5-2 星降るテラスとキミの笑顔
「いーくーぜーオラアアアァァァァ!!!」
「し、シンジロー! INABIKARI! INABIKARI乗るばい!」
火属性コンビはさっそくテンションマックス。犬みたいに走っていく。
シンジローは改造学ラン、シモカワは白いハーフパンツの美少年風。
なんか格闘ゲームキャラで見たことあるカッコウだな……。
「どら。天上で宇宙でも感じますな」
ヨシオは、ブ〇ース・リーみたいな黄色のピッチリ全身ジャージ。
ザッザッと足音を響かせながら、巨大観覧車のほうへ歩き去る。
「ムホホホ。無重力下でシャドーボクシングと洒落こみますかねえ」
袖の破れた道着、赤いハチマキというクリハラが、『無重力体験MOR』へと向かった。
「お、おれは絶対に『絶対恐怖館ホラーハザード』には行かないぞお。言っておくが怖いんじゃない。生理的に気持ち悪いだけだあああっ……」
「じぇ、ジェットコースターなどという、ただ速いだけの危険な乗り物に正義などない! 俺は……俺は、断固として乗らぬうううぅぅぅぅ」
「まあまあ。ふたりともー。せっかく来たんだから、全部まわろうネ」
ヤノは……上半身ハダカ、赤いハチマキに弓? ラ〇ボーか?
コミネはいつもと同じ格好。どうやら普段着が『北〇の拳コスプレ』と思われたようだぜ。
わめく二人の巨体を、海賊の姿で不気味に微笑むカスガが、超強引に引きずっていく。
「うわーーい。なんにも楽しくにゃーい。……ゲーセンでも行くか……」
ヤギハラも剣道着と防具姿のままか。コイツも常時コスプレみたいなもんだしな。
「は、ハヤト! 150メートルの高さから落下の『ファンキースリリング』だって! 360度高速回転の『海賊王』ってのもあるよ!」
子供のようにはしゃぐナミ。
それはそれで珍しいし、青みを帯びた黒髪を後ろでまとめ、緑色のミニスカワンピースを着た『ティンカーベル』姿のナミは、息が止まりそうなほどキュートだった。
……アリバの戦士なんかになって、つい忘れがちになるけど、ナミって並外れて美しい女の子なんだよな……。
それも、俺の理想をそのまま形にしたような。
それでも俺はハシャぐ気になれない。何しろ、たったひとりで囚われの【大切な女性】を助けに行かねばならないのだ。
……ったく。どいつもこいつも他人事だからって、浮かれやがって……。
「……おいおい。ここに何しに来たかわかってんのかよ?」
「ああ。そうでしたね。ハヤトは忙しいんでしたね。ハヤトにとっての大事な女とかを助けにいくんでしたね。それがマユなのか、スエって女なのか、それとも他に知らない女がポロリと出てくるのかはわかりませんが」
ハヤト「……お、俺だって、誰だかぜんぜん思い当たらねーよ……」
実はシンデレラパークに来る前、セーブカンパニーでスエの無事は確認した。
……まさか本当にマユなのか? でも、小学生の女の子を【大切な女性】だなんて言うか?
ナミ「あ。『ミラーハウス』だって。おもしろそう。ボクちょっと行ってこよっと」
短いスカートをヒラヒラさせながら、ナミは駆けていった。
緑の葉っぱで作ったきわどいワンピースからのぞく、健康的な白い太ももがまぶしいぜ。でも、パートナーがそんなのでいいのかよ……。
「っひ、ひでぶううううううううぅぅぅぅぅぅぅ」
遠くのジェットコースターからコミネらしき悲鳴が聞こえてきた。
それにしても暑い。炎天下でウロウロしているからか、クラクラしてきた。
ここは……『氷点下の占い部屋』?
いかにも涼しげなパビリオンがあった。ここで少し休むか……。
室内は薄暗く、冷凍庫のように涼しい。冷気が白煙になって漂う中、ムーディーなランプが、オレンジ色の明かりを灯らせている。
奥に進むと、怪しい装飾の一角に、紫色のフードを被った女性が座っていた。顔は見えない。
??「来なさい」
よく通る声で命令され、俺はフラフラ近づいた。
??「……あなたには探しているものがありますね」
ハヤト「え? ハイ。わかるんですか?」
占い師の前の椅子に座る。
その女性は、水晶玉を撫でるようにして言った。
??「……それは女……あなたは、あなたにとって【大切な女性】を探している……」
ハヤト「そ、そうなんです!」
??「……その女性は……美しく、清潔で、誇り高く、頭の回転も速く、髪は長く、目はタレ目で、意地っ張りだけど、実は素直で心優しい……そんな女性ですね……」
「いえ違います」
ばきぃッ!
