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耳の不自由だった唯一の刀工、聾長綱

昨日久しぶりに帝国ホテルにある霜剣堂さんへお伺いさせて頂いた時の事。
古宇多や延寿といった作の他に、ある刀工の作を見せて頂いた。

それは歴史上刀工の中で唯一耳が聞こえない刀工の作であった。(実際にはもっといたかもしれないが記録として残っているのは彼1人)

皆さんは聾長綱(つんぼながつな)という刀工をご存じだろうか。
本名は北村市左衛門といい、近江守忠綱(初代忠綱)の門人。
二代忠綱は一竿子忠綱で知っている人も多いかもしれない。この一門は皆「綱」の字を継承している。新刀期(江戸時代)の刀工です。

この刀の銘には「藤原聾者長綱」と、「聾者」という文字を銘に刻んでいることから耳が聞こえなかった事が伺えます。


螺鈿に貝が埋められたような綺麗な拵の中には、小沸の良く付いて冴えた丁子の刃文の刀身が納まっている。

耳が聞こえないという事はトンテンカンと鉄を叩く音が聞こえなかったはずであるし、作刀技術を師から学ぶにしても他の刀工以上に苦労があったはずである。
これは私の想像でしかないが、人一倍に師の動きを見て見て見てとにかく見て、師の技を自分のものにしようと努力していたのかもしれない。

この刃文を見ていると自信に満ち溢れているような印象を受ける。
「俺は耳が聞こえない。それがどうした。」
そんな声が刀から聞こえてくるよう。

そして銘に「聾者」と自身で刻んでいる事からも、耳が聞こえない事に対して誇りをもって仕事に臨んでいた事が伺える。
一見自分のマイナス面に思える部分をプラスに転化する姿勢は学ばされる事も多くある。
この刀の茎を隠してこの刀を見た時、まさかこの刀を打った人が耳が不自由だったとは想像も出来ないだろう。その位に他の刀工と遜色なく良い出来をしている。
刀はこのように鑑賞する中で製作者を少し身近に感じる事が出来るものがある。
そういった事も刀の魅力なのかもしれない。
古刀にいけばいくほどそれが難しくなるのではあるが。

※2022/6/24追記
フォロワーさんより、幕末にもう1人、高橋長信という耳の不自由な刀工がいると情報を頂きました!
この刀にも聾の文字が刻まれています。この刀は現在警視庁博物館に展示されているとの事で、あの鳥羽伏見の戦いでも実際に使用されたようです!
教えてくださりありがとうございます!

https://twitter.com/balanceofpower8/status/1540100162139238401?s=21&t=5bJTDvx5Ta40FjPv55eSuw


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それでは皆様良き御刀ライフを~!

同日に古宇多や延寿も見せて頂けました。よろしければ以下もご覧下さい。

↓この記事を書いてる人(刀箱師 中村圭佑)

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