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自分の眼を信じるか、人の眼を信じるか【日本刀の話】

鑑賞会や鑑定会でたまたま見ていた刀の銘が当たったりすると嬉しくなる。
それがたまたま2回続くと更に嬉しく、3回目4回目と続くと少し刀が視えるようになってきたのでは?!と更に更に嬉しくなる。

が、実際はそんな事は全くない。
大抵その後に5回位連続で外したりする。
そこでやはり全然視えていなかった…となるわけですが。

良いんだ。時代だけ合っていれば…。
目標は低く、だ。
特徴のよく出た比較的当てやすい刀が並ぶ鑑定会においてたまたま2,3回当てられたからと言って刀が視えるなんてことは断じてないわけであるが、きっと中には一時的に気分が良くなる人も居る事だろう、そしてそこから錯覚する人も居る事だろう。

私の場合は正解がそもそも何度も続かないので自分自身の眼に自信があるわけでは全くないのであるが、もっと刀歴が長くなりコンスタントに8割位当てられるようになった時、その人はどの位自分自身の眼に自信を持つようになるのだろうか。

そういえばある時、無鑑定品の長光を見せて頂く機会があった。(実際は長光ではないが取りあえず長光とする)
無鑑定品なのでいわゆる日刀保の鑑定書(保存刀剣、特別保存刀剣etc)は付いていない。
刀身は長光っぽい乱れ映りや落ちついた匂い口、三作帽子と言われるような特徴が出ている気がする。しかし銘を見ても全く分からない。
そこで長光だよと言われて手渡される。

ここではてこれは本当に長光なのか?という疑問が恐らく多くの人の頭に浮かぶのではないだろうか。
鑑定書は普段そこまで気にしないつもりでいるが、心の底で拠り所になっているのは間違いない。
その場はその見せて下さった方が相当な目利きであったため、長光か、と疑問に思うことなく舐めるように拝見させて頂いたわけであるが。
これがもしそうでもない人から手渡せれた場合はどうだろうか?

きっと私の場合はどんなに自分自身で長光に見えても自信がない。
そう考えると私が刀を視る上で重要視している事は「人の眼」という事になる。
なので今思えば最初の一振りを買う際に刀ではなくまずはよく店主やお店を見て周ったのも間違いが無かったのかもしれない。
これからも私は刀を買う時は人の眼を頼る。
無鑑定品(まだ手を出した事は無いが)であれば尚更だし、無鑑定品でなくても例えば鑑定書に無銘極めがあった場合は、日刀保の鑑定も勿論重要視するが、同じ位に店主の方の意見も大事にする。

恐らく将来的に自分に自信が出てきたからと言ってこの基準をずらすと間違いなく変な刀を掴むことになる気がしている。
そういう予感に限って何となく当たるのである。
そんなことを無鑑定品を拝見して思ったのでした。

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↓この記事を書いてる人(刀箱師 中村圭佑)

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