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所有刀とそれに対する周りの意見

刀を色々見にいったり探していたりするとふと気に入った刀なり刀装具が急にフッと出てくる事があるはず。

「これほど気に入ったものは初めてだ。」
「冷静になって日を空けて見たけどやっぱり素晴らしい。」
「今買わないと後悔する…!」

そんな感じで買うわけですが、ふとした時に誰か刀歴の長い詳しい人などにその刀なりを見てもらう機会があるかもしれない。
そこで「これは良いね!間違いない」と褒めてくれるなら特に問題ないものの、「これはあんまりだね…」みたいな事を暗に言われると気にしないつもりでいても気が付けばその刀の見方が変わっている事もあるかもしれない。

自分自身で気に入っていればそれで良いのは間違いないが、どこかでその言葉が脳裏をよぎる。
言葉はなかなかに強力な魔力を持っている。
どうせなら褒めてもらえるものを持っていた方が気持ちは良い。
でもこれが行き過ぎると自分の価値観に沿った物選びが難しくなる気もしている。
だからといって知識が無い状態で感性だけで選び続けても失敗する事は多い。(知らぬが仏という言葉もあり、知らない方が幸せな時もあるが)

なので正しい知識を上手く身に付けていく事が一番なのは間違いなく、それには「良い物」とされている物を沢山見るのが一番良いのだろうが、さて、
では「良い物」とは何なのか?

詳しい人が良い物と言った物が良い物なのか?
じゃあ詳しい人とは?
と考えていくと良い物の基準を自分の中で作り、それを選別して自分の中で落とし込むのは中々に難しい。
刀の場合で言えば、まだ日刀保の指定書である特別重要刀剣や重要刀剣といった刀が「良い物」という大まかな基準があり、それに即しやすいというのはあるかもしれない。
では鑑定書が無いその他の骨董品だったとしたら?
鑑定書マニアになってしまうと鑑定書重視の物選びとなり、これはこれで自分の価値観に沿った物選びがまたまた難しくなる気もする。
まさにジレンマ。
何事もほどほどに信じるのが良いのかもしれない。
例えば詳しい人の意見を参考にするとして、

居合の先生がこれは良い刀だと勧めてくれた。→本当?
刀剣店の人がこれは良い刀だと勧めてくれた。→本当?
鑑定会の先生がこれは良い刀だと勧めてくれた。→本当?
研師なり刀職の方がこれは良い刀だと勧めてくれた。→本当?

売る事で利があるから都合の良い事ばかり言う人がいる。
一方で純粋に心からその刀を良いと思って勧めてくれる人がいる。
しかしその人が20万円の刀ばかりを集めている人だとしたら、100万円の刀を買いたいと思っている自分にとって、勧めてくれた刀は本当に良い刀なのか?という疑問も出てくる。
そもそも良い刀とは美術的に見て良い刀なのか、扱いやすさという点で良い刀なのかという基準も人それぞれなので事前にその人の基準を明確にしておかないといけない。
3000万円の刀が良いのは間違いないだろうが、その完璧な良さを100万円の刀に求めても無理がある。
そういう意味では100万円には100万円の良さが、3000万円には3000万円の良さがあるという事になる。

仮に「(美術的に)良い物」は、「値段相応の良さがある物」とも言い換えられる気がする。
しかし値段相応という感覚を身に付けるのは非常に難しく、これを一番把握しているのは恐らく刀剣店の方だろうが、自分の店の売り物を悪く言う人はそもそもいない。
悪く言ったとしても別の何かを提案しそれを褒める。
一度自分の店の物を悪く言っているから後者の提案は信用されがち。
でもそれ自体が営業スキルだったりもする。
なのでお店の人の意見というのはそれこそ慎重に聞かないといけないと思っている。

その為には出来れば損得なしに公平に見てくれる人を見つけるのが良いが、それはまたどこかでその人の目を信じなければならず、お店の人を信じるのとでは人を信じるという点で大して変わらない。
結局は自分の目を高める事が一番だが、高めるにはまた指導者を信じる必要がある。
そういう意味でどこでどういう人を信頼するかという事が一番大切であり、実に難しい問題に感じる。
自分の目を信じきれるようになれば段々と他者の意見は気にならなくなるのだろう。
刀が最初から視えれば苦労しないんですが、色々な失敗やそれに近しい事を経験するからこそそこがまた楽しいのかもしれないですね。

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↓この記事を書いてる人(刀箱師 中村圭佑)

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「刀とくらす。」をコンセプトに刀を飾る展示ケースを製作販売してます。

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