10-5 逆転
―― サユリの挑戦状【QUEEN OF FIGHTER 9X】――
激闘の末、残る味方は電波のヨシオただひとり……
だが、敵は、まだ四人も残っている!
これはもう、ダメかもしれん……。
弱気にササハラをうかがうと、口元に不敵な笑みを浮かべていた。
「ササハラ、おまえまだあきらめてないのかよお……?」
「諦める? まさか。ようやく盛り上がってきたところだろう」
……まったく。コイツといい、ハヤトといい、こういう局面で絶対に勝負をあきらめない連中のメンタルは、どうなってるんだ……。
「……懐かしいな、ヤノ」
「ああん?」
「ハヤトとお前と私、よくこうやって、格闘ゲームで対戦したものだ」
「そうだったなあ。最近はあまりしてないけど」
「思えば……お前やハヤトと夜通しゲームをして遊んでいるときだけが、私にとって、本気で楽しいと思える時間だった」
こんなときだというのに、ササハラはやけに感傷的になっている。
格ゲーか……。
どんなときでも機械のように冷静で、正確無比に操作するササハラは、格闘ゲームの腕も仲間内でズバ抜けていた。
そして、そんなササハラと唯一タメを張れたのが……ハヤトだった。
「お前とハヤトはいい勝負だったもんなあ」
「アイツとの勝負は本当に楽しかった。……私がハヤトの戦い方に劣等感をもっていたことは話したか?」
「なんだよそれ。初耳だぞお」
「自分の有利など一切頭になく、ただまっすぐ、気持ちよく挑んでくる。それでいて、強い。アイツと戦っていると、姑息な自分がたまらなく嫌になったものだ」
「たしかになあ」
アイツの戦い方は独特で、誰もマネできなかった。まさに、ハヤト流って感じだったっけ……。
「炎のように攻めまくってくるかと思えば、氷のように冷静に反撃してくる。その動きは、風のようにとりとめがない。……はは。思えば不思議なやつだ。どうして、あいつが無属性なのだろうな」
「それは俺も思ったぞお。どうして、ハヤトにだけ属性がないんだろうって。でも、ハヤトって男は、炎のように熱くもあるし、氷のようにドライでもある。そして、風のように天然なところもある……」
「どれでもあるし、どれでもない」
「そうだなあ。属性は性格で決まるらしいけど、ハヤトの属性って、イマイチよくわからないぞお」
「……そのあたりに、すべての答えがあるのかもしれん」
「?」
「いや。こっちの話だ。さあ、ヤノ。正念場だ。ハヤトではないが、集中していこう」
「お、おう!」
レベル1【火炎電波】 ↓→ パンチ
レベル1【突風電波】 ↓→ キック
レベル1【氷雪電波】 ↓← パンチ
レベル2【耐衝撃電波】 ←↓→ パンチ全押し
ヨシオのコマンドは格ゲー伝統のものばかり。これなら使いこなせるぞお!
「出たね、電波使い!」
サユリが口の端をニヤリと持ち上げる。
「大将にそれを出すのは読めてた! 三属性を使いこなすって話だけど、しょせんは器用貧乏! へんな顔してるし、この差をひっくり返せるとは思えないけど!」
『だまれビッチ』
『おまえのチョコザイ悪意ファイターなんて、おれひとりで充分なんだよ。ビッチ』
び、ビッチ……? お、おまえええ、かりにも俺のカノジョだった女だぞおおおお!!
「……ふうん。顔のわりに、なかなか骨がありそうじゃん、坊や」
サユリは凄まじい顔でヨシオをにらんだ。大学のアーチェリー部で、敵対する連中相手に、一歩も引かなかったときと同じ顔……!
「ワタシをビッチ呼ばわりしたこと、死ぬほど後悔せてやる……!」
『カモン、ビッチ』
「ヨシオ。ビッチはやめろ……」
サユリが出してきたのは、風属性の悪意。見た感じ、特別な感じもないし、自爆もしそうにない……。
……さすがに、ネタ切れしてきたのか? いや、サユリのことだ。最後まで油断はできない……。
それはササハラも同感だったらしく、小声でささやいてきた。
「……気を抜くな。三属性のヨシオ相手には、後出しジャイケンの有利さはない。ヨシオの戦力をはかるため、当て馬を出してきたとみるべきだろう」
ヨシオの戦力……そんなの、プレイヤーである俺もイマイチ把握してないぞお……。
そうこうしているうちに、ROUNDが開始された。
もう一戦も落とせない……まさに、背水の陣……!
とりあえず、風属性の相手ということで、効果の高い火炎電波を使ってみる。
ガボオオオオオオオ!!!
コマンドを入力した途端、敵の立っているあたりに、すごい火炎の爆発が起きた!
「……くううっ……なにっ? なにこれ!?」サユリの戸惑う声。
あまりにいきなり過ぎて、反応のいいサユリも、まともに食らっている!
相手の体力ゲージが、ゴッソリ減った!
