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コムジョの尺八歴史探訪📖

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尺八の歴史をマニアックに探究中✐ 虚無僧の実態を探ります!
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2021年10月の記事一覧

聖徳太子は本当に尺八を吹いたのか?!

一般論では、 聖徳太子は生駒山で尺八を吹き、この楽器は法隆寺の宝物になっている。 というのが広く知れ渡っているのではないでしょうか。(尺八界では…)   私もそのくらいの知識でとどめておりました。 が、 調べて見ると奥が深い! そもそも、聖徳太子が謎!   まずは聖徳太子が登場する「蘇莫者」という曲の説明をします。 蘇莫者(そまくしゃ) こちらの絵が「信西古楽図」に描かれている蘇莫者です↓ 山の神あるいは老猿。 私はこれを見るまで、山の神をずっとゆる

調布の虚無僧寺のこと

かつての虚無僧の墓があるとのことで、調布の大正寺にやってきました。 現在、虚無僧寺である安楽寺は跡形もありませんが、お墓だけこちらのお寺に残っています。 まずは、その大正寺の概要。 新義真言宗寺院の大正寺は、三栄山と号します。大正寺は、廣福山栄法寺と、紫雲山寶性寺、三栄山不動院の3ヶ寺が大正4年に合併、三栄山大正寺として創建しました。栄法寺は、当寺境内にもとよりあり、現在は墓域となっていますが、布多天神社の別当寺を務めていたといいます。現本堂は、栄法寺の本堂を、観音堂は

古代の尺八☆『信西古楽図』の尺八奏者たち。

こちらの絵は『信西古楽図』と言われる今で言う舞踊楽団が描かれた巻物の絵です。 『信西古楽図』とは、平安時代の舞楽、雑楽、散楽などの様子が描かれた巻物で、日本の散楽図と思われていたが、実は唐代宮廷の宴饗楽である楽舞・散楽の演奏を描いたものともいわれる。作者は不明。 舞楽、雑楽、散楽 とは…、 舞楽(ぶがく)とは、雅楽の中の一種で、器楽を演奏し管絃と舞を主とする演奏形式で、楽器の種類は日本古来の神楽笛・和琴などのほかに,外来の笙(しょう)・篳篥(ひちりき)・笛などの管楽器と

遊興系尺八奏者たち☆『四条河原遊楽図屏風』より

賀茂の河原は刑場であった。名のある武将も、名も無き民も、数しれぬ人々がここで首を打たれた。また葬う人のない死体もここに運ばれ捨てられた。 刑場の河原には世間から賤しめられている人々が小屋をかけてすんでいた。すなわち河原者であった。他にすむべきところがないからであった。 こうした河原者のなかに傀儡師や曲芸師や、その他見世物の芸人たちがいた。小屋をかけて興行をいとなむ。娯楽を求めて京の内外の人が見物に集まった。その中心が賀茂の四条河原であった。 上の解説と、画像は『日本美術全集

尺八を考案した人のお話。

それは古代中国、唐代初頭600年代のことらしい。 呂才という人が考案したとの史実が残っている。 『旧唐書』(唐の成立618年から滅亡907年までについて書かれている)や、『新唐書』(中国の唐代の正史1060年)の記述に記載されているとのこと。   【協律郎】諸国で行なわれる釈奠孔子および儒教における先哲を先師・先聖として祀る儀式のこと)で、楽人を率い、奏楽の指揮をとる職掌。 【増損】増減 【中書令】中書所の長官・官職名 【上奏】天皇に意見、事情などを申し上げる