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父が老人ホームへ入所したはなし 。

20201110

自身の記録として、参考として残そうと思います。ちょっと長いです。

●無事に入所

76歳の父が軽費老人ホームへ入所しました。老人ホームの種類ってたくさんあるんですね。最初よくわかりませんでした。

この表を見る限り軽費老人ホームって待ち時間が長いみたいですが、すんなり入れてよかったです。

介護はついていません。A型で食事は用意してもらえますが、ほとんどのことを自分でやる必要があるのですが、やりたがりの父には良かったかもしれません。

・独居
病院(認知症)
ショートステイ
老人ホーム

な感じで移動をしてきました。この施設の理事長さんがヘルパーサービスも近くに運営しているのですごく助かりました。
介護はそことの契約です。系列施設なので契約処理はやっておいてくれるとのこと。すごい助かります。

そこの理事長さん、見た目 60歳くらいでここまで連携できてるサービスを提供できてるのすごいな〜って思ってたら、「もう80なんだから」と言ってたもんでビックリですね。どう見てもそうは見えないくらい軽やかでした。父より年上w

軽費老人ホームに入れて良かったとは思いますが、ほぼ全て全部やらないといけないワンルームみたいなものなので、モノもなにもありません。

この日は必要最低限、衣服とケータイ、愛用していたラジオなどを持っていきましたが足りないものはたくさんあるのでまだまだ落ち着けそうにはありません……💦

認知症なもので、ケータイ使えるかは期待できませんが…。

●ことの発端

徐々に弱ってきてるのは見てわかってたのであとは時間の問題でした。
独居なもので、全部ひとりでやらないといけないのですから。
結構、心にグッとくるものですね。会うたびに歩き方がぎこちなくなっていく姿。

たぶんほっとくと何かが起こる状態。

2019年頭はわりと軽やかに歩いていて、その時、遊月さんはうつ病でどうにもならなかったため電車で来てくれたりしました。
それがだんだんと待ち合わせの駅が遠のいて行き、とうとう無理と言われる始末。その時の歩き方はすでに足を擦るように、、半歩、、半歩、、とすり足でしか歩けない状態。家の段差も危険な感じでした。

悲しいです。

ちょうどその頃、民生員の方が独居老人のところへ定期的に行ってくれてたみたいでした。

・・・

そんな時、一本の電話が。伊奈病院からでした。先生が直接話したいことがあるから来てほしいと。父はその時は内科にかかってました。内科。

遊月さんは会社を休職しててへばってた時だったんですよね。こっちが助けてほしいくらいです(本音)。

だいたい想像はついていたので車で行くことになりました(電車に乗ることができない状態だったので)。遊月さんもひとりでは行くことはできないので妻に寄り添ってもらいながら(笑)。ダメな親子ですね。

病院では先生が心配するほど認知症の気があるのではないかと強ストレートなお話でした。
内科の先生から見てもそうなのでそうなのでしょう。ふと先生が「今日は何年の何月何日ですか?」と質問をしました。父は…「2200年の…」

...はい、入ってる数字は合ってますが、もうおかしいですね。

まあ、検査しなくても確定だろうと妻ともはなし、次回、民生員の方も交え話すことになりました。

こう言うこと言ってはいけないけど、自分のことでいっぱいいっぱいのタイミングでこれはキツい…。

●困った時は話し合い

父、自分、妻、民生員。このメンバーで話し合いです。父も自分の体力が落ちていることは自覚しているので補助器具などを設置しようと話したり、無理をしないでデイサービスを利用していこうと言うことで、この日は終わりました。
そして、この日の遊月さんも終わりました。キツいよ…。

・・・

さて、話を進めて行きましょう。あらかじめ、父には民生員の方と施設見学ということで行ってきてもらいました。
どこも気に入らないようで...。やっぱり自分の家がいい、一人でできると言うのです。この時はまだ軽めですが物忘れ入ってます。
心配だから、物忘れがひどいから、と説得して認知症専門病院へ行こうとなだめ、終わりました。当然、遊月さんも終わりです。

うつ病の最悪の状態を脱したとはいえ気分は常に沈み込んでいて活動力なんてありません。もう嫌でたまりませんでした。ほんと。

●戦略会議・展開

最終目標は病院に連れて行き即入院。

この時点では地域包括センターの管轄です。これを実行に移すまでに何度も何度も話をして、入院した時の費用はどうするか、認知症と診断がされたときはどうするか。

そうしている間にも変わっていく父。話を聞いてるのか聞いていないのかわからない表情…。

うちには入院費を賄えるだけのお金はありません。そのため、診断が下されてないうちに父に自分で預金を引き出してもらうところから決行です。

銀行は厳しいです。たとえ親子だろうと引き出せません。委任状があっても本人との確認が直接できないと無理と言われます。銀行によるのかもしれませんが支店レベルでの対応も全く違います。

ひとまず納得してもらった上でおろしてもらい、介護用の口座を開設。これなら父がいなくても病院の領収書があればおろすことができます。手続きは面倒な上、入金されるまで時間はかかりますが仕方ないです。

第一段階はクリア。

そこからは早かったです。遊月さんが力を使ったり走ったりするほどの体力がないため、入院先の職員さんの協力のもと車に乗せて病院まで連れていきました。
このことについては本人曰く「拉致された」と言っています。拉致ではないですが、認知症特有の言動ですね。老人とはいえ暴れるとそれなりに力は出ますのでそのような形になったようです。

病院では、認知症のテストを行ったそうです。30点満点中 2点。アルツハイマー型認知症と診断されました。

アルツハイマー型認知症とは、アルツハイマー病により、不可逆的な進行性の脳疾患で、記憶や思考能力がゆっくりと障害され、最終的には日常生活の最も単純な作業を行う能力さえも失われる病気です。
それが原因で認知症を発症します。認知症は二次障害です。

