8-4 持たざる者の剣
……おれたちは、夏の海辺で、色々なおしゃべりをした。
イオリさんは風理座高校 (ふうりざこうこう)。
年上の幼馴染であるササオミは風理座大学 (ふうりざだいがく)に、それぞれ通っている。
イオリさんのお兄さんというのは、酷夏流格闘術の師範をしていて、ササオミはその門下生なのだと。
当のイオリさんは、身体が小さく、徒手格闘は向いていなかったため、剣の道を選んだらしい。
「あの…………夜羽の剣というのは……?」
「あ。あはは……あれ、私が考えた必殺剣なんだ。恥ずかしいけど……」
「最高でした。美しく、可憐で、惚れ惚れするような……まさに芸術的剣技」
「そんなおおげさだよう。でも、カタチから入るのって、大事かなって」
毎年夏になると、イオリさん、ササオミ、お兄さんの三人は、夏季合宿として、志賀島の国民宿舎に滞在する。
しかし、今回は島の様子がおかしい。なんか「おかしくなったひとたち」が、暴れまわっている。
そこで、海水浴客の安全と志賀島の平和を守るため、日々戦っているらしいのだ。
自主的に! アリバも持たないのに! なんと気高くお優しい……!
「そいつらは悪意って言うんです」
「あくい?」
「おれも、その悪意と戦っているんです」
イオリさんとのおしゃべりが嬉しくて、おれはベラベラ喋った。
気がついたら、ハヤトさんやナミさん、仲間たち、そしてアリバのこともぜんぶ話していた。
おれが、みんなの足手まといであることも……
せっかくのアリバをまったく活かしきれていないことも……
戦いに自信がもてず、もうメンバーから抜けたいと思っていることも……。
砂浜に座り、パラソルの下で話を聞いてくれていたイオリさんは、しばらく難しい顔で黙り込んでいたが、とつぜんすくっと立ち上がった。
「…………場所を移そう。ついてきて」
真剣な顔でそう言って、さっさと砂浜から出てしまう。
あわててその後姿を追った。なんなの?
海水浴場を出たおれたちは、少し北にある『志賀海神社』の階段を登った。
じ、神社……? こ、こんなひと気のないところに来て……イオリさんどういうつもりなんじゃろ?
ふたりきりでこんな静かな場所に来たことに、トキメキを隠せないおれ。
でも、なんで、イオリさん、竹刀持ってんの?
「……………………………………」
木漏れ日の境内で、くるりと振り返ったイオリさんの顔は、最初に悪意と戦っていたときのように、凛々しい気迫に満ちていた。
神々しくすらあるお姿。
だけど、なんでコワイ顔しているんだろう?
おれはわけがわからない。
……と思ったら、ポケットから白いハチマキを取り出し……
……ギュッとしめて……
「ヤギハラくん」
「ひゃ、ひゃい?」
「風理座高校剣道部夜羽イオリ。あなたに試合を申し込みます!」
「えひょっ!?」
「さあ。構えて! 本気で行きます!」
「に、にぎゃっ! ちょっと待ってー! なんで!?」
「あなたも帯刀する剣士ならば、常在戦場。いつでも覚悟はできているはず。……いざ、尋常に勝負ッ……!」
にぎゃーーーーーどういうことなんじゃーーーーーーーーーー!!!
「来ないなら、こちらから参りますッ……夜羽の剣【壱の太刀】水澄し!」
フッと軽やかな踏み込みでイオリさんが突っ込んでくる。
こ、コワイッ! けど、凛々しく清らかな顔がおれ目がけて近づいてくるのは嬉しいっ。
バッ! バッ! バッ!
「にぎゃああああいいい」
連続で繰り出される竹刀をなんとかかわす。
「…………………………」
イオリさんの戸惑った顔。
「……ならば、夜羽の剣【弐の太刀】……鬼ヤンマ!」
身軽にジャンプすると、まるで空中を蹴ったかのような鋭角な角度で急降下して、鋭い突きを放ってくる。
「ひ、ひいいいいいいいい」
なんとかギリギリで当たらなかった……。
「…………これもかわしたっ!? …………ならばッ」
厳しい顔のイオリさんが、ぐんっと身を沈める。
あ、あれは確か……イオリさんの必殺剣!
「黒アゲ刃ぁッ……!!」
気合とともに、まるで蝶が羽ばたくような華麗さで、両腕を振り回したイオリさんが、縦横無尽の回転斬りを放ってくる。
「おたすけーーーーーーー!!」
大きく動いてそれをやり過ごした。
あ、あんなの食らったら、おれなんかイチコロじゃよ……。なんでか知らないけど、イオリさんから攻撃されて、意味不明だし……。
「……………あ、アッサリ…………かわした!?」
イオリさんが呆然としている。
ふと、その顔がますます厳しくなった。
「さすがです。ヤギハラくん。ならば、私の持てるすべての力を出します! あなたのようなひとにはわからないでしょうね。才能のない私みたいな人間が、血のにじむような努力で身につけた、ささやかな強さと自信のことなんて」
「へ?」
「剣の神に愛され、あふれる才能を持っていながら、簡単にダメだとか、あきらめたとか口にする……私は、何よりそれが許せない……!」
「いや、神とか才能とかちっとも意味がわかりませんけど……」
「…………参りますッ」
イオリさんが叫んだ瞬間、フッとその姿がかき消えた。
「夜羽の剣【奥義】……ス爪バチ!!」
一閃のきらめきと共に、イオリさんは、まさしく蜂のような勢いで、凄まじい片手突きを放ってくる!
にぎゃーーーーー! こんなのよけられるわけない!!
かといって、おれの唯一の技である小手打ちを、イオリさんの可憐な御手々に放つわけにはいかないっ。
しかたなく、おそろしい速さで突っ込んでくるイオリさんの、手に持った竹刀目がけて、小手打ちを放った。
ここなら、イオリさんに怪我は……。
パンッ!
「!!!??」
うまくいって、イオリさんの持つ竹刀だけを跳ね飛ばすことができた。
ホッ……。
「…………そ、そんな…………」
イオリさんは呆然とした声を出す。
「あ、あああ、あの……イオリさん……? おれ、なにか、イオリさんを怒らせるようなこと……しましたか……?」
しどろもどろにたずねる。
おれ、またなんか、やってしまったのだろうか……。
「……………………………………」
イオリさんは、竹刀を失った自分の手を放心状態で見つめている。
そして!
そして……
信じられないことに……
イオリさんの美しい顔に……
ひと筋の涙が伝った…………。
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