9-3 ヒーロー
……おそれていたことが現実になった。
アリバがなくなってしまった……。
ただの一般人になってしまった……。
もう、福岡ファイターとしてみんなと一緒に戦えない……
その冷酷な事実を突きつけられたおれは、兄貴やナミさんや仲間たちの元から、逃げるように走り去った。
逃げ込むように自宅へ戻り……
驚く母さんのそばを通り抜け……
自分の部屋にこもって、布団に顔をうずめオイオイ泣いた。
もともと、おれのアリバは弱くて不安定だった。
むしろ、おれにアリバなんてものがあったことのほうが不思議だったのだ。
けれど、このチカラのおかげで、おれは福岡ファイターのメンバーになれて、みんなと一緒に戦うことができた。
おれの住むこの福岡市を護るために……。
痛くて怖くてツラかったけど、それはすごい充実した毎日だった。
なのに……。
また、前のように、兄貴たちの帰りを家で待つことしかできない……。
そんなの……耐えられない。
おれは、フラフラと布団から立ち上がった。
そして、気がついたらメモを残して、家を出ていた……。
「兄貴。ナミさん。みんな。おれは福岡ファイターをだったいします」
……そう書き残して。
◆
なにも考えられなかった。
なにもする気にならなかった。
ただ、ジッとしてられないという理由だけで、おれは夢遊病者のように福岡市をさまよい歩いた。
野間四つ角。
おれが通っている学習塾【吉田塾】がある。
吉田先生、飲み込みが悪いおれのために、いつも我慢強く勉強を見てくれている……。
高宮通り。
兄貴行きつけの珈琲豆屋【カラク】があって、おれもよく付いて行く。
でもまだ、アニチみたいにブラックコーヒーは、苦くて飲めない……。
平尾通り。
巨大ハンバーガーを出すアメリカンダイナーがある。
福岡ファイターのみんなと、悪意討伐のあいまに食べに行ったっけ……。
大池通り。
ご近所のスーパー【サニー】がある。
小学生のころ、ひとり三個までのビックリマンチョコを買うため、日曜日の朝からアニチと並んだのが懐かしい……。
気づいたらまたも東和のあたりに来ていた。
無意識に身体が登校ルートをなぞったらしい。でもここへ来たら、アニチたちと鉢合わせてしまいそうでコワイ……。
それともおれは、アニチたちに探してもらいたいって、心の底では思っているのだろうか……。
「なああああああーーーー! だから、なんなんだよコイツらはーーーー」
「エヘエヘエヘ……な、な、なにすんのさーーー」
そのとき、東和の校門のあたりから、聞き覚えのある声がふたつ聞こえてきた。
足が勝手にそっちへと向かってしまった。
もうおれはただの一般人だというのに……!
「あ。シンジロー! 助けてくれーーーー!」
「し、ししシンジローくん! た、たた、助けて……」
それは、おれの友達のコーヅマとハギタだった!
コイツら、また襲われているのかーーー!
ふたりは、悪意に取りつかれ、赤く目の光る妖艶な東和女子高生に襲われていた!
「こ、コーヅマ……ハギタ……でも、おれは……」
もうアリバがない。こんなおれでは、悪意と戦えない。
「……アハハ…………ハハハ……ウフフフ……元気なコたちねえ……美味しそう……」
「ひいいいいいい。やめてくれーーーー。惑わさないでーーーー」
「え、エヘエヘエヘ……おれ、どうなっちゃうのさーーー」
色っぽい上級生の悪意は、コーヅマとハギタに悪意のエナジードレインを仕掛けようとしてる!
「い、いくぞオラアアアアアアアア…………!!」
身体が勝手に動いてしまった!
おれはコーヅマとハギタをかばうように、悪意の前に割って入った!
「……アハハ…………ハハハ……ウフフフ……あらあら。またいちだんと熱い子が来たわねえ……」
「シンジロー! 助けてくれるのかーー!?」
「し、ししシンジローくん……!」
「うおおおおおおお! 食らえ! 熱血パンチっ!」
おれはありったけのチカラを振り絞って悪意に攻撃した!
でも、やっぱり炎はソヨリとも出なかった……。
ポヨンッ。
情けない音を立て、おれの攻撃は、悪意女子高生のおっきな胸にやわらかく弾かれた……。
「いやーん。らんぼうなのはダメ」
悪意女子高生が色っぽい眼差しで言った途端、ピンクの風がおれを包み込み、全身からエネルギーが根こそぎ奪われた。
「ひぎいいいいい」
だ、だめだ……やっぱり……
無理だよ…………。こんなの……ぜったい勝てっこない……。
「シンジローーーー!!」
「し、しし、シンジローくんんん」
おれはそれでも必死に叫んでいた。
「コーヅマ! ハギタッ! おれが時間を稼ぐから、はやく安全な場所へーーーー!!!」
必死のタックルで年上の悪意女性に向かっていく!
「…………アハハ………ハハハ……ウフフフ……熱くていいわあ…………」
思った通り、まったくダメージを与えられない!