「畳み込め、ヤノ!」
珍しくササハラが叫ぶ。とっさに俺は、「↓→パンチ」という火炎電波のコマンドを連続入力した!
ガボオオオオオオオ!!!
ガボオオオオオオオ!!!
赤熱の爆発が続けざまに生じた。
コマンド入力しただけで、敵目がけて火炎の嵐が途切れなく発生する!
サユリは必死でガードしたり避けようとしていたが、次から次に襲いかかる火炎の塊に、まったく対処できないようだった。
「な、なにその反則技! チート!!」
サユリが叫ぶのも納得だった。まるでファンタジーRPGの高レベル火炎魔法……。ひとりだけゲームが違うぞお……。
YOSHIO3 Win !
『ありゃ、まるで歯ごたえありませんな? ビッチさん』
「…………とんだバランスブレイカーだな……」
「さいしょから、ヨシオひとりでよかったんじゃないかよお……?」
おそろしいくらい必殺技が使えるうえ、三属性すべてに隙がないわけだろお? これなら、相手にあと何人残っていようが勝てる……!
ふと見ると、サユリは般若のような顔でヨシオをにらんでいた……!
「つぎ、ビッチって言ったら、オマエの耳の穴にアイスピックぶっ刺して、電波をチューニングしてやる……」
そんな怒り心頭のサユリが出してきたのは、マッチョな炎系のライフセーバー。肉体的には頑強そうだが、有名人でもなければ、危険な印象もない。
「先手必勝、一気に畳み込もう」
「けど、あの悪意、打撃が強力そうだぞお。ここは、慎重に行くべきじゃないかあ?」
「サユリのことだ。何か企んでいるはず。それを出させる機会を与えないほうがいい」
作戦がまとまらないまま、ROUNDが開始された。
炎属性の相手だから、迷わず氷雪電波をぶちかますべきだった。
……だが、俺の弱気の虫が、まずは防御を固めようと、レベル2耐衝撃電波を選ばせた。
『そうら、耐衝撃電波ですな! これでキサマの物理攻撃はかなりの部分をシャット・ナウト……』
ヨシオが言い終わらないうちに、それは起こった。
次の瞬間起きたこと……それはまさに悪夢だった。
サユリが操作する悪意のライフセーバーが、鋭くジャンプして、フライングチョップを繰り出す。
とっさにガード。
ライフセーバーは、着地と同時にヨシオを地面に引き倒し、投げ技を仕掛けてきた!
こっちは、チョップをガードした直後で、身体が硬直して動けず、その投げ技を回避することができないっ!
ダメージを食らったヨシオが立ち上がる。そこへまたもフライングチョップ!
ガードするしかないが、その硬直を狙われ、またも投げ技をかけられた!
「…………やってくれる」
こ、こ、こ、これは……投げハメ!!
ゲームのシステム的な不備を利用し、相手が絶対に回避不能の技を仕掛け、身動きできないようにして、一方的に倒す【ハメ技】……
中でも投げハメは、かんたんなわりに効果的で、やられたほうは身動きすらとれず一方的に倒されるという、格ゲー界最悪の禁じ手……。
思わず筐体をドカッと蹴りながら、俺は叫んだ!
「さ、サユリぃぃぃ、そ、そこまで堕ちたのかよおおおお!!」
サユリもまた、台をバンッと叩きながら言い返してくる。
「なにか問題でも? ワタシはアスリート! アスリートは、負けたらオワリ! だから勝つためなら、なんでもする! その必死の執念も覚悟もなかった、ハンパな競技者のヤノくんには、この気持ち、わからない!」
「……くううううう」
サユリはその後も投げハメをやめようとはしなかった……。
ヨシオは、電波を出すこともできず、一方的に倒された……。
俺たち福岡ファイター最後の砦が……。
YOSHIO3 Lose!
『ちくしょうテメエ、ハメてんじゃねえぞコラ』
「…………こんな……こんな卑怯な手で勝って……おまえは、こんなゲームがしたくて、わざわざこんなこと仕組んだのかよおおおお」
「ふんっ! いいこと教えてあげよっか? ズルい卑怯は敗者のタワゴトってね! とにかくこれでワタシの勝ち!」
「待って! ハヤトの解毒剤は!? ハヤトはどうなるの!」
「さあ? もうそろそろ死ぬんじゃない?」
サユリは冷酷につぶやく。
このまま……終わるのかよお……こんな幕切れなのかよお……
…………ハヤト…………すまん…………
「まだだ」
ササハラがクールに言い放った。
「は?」
「勝手にゲームを終わらせるな。……ここからだろう、面白いのは」
「はあ……? だって、アナタたち福岡ファイターは全滅……」
「……していない。まだ最後のひとりが残っている」
ササハラはそう言うや、白衣をマントのようにバサリと脱ぎ捨てた!
「プレイヤーチェンジだ! 操作は私。最後のプレイヤーキャラは……コイツだ!」
YANO
『ど、どういうことだよお。聞いてないぞお……』
残メンバー
敵残存数…… 炎2! 氷1! 合計3!
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