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ル!ビ!イ!

 恋に落ちると人はどうなるでしょうか?
 小学生のツトムくんの場合を見てみましょう。
「は〜イイ天気だなぁ。こんな日は歌を歌いたくなっちゃうフンフン〜♪」
 ご機嫌なツトムくん。今日はだいすきなサキコちゃんに会いにいきます。好きな女の子のお家に行くのです。テンションがあがるのも無理はないですね。
「ロンサムジョージ……シンクロニシティNo.1〜♪オヤ!」
 嬉しそうなツトムくんの雰囲気に釣られ、てんとう虫が飛んできました。てんとう虫は彼を一回り。頭に止まりました。まるで小さなパトランプです。
 ツトムくんが、虫も気持ちを量る器官があるのかなぁと暢気に構えていると、角から白衣の老人が走ってきました。
「きっキミィ!てんとう虫を見なかったか!」
「ええっ?それなら……アレッ?さっきまでいたのに」
 ツトムくんが空を見上げていると、老人はヘナヘナと座りこみます。
「遅かったか……。坊や、君が見たてんとう虫。アレはわしが発明した兵器なんじゃ」
「エェッ!」
「わしはシノノメ教授。残念だが、あのてんとう虫……ルビィは君の脳に寄生しておる」
「エエエェッ!」
 ツトムくんはあまりの事実に腰を抜かしました。あっ!後ろに転んで頭を打ってしまう!
 頭が地面に近づいた時。ツトムくんの体は勝手にバク転しました。体育2の彼には何が起こったのか分かりません。
「なんだぁ!?」
「今のはルビィの自己防衛機能。これでわかったろう?君はルビィに選ばれたのじゃ」
「選ばれると何が起こるのさ」
「戦う。わしと人類絶滅教団を倒してくれ。」
「い、いやだい。ぼくはこれからサキコちゃんのうちに」
 その時です!激しい地鳴りとともに太陽を覆う何か。街の真ん中に巨大な人影が現れました!
 目の前には雲に届かんばかりのハンマーを持った宇宙飛行士。
「ワハハ!このビクトルθで、地球の自転を止めてやる!!!」
「一足先に現れおったかドクターゼラキ……!」
 大メガホンからの声に、シノノメ教授が歯噛みします。
「地球が止まれば街のみんなが吹っ飛んでしまう!」
「でも、サキコちゃん家に」
「そのサキコちゃんもじゃ!」
「そりゃ一大事!」
 ツトムくんは、グッと巨影を見上げます。
 脳内で声がしました。
「ツトム……唱えて」
 凛とした声は語りかけます。ツトムくんには何をすればいいかもうわかっていました。
「オッケー!」
「まって」
「?」
「できれば……かっこよく……みんなが貴方を羨むポーズで」
「やってみる!」

ル!

 ビ!

  イ!