即入院をさせて貰いました。そういう手筈で進めていたので。ほんとうにごめんなさい。

第二段階もクリア。

それらのことを電話にて聴き、のちに入院の手続きを行いました。老人を扱うところは契約などの融通が利いて助かります。

契約を終え、達成。

ちょうどコロナ騒ぎになる前だったのでできたことでした。

その後はすぐに面会や話すらできない状態に病院が規制をしました。感染者が出たらアウトですからね。

病院では入院費のほかに着替えなどの費用がかかります。ちょっとお高い…。

そして、これからはケアマネージャーさんの管轄になり、次に移る施設や時期などを話したりする日々が続きました。

●遊月さん復職

5月になり、遊月さんの休職の期限になったので会社への復職をします。まだ、容体は安定していませんし、歩き切る体力もありません。抗うつ剤は効いてますが、作用による躁状態をなんとかしないと寝れなくて、眠剤をひたすら試しましたが合うものがなかなか見つかりません。

復職後、次の日そっこーで休みましたw
ダメだー。

●父の入院中

いっさい顔を見ることはありません。面会できないのですから。

入院費は先に作っておいた口座から捻出。ここで問題が発生。着替えなどを提供してくれる業者は介護などには当たらないため引き出しの対象にはならなかったのです。

なので立て替えるしかありません。がんばれがんばれ。

考えた末、年金が入金される父の口座から引き出すことにしました。

ですが、

前でも書かれているように、本人以外は引き出すことができません。

それまでは立て替えてましたが厳しい><

そこでまず行ったこと。

父の口座の支店でかけ合う。
やはり委任状があっても本人がいないと無理。直接来ないとダメ。

撃沈です。
次は、

別の支店で同じように対応を求めるもの回答は同じ。
しかし、本人が来ていなくても、遊月さんが来行している時に直接本人と行員の会話でYESが確認できた場合のみ可能とのところまで便宜をはかってくれました。

て、結構難しいぞ…

直接会うことができないので、看護師さんを挟んで父と話しました。…失敗。
やっぱりお金のことになると人間不安が生じるようです。とゆーか、認知症の症状ですよね。

じゃあせめてキャッシュカードの暗証番号を教えてくれと頼むと「覚えていない」と。

ん〜。どうするか。

次はしょうがないのでキャッシュカードの再発行をし、新しく暗証番号を設定する手段にでることにしました。

銀行側の見解は前回と同じ。本人の確認は絶対とのこと。説得するしかありませんね。とにかく嘘はつかずにお願いしました。

・・・

時間はかかりましたがわかってくれました(たぶん)。あとは段取りです。この辺はうまく時間を合わせてもらえるよう病院側に協力して貰いました。

もうへろへろですよ~。うつ病は一定のところからなかなか良くなりません。特に、不眠症、中途覚醒、健忘、手の震えがひどく、その頃はまだ薬も決まっておらず試していた時だったのでとにかく大変でした。

●決行

父にもちゃんと理解してもらい(電話で)、ついにその日が来ました。

心配でした。物忘れがあるのでしっかり覚えていてくれてるか。

約束の時間になり、銀行へ。

あちらも準備はしててくれました。
そして電話です。

んー。結構、行員さんが行ったり来たりしてるけど…💦
大丈夫なのか!?

あー、なんかいろいろ聞かれたり、どうして?って言ったりしてるようで困りました。言い方を変えてもらって了承を得ることができました。

ほんとうに行員の方、お疲れさまです。

カードを再発行することができました。
安堵。

雑費などはこちらから払えるようになったので随分と金銭面では楽になりました。

●退院

退院する日が来ました。それまでの間、行ったり来たりで大変でした。特に体力もなく、会社も休みがちになってきて、気持ちが沈むことも多々ありました。

さすがに行けるような状態ではなかったので、病院の方に頼みまして、一度、ショートステイに移ることになります。
期限は 3週間ほど、1割負担で居られる日数が決まっていてそれを超えると10割負担になってしまいます。

もう行くしかない、行くしか。体調悪いしなんとかってところでしょうか。
その日にやることは

自宅に行って衣服など必要なものを用意する
認知症病院で精算と挨拶
銀行で書類を書く
伊奈町役場で住民票の転出届を出す
白岡市役所で転入届を出す
父を施設まで連れて行く
新しい施設の契約をする
父を部屋まで連れて行っていろいろ確認をする

ああ、たくさんある。

結果、時間も足りず全部できませんでした…
まぁ、久しぶりに父に会えたからよかったかな。なんか元気になってたし。やっぱ独居は衰退が早いと思いました。

役所まで入ったのですが、あらかじめ用意していた委任状では受け付けてくれず、各自治体のフォーマットがあるようで。めんどくさいな。

どうにもならないので父を施設に送り、契約の手続きに関して現状でできること「仮契約」という形で落ち着きました。

とりあえず入所までできて良かったです。

●これから

保証金は支払い済みなので問題はないとのことですが、まだ多方面の契約が済んでいません。

お金はかかりますがケアマネージャーさんに代理でやってもらうことにしました。契約は自分でしないとですけど...。

数日後に父から電話があって同じ年ごとの方と話などをしているようで安心しました。特に問題は起こしていないみたいです。
ただ、「飯がまずい、足りない」と毎回いうのでパンでも買っていこうかと思います。

元気でいてくれ。

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わりと広い部屋でした。


ここまで来るのに半年かかってしまいました。

この日を境にうつ病の状態が以前の時まで戻ってしまいました。わかってても無理はしちゃダメですね。


悉く書を信ずれば則ち書無きに如かず