突然水晶玉が砕けた。
見ると、占い師のしなやかな手が、水晶玉を粉々に握りつぶしていた。
??「ん……んん! ……では質問を変えましょう」
占い師はわざとらしく咳払いして続けた。
??「ナミ」
ハヤト「え?」
??「ナミという女性を知っていますね?」
ハヤト「あ。ハイ。すごいな。さすが占い師」
??「……大切な女性ですか……?」
力のこもった声で占い師は言った。
フードの奥で、瞳が赤く輝いた気がした。
「はい。大切な……」
……パートナーです。
そう答えようとした瞬間、フッと明かりが消え、部屋が闇に閉ざされた。
そして、冷凍庫のようだった室内の気温がさらに下がり、痛いくらいになった。
「な、なんだ!?」
「ハイ。おっけー。あんたの気持ちはわかったワケ」
闇の中から、聞き覚えのある声。
ハヤト「!?」
??「……やっぱりそうなるサダメのようね」
ハヤト「こ、この声……まさか、おまえ……!」
アイスクィーン「……私はアイスクイーン。シンデレラパレスで待ってるわ。一時間以内に来なさい」
フッとまた明かりがついた。
そして、『氷点下の占い部屋』の中に、俺以外の人影はもうなかった。
◆
初めてケイと出会ったあの日。
……それは、粉雪が舞い散る冬だった。
だからケイという女には、冷たく気高い、清潔な氷のイメージがつきまとう。
「……はあ? いまなんて言ったワケ?」
ライトアップされた夜のシンデレラパレス。
にぎやかな舞踏会が開かれる大広間。
俺達は、星の綺麗なそのテラスでたまたま出くわした。
「……イケてないって言ったんだよ」
空には季節外れの花火が上がり……
遠くには光に彩られた遊具が輝き……
眼下には、様々な仮装のパレードが、川のように流れていた。
「イケてないって、この私のこと?」
「まあね」
華やかなドレスを着たケイは、そのテラスでひとり、気だるげに夜景を眺めていた。
俺は……白いマントに蒼い鎧という恥ずかしい騎士の姿。
入場ゲートで仮装を悩む俺に、女の係員が「これきっと似合うっすよ」と適当に選んでくれた。
何かのアニメのキャラらしいが、俺は知らなかった。
ケイ「……まさかこの私にそんなこと言うやつがこの世に居るとはね」
ドレス姿のケイは、氷のような瞳で俺を見た。
気の弱い男なら逃げだしそうな眼力だった。
ケイ「三秒以内に視界から消えなさい。そしたら許してあげるわ」
その言葉を無視して、俺はケイのすぐ隣に並んだ。
大理石の手すりに体重をもたせかける。
眼下に広がる夜の遊園地。
夢みたいな光をぼんやり眺めた。
ハヤト「おーおー。いい景色だな。これだけでも来たかいあるね」
ケイ「……………………」
ハヤト「まあ、イケてないというか……もったいないかな」
ケイ「なにがもったいないの? 聞いてあげるから、五秒以内に答えなさい」
当たり前のように命令口調で話すエラそうな女。
無理してるのはすぐわかった。だから、つい意地悪してやりたくなった。
それでわざわざ十五秒くらい経ってから答えた。
「キミには、もっと可愛い恰好のほうが似合ってる」
「……あ、あんたバカじゃないの? 私のどこをどうしたら、可愛い系が似合うなんて思えるワケ?」
ハヤト「俺、ひとを見る目はあると思うけどな。キミは、そういう女王様みたいなケバケバしいドレスより、もっと可愛らしい服のほうが好きなんじゃないかと思った」
ケイ「……………………」
ハヤト「間違ってたら悪い」
その場を立ち去ろうとした俺を、ケイは「待ちなさい」と止めた。
「……五分だけ」
「?」
ケイ「五分だけ、おしゃべりしてあげるわ。だからその続きを聞かせなさい」
ハヤト「十分だけなら、付き合ってやるよ」
俺は笑顔で答えた。ケイもまた、つられたように顔を緩めた。
「ところで、あんたのそのコスプレ……悪くないわね」
「これか? これなんの衣装なんだ?」
ケイ「う、うそっ。知らないで着てたの!? あの国民的名作アニメを知らないなんて、ひととしてあり得ないワケ! いい? そもそもまずカツモクすべきは、作画監督の圧倒的こだわりで……」
そのあと俺は、コスプレ男女の舞踏会が開かれるおとぎの城の片隅で、無限の星々と遊園地のイルミネーションを眺めながら、ケイの『オタクトーク』を三時間以上聞かされた。
……それが俺たちの出会いだった。
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