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ゴールデンマン事件

 さて、皆さん。なぜ今日お集まり頂いたかという前に、私は今から向かう団地について話さねばならない。
 南耳団地をご存知かな。南に耳で「なみ」と読む。舎野町と言えば知っているかもしれない。そう、水田と精密機械の町だ。そこに南耳団地は1970年代に竣工し、巣等々山を背にして建てられた。4階建てで、全部で2800戸、テラスは巣等々山を一望できる。当時のパンフレットでは巣等々山の自然が独り占めできることが話題を呼んでな。それなりに人は住んでおり、活気にあふれていた。
 だが、それをよく思わない者たちもいた。地元住民だ。中でも年嵩のある舎野の長老は団地建設の当初から猛反対していた。
 長老はしきりに周りに話していた。
「巣等々山のあっちからはおとろしものがやってくるからならん」
 おとろしいとは、方言で恐ろしいの意味だ。つまりは巣等々山の向こう側から恐ろしいものがやってくる……。長老はこう言って頑として首を縦に振らなかった。
 しかし、いつの世も変わらない。若い者は総じて長老の言葉など信じなかった。御伽話程度にしか聞こえないのだ。そんな毒にも薬にもならぬ言葉よりも、団地建設による資金援助や、だだっ広い空き地を金に変えるほうがよっぽど魅力的だった。
 だから、舎野の青年部は長老の了解を得ずに団地建設の話を進めてしまった。昔であれば、そんな狼藉も叶わなかったはずだ。だが、時代とともに町の賢者への敬虔さは風化してしまったのだな。鉄骨が組み立てられ、立派に出来上がった南耳団地を目にした長老はその日に亡くなってしまった。
 親族が言うに亡くなる直前まで「ならぬ」「やってくるぞ」「祟りが待っておる」と呻いていたそうだ。皆さんを呼んだ今の時点でそれは本当になっているわけだが……、話を戻そう。
 団地には人が集い、全くと言っていいほど長老の心配は当たっていなかった。秋には皆で餅つき大会をした。春になれば巣等々山一面に桜の花が咲いた。団地の人々の生活に巣等々山は寄り添い、人もまた山とともに生きる。南耳団地はそんな場所だった。
 証拠と言ってはなんだが、当時8ミリカメラを持っていた家族が撮った映像をお見せしよう。
カタカタカタ……
〈ブランコに乗って遊ぶ少女の映像〉
 団地のそばには公園が出来ていた。
〈だるまさんが転んだをする子供たちの映像〉
 南耳の子供はみんなここで遊んだものだ。
〈臼を用意する老人、杵を持つ父親らしき男性が手を振る映像〉
 ホラ、南耳の男や舎野の男は集まって餅つきの用意をした。女は皆、ついた餅であんころ餅や豚汁を振る舞った。
〈お椀を持つ子供たちの列〉
 子供たちは皆、この日を楽しみにしていた。
〈見上げるように南耳団地を写し、山々を映す映像〉
 分かったろう。長閑で平和な日々が続いていた。だからこそ、この後に起こったことが憎い。憎悪と倦厭、暗澹たる海に沈ませる出来事は突如として団地を襲う。
 次にもう一つの映像を見てほしい。今から皆さんが見る映像は、先ほどの家族が20年後に奇跡的に撮ったものに他ならない。彼らが定期的に記録を録っていなければ、私の言葉に信頼を付与することは叶わなかったろう。
〈テラスで洗濯物を干す女性の映像。およそ10秒。女性はレンズに笑いかける〉
 一度止めさせてもらう。画面奥、女性と洗濯物の後ろにあるのが巣等々山だ。この後、画面左端に注目いただきたい。再生する。
〈笑いかける女性。左端の禿山部分に影。ズームアップすると、影は人であると分かる〉
 これこそ初めて観測されたゴールデンマンだ。なぜゴールデンマンか、と問われればそれ以外に形容出来ないからと答えるしかない。山を駆け下りるこの男が全身を金色に輝かせているからだ。映像では色こそ不明瞭だが、今も舎野町を脅えさせる元凶に変わりはない。
〈人影は山を急速に駆け下りる。突然引きの絵になり、人影は黒い雲から逃げている映像〉
 ゴールデンマンの速さは、今の人類では到底理解できない。その無尽蔵のスタミナも未だ解明されてはいない。
〈薪の弾けるような音がする〉
 このあたりから、一家もただならぬ様子を感じ始めた。が、すでに遅かった。
〈薪の音は大きくなる。女性の顔には焦りが見え、時折「わからない」「虫」などの単語が混じり映像が乱れる〉
 ここで映像は途切れた。ゴールデンマンはこの後1分とかからずに南耳団地を一周した。坪数40万を超える敷地をだ。
 それが世に言う死の40秒だ。この間に団地にいた住民およそ7000人は全滅した。事件が朝に起きたのも悪かった。公園で遊ぶ子供たちは白骨死体で発見。折しも悪く郵便を届けに来た配達員はヘルメットの中身のみ残して白骨化していた。黒い雲は人の肉のみを食い荒らしていった。
 被害は後に舎野町で起こるゴールデンマン事件の中でも最大となった。
 公園で遊んでいた少年は、私の親友だった。団地で何度も遊んだ。彼の母親がいつも出してくた茶菓子は今皆さんが耳を傾けながら、口に運んでいるそれだ。私はゴールデンマンを許さない。南耳団地に荒廃と殺戮をもたらした悪魔を許しておくほど寛大ではないのだ。私が皆さんを集めた理由はこれに尽きる。
 当時の逃げることしか出来なかった私にこうして語る機会を与えてしまった奴に一泡吹かそうではないか。
(おわり)

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