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出羽大掾国路という奇才

出羽大掾国路という刀工をご存じでしょうか?
天正5年(1577年)頃に生まれたと考えられている刀工で新古境の刀工。
個人的に奇才だと思っている刀工の1人なので紹介します。

・二大勢力を渡り歩いた稀有な刀工?

当時の京には堀川派三品派という二大刀工派がありました。
国路は堀川国広門下の高弟である一方、三品帽子と言われるのたれて先が尖ったような帽子が多い事や、銘で一時期「国路」ではなく「国道」と切った事(伊賀守金道や丹波守吉道、近江守久道などに「道」が共通)、晩年には三品系以外では使用しない「来」の字を冠して「出羽大掾藤原来国路」などと切ったりしている物があることから三品門とも関係があったのではないかと推測されている刀工です。

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(画像出典:「堀川國廣とその一門」より)

詳細は不明らしいですが、通説では初めは伊賀守金道門に属し、中年頃に堀川門、国広没後に伊賀守金道家と親交を保ちながら京都で活躍、という流れと考えられているようです。
つまり当時の二大勢力を渡り歩いた稀有な刀工でもあると言えます。
作域も広く、※備前伝以外は全て製作したという程に何でも器用にこなす技量の持ち主。(反対に言えば備前伝はそれだけ他の4ヶ伝と製法が異なり再現が難しかったという事か?)

※2022/3/24追記
フォロワーさんから備前伝の国路情報を教えて頂きました。
全然こなしていました!申し訳ありません笑


特に相州伝が得意だったようで貞宗や志津、左文字等を範にした作が多い。
尖り刃なども見られたり、あと堀川物にはあまり見られない区あたりから直ぐ刃調で始まる京焼き出しもあるとのこと。

今まで私が見てきた作だといわゆるザングリとしたような肌立っているものが多い気がするがこれはどうかわかない。過去に結構詰んでいる作も見た事があるので必ず肌立っているわけではないと思う。

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金筋や砂流しといった働きが豊富で、荒い沸が付いている所もある。
上写真だと分からないですが、刀の場合は鎬地が柾目になるという特徴もあるらしい。


・出羽大掾の受領タイミング

国路の一番古い作は慶長13年のもので、この時の銘は「国道」。
その翌年の慶長14年には国道と国路の両銘を使用している事からこの辺りで国路へ改銘したと考えられる。
因みに出羽大掾の受領タイミングは、銘に初めて刻まれた年期から慶長20年頃と考えられている様子。
平安城銘の最後は慶長18年ですが、慶長18年といえば国広が亡くなる年。つまり国広が亡くなってから出羽大掾を受領した事になります。


・作は多く値段がお手頃?

77歳や82歳での作が残っている事から長寿だったことが伺える。
長寿だったからか、作が多い一方で刀剣本などにはムラも多い刀工と書いてあることが多い。
脇差などだと特保で100万前後で買えるが、刀になるとやはり結構してしまう。新刀は基本在銘なのでその辺りもあり古刀の無銘品と比較すると値段が高くなる傾向があるのかもしれない。

因みにネットで探してみても非常に見つかりやすい刀工ですが、作域も広く、大切先の物を作ったりと形も多種多様で個人的にはなかなか面白い刀工に感じています。
刀剣乱舞などには実装されてないですが、色々な人と関りを持っている面白い刀工なので興味ある方は是非調べてみて下さい^^


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それでは皆様良き御刀ライフを~!

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↓この記事を書いてる人(刀箱師 中村圭佑)

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