……その後、おれはさんざん悪意女子高生にもてあそばれ……
すっかり精力をうばわれ、ヘロヘロのスカスカにされてしまった……。
「う、うううう。やっぱりやめときゃ……よかった…………」
満足したのか、おれを倒した悪意はフラリと気まぐれにどこかへ消えた。
「だ、大丈夫かーーーーシンジロー!!」
物陰に隠れていたらしいコーヅマとハギタがおれを助け起こしてくれた。
「す、すごいよ、シンジロー。やっぱりヒーローだったんだなっ」
「か、かか、カッコよかったよ、シンジローくんっ」
むしょうに腹が立った。
「どこがだよ! ぜんぜんボロ負けじゃないかっ! こんなおれの、どこがヒーローなんだよっ!」
「……だっておまえは、自分の身体を張って、俺とハギちゃんが逃げる時間をかせいでくれたんだぞ? それがヒーローじゃなくて、なんだってんだよ!」
「そ、そうだよ……か、カッコよかったよ。シンジローくんはおれたちのヒーローだよ」
「やめてくれ! ヒーローってのは、兄貴みたいなのを言うんだ! 今だって、兄貴だったらもっと上手くやってた! もっと華麗に敵を倒して、カッコよくお前らを助けてたんだ!」
「兄貴って……ハヤトさんか? ……ハヤトさんがなんだって言うんだ? あのひと、そんなにすごいひとなのか? そうは思えないけど……」
「お前は兄貴のことをロクに知らないからそんなこと言うんだよ! 兄貴は、一緒に居る時間が長いほど、その凄さを思い知らされるんだっ! 兄貴は完璧超人なんだよッ!」
「……た、たしかに、ハヤトさんが普通の男とは違うってのは認めるよ……。けど、シンジロー、お前にだって、特別なものがあると思うぞ」
コーヅマが真剣な顔で言う。ハギタもウンウンうなずいた。
「俺とハギちゃんがどうしてこんなところでウロウロしてたと思う? お前を探していたんだ」
「……おれを……?」
「ああ。三人で、ゲームを作ろうって誘うために。福岡市を護って戦うシンジローを主人公にしたアドベンチャーゲームを作りたい! その企画を話し合おうと思ってさ……」
「そ、そそそ。お、おれはプログラムとか絵はだめだけど、で、デデデバックとか、雑用とかで手伝えたらって、おもうよ」
「お前とだったら、できそうな気がするんだよ」
「し、シンジローくんには、な、なんか、そーいうところ、あるよ」
たしかに、コーヅマとは『いつかゲームを作りたい』って話していた……。
だけど、いまはその誘いすら、おっくうで、ただわずらわしいだけだった……。
「おれが主役ってなんだよ……おれの気持ちも知らないくせに! 主役ってのは、アニチなんだよ! アニチみたいな、なんでもできる選ばれた人間がやるもんなんだよッ! おれをバカにしてんのかっ!」
「あ。シンジロー!?」
「し、しし、シンジローくんっ」
おれはふたりを振り切るように、東和から走り去った……。
◆
悪意に身体もボロボロにされたけど、それ以上にココロがボロボロだった。
コーヅマとハギタにへんなことを言われ、アニチとの格差をまざまざと認識させられた。
それでも……
それでも、おれはアニチが好きだった。アニチに対して、悔しいとか、負けたくないとか、認めたくないなんて気持ちは不思議とない。
ただ、一緒に居られればよかった。
アニチの広い背中を追いかけていられれば、それで満足だった……。
泣き笑いのようなキモチ悪い顔で、ヘラヘラとおれは歩いた。
感情のコントロールができなくなっていた。
気づいたら日が暮れて、まわりが暗くなっていた。
でも、おれは、気の小さい飼い犬みたいに、自分の家のそばから離れられず、そう遠くない場所をウロついていた。
おなじみの多賀緑地。
春は桜がキレイで、福岡ファイターが誕生する前から、アニチの友達やおれの友達とみんなで花見して盛り上がった、アポロ公園……。
アニチが女の子と語り合うとき使うらしい、浄水場の緑の丘。
そして……鴻ノ巣山展望台。
気がつけばおれは、ここに来ていた。
アニチが自分を見つめ直したいとき訪れる場所。
こんなときまでアニチのコピーをしている自分に情けなくなる。
夜の樹々に囲まれた暗い階段を上る。
展望台から福岡市の夜景を眺めた。
おれのアリバ……どうしちゃったんだろう……。
そもそもアリバってなんなんだ……。
『こころのチカラ』って、ナミさんは言ってたけど。
「……いっそ、ここから身投げでもしようかな……」
高い展望台から身を乗り出した。下界には、夜の海のようなマテバシイが広がっていて……
「……それはやめておけ」
落ち着いた男の静かな声が響いた。
あ、アニチっ!?
