもらった怖い数据を箪笥に入れてもらいます。数据1つにつき、仮想アンドンが1つ灯るので100の100乗個灯ったら終了です。
菜q1:はーい
匙p2:時間制限はあります?
陣n4:仮想新月の設定を永続にしたので、制限はとくに設けておりません。
戊m8:じゃあもう始めていいですかね?
陣n4:はい。よろしくお願いします。
///:おねがいしまーすススす

(2分間のホワイトノイズ)

菜q1:すごい、どんどん点いていきますね。
匙p2:ちょうど半分超えたくらいかな。
戊m8:肉機械たちはこの作業のどこが*怖かったんですか。
陣n4:まだ計りかねますね。
戊m8:はぁ。
陣n4:ただ100話話した時に_恐ろしイことが起こるとアーカイブにはありました。
///:実際に起こった例は?
陣n4:残念ながら、今閲覧できる範囲では。
戊m8:そうですか……。でも100話?陣n4さん、これでは計算が。
陣n4:いえ、数は正シい。ここにある数据は全部で1e+200、つまり100の100乗あります。
///:つまり?
匙p2:待ってください。陣n4さんの意図が読めましたよ。つまり肉機械の遺したフォーマットを模倣しつつ、我々の技術で超えていくということですね?
戊m8:なんたる背徳行為。
菜q1:破廉恥!
匙p2:スケィフェ!
陣n4:違います。落ち着いて。
匙p2:ではなんです?
陣n4:匙p2さん、この世界に足りないものはなんですか?
匙p2:エッ何を出し抜けに
陣n4:謎です。私は未知の居場所を作りたいのです。
戊m8:居場所ですか。
陣n4:地者が滅んで500年と少し、我々天者はこの短期間で、謎と呼ばれてきたものをほぼ解明し尽くしました。我々の発展を言祝ぐ反面、喜べない面もある。
菜q1:話が見えないよ。
陣n4:いえ見えてるはずです。そもそも怖い話はなぜ語り継がれてきたのでしょうか。
戊m8:はぁ。
陣n4:それは我々の中に「謎をそのままにしておきたい」という欲があるからです。透明人間も幽霊の作り方も研究され尽くしてしまった時代に、未知由来の恐怖を味わうことは非常に困難です。これは喜べません、一大コンテンツの喪失と考えられます。
///:……。
菜q1:コンテンツねえ。
陣n4:だから、私は百物語で未知を生み出したい。それも、100乗のとてつもない未知をね。
匙p2:イカレテるな。
菜q1:でも一理あるね。
戊m8:正直知りたくはありますね。天者の発展のためにも。
陣n4:理解いただけて何よりです。
///:ところでア、ンドンが、さっきから動いてないです。
菜q1:あっ、本当だ
戊m8:あと5つのところで2分は動いてないですよ。
陣n4:アンドン自体は問題なさそうです。
匙p2:じゃあ箪笥の不備かな。
戊m8:すみません、私が送った数据が1つ壊れてました。
///:あっ私もです。
陣n4:暮j2さんもですか。私も1つ。
匙p2:私も。
菜q1:私も……、偶然1つずつ壊れてたのかな。
///:そういうこともあるでしょう。
戊m8:数据が復元できそうにないので、お開きにしませんかくおるねひょほれ

(                 )

陣n4:大丈夫ですか?
戊m8:すいません。少し咳がひどくて。
匙p2:明日にでも複製しといたほうが良いですよ。
菜q1:どうします?1話だけならパッと探せますし、早めに切り上げましょうか。
///:そうしましょう僕も怖いです。
陣n4:じゃあ、まず私から。
戊m8:ゲッホゴホ!私さきにやってお暇しても良いですか。
///:そのほうが良さそうですね。
陣n4:お願いします。
戊m8:はい、じゃあ……ゴホッ……ゲェーヘッ!ガハッ!グォロェッ!

(13分間の声紋不明の笑い声)

匙p2:アンドンつきました。
陣n4:じゃあ私で最後ですね。
菜q1:すいません私一旦、戊m8さんの様子見てきますね。分かり次第戻りまーす。
///:はーい
陣n4:じゃあよろしくお願いします。これは、私の知り合いから聞いた話なんですけど、タクシーってあるじゃないですか。
匙p2:観光の?
陣n4:そうです。地者がこぞって使っていたそうで、観光地ではタクシーから景色を見るってのが流行りみたいですよ。
///:へぇー。
陣n4:知り合いはその運転手をやっていまして、その日も仕事が終わり帰ろうとしていたんだそうです。
夜道をずーっと走っていると、1天の天者が止まってくれーって合図出してるんですって。こんな時間に観光客なんて変だなーってよーく暗視たらお腹の大きい天者もいたんです。これは一刻を争うぞと。
それで彼は正義感のある奴だったので急いで乗せて、病院まで走ったそうです。でも、何かおかしいんです。走っても走っても同じ道に出てしまう。しかも決まって、廃棄された素体培養場の前に出るんです。しかもそこで彼は気づいてしまうんです。「天者に胎児を宿す機能なんてない」って。一気にゾワーッと来て、反射的に後ろを見ると誰もいないんですって。でも、タクシーの感圧センサーには明らかに3天の反応があったみたいで、そのタクシー、後々に廃棄されることになったんですって。そういう話です。

匙p2:おお〜。アンドンもつきましたね。
陣n4:あれ……。
匙p2:どうしたんですか?
陣n4:変なんですよ。
匙p2:何がですか。
陣n4:私、最後のアンドンの色を青にした覚えないんですよね……。
匙p2:え……。
///:こわーい
///:こわーい
///:こわーい
///:こわーい
///:こわーい
///:こわーい
///:こわーい
///:こわーい
///:こわーい
///:こわーい
///:こわーい
///:こわーい
///:こわーい
///:こわーい
///:こわーい
///:こわーい
///:こわーい
///:こわーい
///:こわーい
///:こわーい
///:こわーい
///:こわーい
///:こわーい
///:こわーい
///:こわーい
///:こわーい
///:こわーい
///:こわーい
///:こわーい
///:こわーい
///:こわーい
///:こわーい
///:こわーい




///:つくりばなしなんかするからだよ。

◇ログを終了しますか?

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「とりあえず……消しといたほうがいいんじゃねぇの。」

  涪h4は辛うじて絞り出した声で麽c6を見た。彼は床を見つめたまま動かない。諦めたような目の今の彼に推理を言ったところで、元気になるわけがないことは明白だった。

「ちょっと外の空気吸わないか。」

  少しでも彼を元気付けたいというのもあったが、涪h4自身があの部屋から出たかった。麽c6の腕を掴むと、強引に引っ張り部屋を出る。
誰もいない麽c6の部屋。白い壁と対をなすように、残されたテーブルと椅子は暗く濁った赤に色を変えていた。
(おわり)

ここに送られたお金は全て電楽のビスコ代として利用させていただきます。