「愛と性と幻」をカタカムナと日常から ディープキスが解放への道へ
私がずっと閉ざしていた異性との関わり。
突如「アマウツシ」と言って、すんなり私の中に入ってきた男性。
その男性とふたりきりで会うことは、一度だけのはずが、また同じオフィスの一室で会うことになった。
消えない欲望
私にとって、誰にも伝えることもなければ、誰かにわかってもらいたいとすら思ってもいなかった、奥底に秘めた宝をその男性は見つけてくれた。
それは、会うことの喜びを倍増させた。
同時に、淡々と行われる「エネルギー交流」に恐れも膨らんだ。
先日は意識が飛んだから。というそれだけの理由だけではない。
ハグであり手足だけの交流が、だんだんと頬へとうつりだした。
とっても怖かった。それはこの続きを想像できたから。
恐れはまたして現実となった。
男性は唇を合わせてきた。
そして舌を絡めることになった。
舌の絡まりと同時に、人生一度は、今密かに思いを寄せる男性と結ばれたい欲望が絡まった。
私の壊れた「好き」と思う感情を呼び覚ましてくれた片思い。
結婚という人生も歩んだけれど、別れ際「好きだったのか」の質問には答えなかった。
ずっとこのキスを、思いを寄せる男性に夢みていた。
ディープキス
いや、これも妄想でしかない。
セックスする相手が現れたとしても、ディープなキスだけは、もうナイな。。と何処かで思っていた。
10年近くセックスレスとなった元夫とも、キスはもっと早くに終わってしまっていた。まるで交尾のようなセックスでしかなかった。結婚当初は愛してもらった胸も見せることすらなくなった。おっぱいは、子供たちへの栄養を送る機能と変化したまま。
下着も完璧なまでにオシャレからは遠ざけ、2人きりの夜は逃げるように布団に潜った。
2人の距離が取れるよう、広い家に移り住んだ。でも、心のどこかで子供も巣立ち、大きな家には2人でのセックスが蘇る思いもあったのかもしれない。
一度だけ広くなった家に移ったのち、数ヶ月かけて復活のため努力もした。誰のためでもなく自分のために。でも頑張ったところで交尾でしかなかった。
下半身は受け入れられてもキスは無理という、心と体の分離なのかな。
ココロのスキマ
にもかかわらず、
出会って数日の目の前の男性。
私が欲しいと感じる何かをすべて与えてくれる。
モノでもなくココロのスキマをどんどん埋めてくれる。
そしてすんなり舌を絡めてくる。
しかも私の体は男性の舌を受け入れ味わっている。
婚姻時代とは真逆だ。
にも関わらず、密かに思う「好きな人と結ばれたい」という欲望を叶えたかった。
目の前の男性にその思いを伝えれば、片思いの彼の胸に飛び込むことへ背中を押してくれた。
片思いに想いを秘め、これまで頑張ってきた自分を信じて、彼に勇気を持って告白した。さすがに躊躇したけれど真面目に正直に伝えれば、真面目に答えは返ってきた。
結果、あっさりフラれた。
スナホにイマをみる
実際をスナホに見つめれば、数年の片思いの中、この方に近づくことができなかった。空一面にダブルレインボーが現れた中、写真も一緒に写したけれど、まるで磁石のSとSのように抵抗が起きた。私が「好き過ぎる」という言葉を当てはめてはみたけれど、潜象界アマを受け取っていたのかなと思う。
「イマ」を見つめれば、目の前の男性との舌と舌の触れ合いで、片思いは、とっくに終わってもいたことを教えてくれていた。
目を逸らさずに振り返れば、よく馬鹿みたいに片思いとずっと思い込んでいたなと思う。答えはメッセージのやり取りのぎこちなさにも証明されていたのに。
「好きな人」との「妄想だけの幸せ」にしがみついていた。
とはいえ「好きな人」がこんなにも力となることも知った。
この好きな人との間にできた、私の満たされずいつの間にか溜まった痛みは、目の前の男性にすべて癒されていっている。
にも関わらず、男性との出逢いは最も大きな恐怖だった。
全てがハッピーなのに。
それは私が私であったことが全て崩れていくからなんだろうな。
頬を寄せ合ったとき、既に私の何かは溶けていた。
小さい頃、気に入らない時は泣いて暴れた。両親は目の前を変えてくれた。でも目の前のちょっと前にあったことにしがみついて意固地になった。可愛い幼き頃からスナホになれなかった癖かもしれない。
・・・・・・・
今朝の肌寒い朝。
どんより厚い雲がかかって小雨もパラつく。
でも少しずつ雲はハレ、青空が顔を出し、清々しい朝に変わった。
厚い雲のような幻。
手放しちゃえば、望む青空なのに。
手放すのに勇気がいるのはおかしな話なのにね。
イマをスナホに見つめたらいいだけなのに。
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