思わず振り返るおれ! そしてそこには……
そこには……
悪夢のような人影が立っていた。
ほ、ホクト…………敵のボス…………
「うひいいいいいいぃぃぃぃぃぃぃ」
とっさに逃げようと思ったけど、ここは展望台! 六メートル四方の柵に囲まれ、唯一の逃げ場である階段のところにはホクトが立っている!
な、な、なんなんだよ……コレ…………現実なのかよおおおおお。
「…………そう怯えるな。今日は、迷える仔羊を導きに来ただけだ」
不思議なセリフを言うホクト。マトモに会うのは初めてだけど、兄貴が苦々しげに言ってた通り、ものすごいキザな口調だ……。
でも、そんなスカした言動に違和感がないほどの、恐ろしい威圧感……!
「……導く? ……って、どういうことだよお……」
「なあに。自分の可能性を無意識に抑えこみ、才能の発芽を自ら止めてしまっている哀れなお前の、眠っているチカラを目覚めさせてやろうと思ってな」
可能性? 才能? 眠っているチカラ……?
さっきから、なにを言ってるんだろう……。
「……あいにく、それは兄貴である俺の役目だ。お前じゃねえ」
涼やかな声が響き、おれは反射的にウレションしそうになった!
今度こそ、今度こそ……
それはアニチの声だったから!!
「あ、アニチイイイィィィィィ!!」
まさに、ヒーローそのものというタイミングで、暗い階段から現れたのは、アニチそのひとだった!
やっ、やっぱりアニチは、役者が違うぜええええーーーー!
「あにちぃぃぃっ。来てくれたんだねっっ!」
「……ったく。手間かけさせやがって。みんなで手分けして探してたんだぜ? ……どうせお前のことだから、俺のマネして鴻ノ巣山で星でも見てるんじゃねえかと思ったが、アタリだったな」
「うううううう。ごめんよおおおおお。おれ……おれ……」
「……兄であるお前の役目? そうは思えんな」
「なにィ……?」
「お前ではシンジローを萎縮させ、シンジローの個性を阻害するだけだ。お前の存在そのものが、シンジローの成長を不当に抑え込んでいる。……本当はお前にもわかっているんじゃないのか?」
「………………………………」
「まあいい。このままじゃおさまりもつかんだろう。来い。ROUND2の開始といこうか」
ゆらり。ホクトが余裕満々の態度で義手を構える。
「上等だッ! てめぇとは、ケリをつけないとなっ!」
兄貴が行ったあああーーーーー!
素早いフットワークから、稲妻のような必殺パンチッ!!
惚れ惚れするような見事なパンチで、ホクトはぶっ飛んで…………
ぶっとんで…………
いなかった。
ホクトは、アッサリと鋼鉄の義手で、兄貴のパンチを受け止めていた。
「くそっ……!」
「……どうした? 前より動きにキレがないな。身体も硬い。踏み込みも甘いッ」
ドゴンッッ!!
「んぎっ」
鋼鉄の義手の一撃をマトモに食らい、反対に兄貴がぶっ飛んでいった!
展望台の床をゴロゴロ転がる兄貴。
それは、信じられないような光景だった……。
「……身体は正直ということか。怯えが現れているぞ」
「……だまりやがれッ」
それでも兄貴はすぐさま立ち上がりホクトに向かっていく!
左右のワンツーから……必殺の左後ろ回し蹴り……!
出たああああ! 伝家の宝刀・ハヤトスペシャルッッッ!!
ホクトは、頭にマトモに蹴りを食らい、地面に這いつくばって……
這いつくばって……
……………………………………。
「……まるで成長がない。お前は、あのとき、せっかく俺が与えた助言を聞いていなかったのか?」
義手で兄貴のカカトを受け止めたホクトがせせら笑う。
ドガガッ! 悪鬼のように凄まじい左右のワンツー!
兄貴は反応出来ずマトモに食らった。
そのまま下段回し蹴りで脚を払われ地に倒れる。
「グウウッ!」
ピクピクと床で痙攣する兄貴を冷たく見下ろし、ホクトは続ける。
「……恐怖を否定するな。己のものにしろ。お前がもっともチカラを出したのは、アピロスの屋上、あの『最強の悪意の幼生体』と戦ったときと聞いている。あのとき、お前は死の恐怖を覚えたはずだ。……その恐怖への反動が、お前の集中力を限界以上に高め、身の丈以上のチカラを発揮させたのだ。あれを使いこなさねば、今以上強くはなれん」
「……ゴチャゴチャ……うるせえ……んだよ……」
兄貴はそれでも震える腕で身を起こした。
「………………ググ…………よくも……弟の前で…………恥かかせやがったな…………」
「……ほお。頑張るじゃないか。だが、今日は助けてくれるカスガもおらんぞ」
「……うる……せぇっ……俺はな……シンジローの前でだけは……か、カッコ悪いとこ、見せるわけには、いかねーんだよッ」
「知るか」
ホクトのトドメの一撃が、
兄貴と、兄貴に対する絶対のイメージを、
無慈悲に打ち壊した……。
絶 望
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