 最後にツトムくんが腕を交差させると、霧が彼を包みました。
 内側から手刀が裂くと、現れたのは深紅の軀。西洋甲冑を絞って、有機的な翅を生やした戦士が現れました。
 ドクターゼラキの方では……おっと大変。もう地球の自転を止められるようです!
「ワッハ!これで地球は終わりッ......ヌゥッ!」
 ビクトルθからビープ音!巨体が揺れます。
「寄々鎧々R.U.V.Y!推参!」
 名乗りとともに、深紅の戦士はビクトルθの腹部めがけ、ソニック蹴りで登場です。
「カッコイィー!ルビィ、どうかな?」
「そうね……点数をつけるなら」
 次の瞬間。ツトムくんを横から一撃が襲います。
「零点ね」
 ルビィの言葉とともに、ツトムくんの軀が地上に叩きつけられます!すぐさま触手が、ツトムくんを捕縛。なんと、ハンマーから大量の触手が伸びていました。
「ガハハハ!油断したな!本体はこっちだ!」
 ぎりぎりと触手が締め上げます。このままでは圧死してしまう!
「坊やー!ルビィを変化させるんじゃー!」
 地上から超聴力が聞きとったのは、シノノメ教授の声。
「キミが纏ってるのは、キミ自身の血じゃ!意のままに動かしてみるのじゃー!」
「無茶言うよー!」
「無駄口叩かないで」
「なんでルビィが教授側なのさー!」
 やんやと会話をしている間にも、触手が締める力は強くなる一方。鎧が軋み、ツトムくんの体は悲鳴をあげそうです。
「ぐぇええ……苦しいなっこのぉ!」
 突然、触手の中に真っ赤な栗の毬が現れました。ツトムくんが全身に力を込めると、赤い針が全身を覆ったのです。これにはビクトルθもたまりません!
「ゴギャギャーッ!イッテェ!」
 格闘ゲームで自キャラがやられると痛いと言いますね。あの様子でドクターゼラキも声をあげます。
「寄鎧兵装【血球】……やるじゃないツトム」
「知ってるなら教えてよ!」
「それじゃ貴方の為にならないわ……第一めんどくさい……」
「もう!」
 触手から、触手、そして触手へ。ツトムくんは、怒り狂った触手の刺突を飛び移ります。
「ここまで来たよ!どうしよう!」
「ツトムは馬鹿ね。触手を見なさいな……」
「触手は……えぇーっと」
 指で出所をなぞると、根元の方にチカチカとオレンジの点滅。ツトムくんは閃きました。
「内部の……エネルギー核だ!!!」
 ツトムくんの翅は一気に加速します。彼の姿は深紅の風となり、常人の目では追えないスピードとなっていました。
 ドクターゼラキを除いては。
 ドクターゼラキの眼は、既に光学デバイスと直結され4K、スロー再生に対応していたのです!
「小癪なガキィーーッ!!!」
 ハンマーの柄から、多連装ロケット砲が稼働。およそ300門が一斉に射出!ミサイルの雨が降り注ぎます。
 いくら鎧に包まれてるとはいえ、一つがビルを吹き飛ばす火薬量。当たればルビィですらツトムくんを守ることはできません。ミサイルたちは糸の隙間ほどの間隔でツトムくんに迫ります。
「うわわわわ」
「ツトム!あれを」
 視線の先。ミサイルの弾頭へ触手の一本がかすれます。わずかな火花を見た時には熱と光が押し寄せていました。
 連鎖してミサイルは一斉に誘爆します。
 巨大な黒い花畑が、シノノメ教授の目に映りました。
「そんな……」
 誰しもツトムくんの死を思ったときです。
 ハンマーの頭が盛り上がり始めます。膨張は限界を超え、ついに中から爆ぜました。黒煙をたなびかせ、現れたのは赤い影!
「やりおった!」
「わしが死んでも第二第三のゼラキが現れる!覚えておれェェ!ガッハ!」
 ビクトルθは、白熱光をあげ蒸発してしまいました。
 こうして地球の平和は守られたのです……。

 カラスがカアと鳴きだすころ。
「はっしれぇ~~!」
 坂を越えてやってきたツトム君。声には焦りが混じります。きっと見る人によっては、ツトムくんのママが銀行印を忘れてしまった時の慌てぶりを思い出すでしょう。
 見えてきたのは赤い屋根のお家。
「ゴメン!遅くなっちゃった!!」
 ピンポンを鳴らすと、扉から出たのはサキコちゃんでした。
「ううん。気にしてないよ」
 ドアを開ける指にはラメが光ります。学校ではネイルは禁止されていました。
「じゃあ、またあした。学校でね。」
「まって、これ。」
 ドアを閉めかけるサキコちゃんの手を、ツトムくんは握りました。
 サキコちゃんの手のひらには、腕飾りがのっていました。少しがたついた紐に連なり、夕日を閉じ込めた石が輝きます。
「きれい……。でも、どうして?」
「日頃のありがとうと、今日のお詫びに」
「気にしてないのに。」
「ゴメン。じゃあまた明日ね。」
「ねぇ」
「夕ご飯できてるけど、うちでたべてかない?」
「……うん!」
 どうやら落着したみたいですね。ですが、いつの間にツトムくんは腕飾りを用意したのでしょうか?
「こうしてこうで……よし、出来たぁ!」
「ツトム……アンタ不器用すぎ」
「厳しいなぁ。結構うまく出来たけど。」
「あえて点数をつけるなら……1点ね。」
「1点?」
「敵のエネルギー核で腕飾りをつくるアイデア点よ。」
「やったね。おっと、もうこんな時間。」
「鎧をつければ一瞬よ」
「ダメだよ!こういうのは自分の足で行かなくっちゃ!」
 長くのびた影は走りはじめます。タッタッタッタ、赤い屋根を目指して。
(おわり)

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