9-4 シンジロー完全燃焼
「……弟、か」
「ひ、ひいいいいいい」
「話の続きだ……。お前はなぜコイツ……ハヤトに依存して生きる? 弟として、兄を越えたいという気概はないのか?」
シンジロ「な、ないよ……だって、アニチには勝てるはずが……」
その無敵の兄貴は、ホクトに叩きのめされ、無言で床に転がっている……。
ホクト「…………まるで洗脳だな。それもまた、ハヤトの狂気のなせる技か」
その口調は穏やかで、たった今、圧倒的な暴力で兄貴を叩き潰した男と同一人物とは思えなかった……。
「だがな、シンジロー。お前がとっくに兄を越えているとしたらどうする?」
「え?」
ホクト「お前に、ふたついいことを教えてやろう。そもそも、そのために俺は今日ここに来たのだからな。予期せぬイレギュラーが起こったが……」
ククク、とホクトは皮肉げに兄貴を見て笑った。
シンジロ「ふ、ふたつも!?」
「まずひとつめ。お前らアリバ ―― 福岡ファイターだったか ―― の中で、教団が危険視した存在が二人居る。ヤギハラとシンジロー、お前だ」
「教団? 危険視?」
なにがなんだかサッパリわからない。でも、あれだけバカ強くなったヤギハラを『危険』というのはなんとなく理解できる気がした。
でも、どうしておれの名が……?
ホクト「特にシンジロー。お前だ。お前には、他の誰よりも大きく強いアリバがある。それも、他にはない特殊なアリバがな」
シンジロ「……そ、そんな……だって、おれのアリバ、なくなっちゃったんだぞ!? なんで、それなのに、他のみんなより強いアリバがあるんだよっ」
「お前はそれを、無意識下で抑え込み、発現しないようフタをしているのだ。……『兄を越えたくない』という、信じがたい理由で」
「………………………………」
ホクト「……さて、ふたつめだ。聞きたいか?」
シンジロ「………………………………」
ホクト「お前の大好きなその兄貴だが……アリバを持ってない」
「……………………え…………」
「ハヤトにはそもそもアリバがないのだ。隕石の直撃を受け、瀕死の重傷を負ったソイツを、ナミが救った。自分のアリバでな。そのヒーリングの過程で、擬似的にアリバが身についただけの、ただの一般人だ」
……星空が落ちてきたような、
……足元の床が崩れ落ちたような、
……世界が暗転したような、ショックだった。
そ、そ、そ、そ、そんな…………。
兄貴にアリバがない?
兄貴がただの一般人?
そんなのウソだ……うそだ……うそだ!!
「テキトーなこと、言ってんじゃねえぞおおおおっっっっ」
「本当だ。あのカスガという守護使いも知っている」
か、カスガくんがっ!?
でも少し思い当たることがあった。
兄貴はいつ頃からか、あまり自分が前に出て戦わなくなった。
そして、カスガくんは、そんな兄貴の身を、やたらと気遣ってたような気がする……。そういえば、シモカワも……。
「そ、それは兄貴自身知ってるのかよっ!?」
「当然だ」
シンジロ「い、いつからだっ!?」
ホクト「シンデレラパークの騒ぎのあとだと聞いている」
シンデレラパークのあと……!?
ピンときた。あのキャンプの夜!
兄貴の態度はどこか変だった。きっとあのとき、兄貴はナミさんにそのことを聞かされたんだ……。
な、な、な、なんてことだ……そうだったのか……。
「………………………………」
「……これでわかっただろう。お前はとっくに兄なんて越えていたのだ。福岡ファイター最弱の男は……ハヤトだ」
シンジロ「………………………………」
ホクト「どうした? ショックのあまり、口もきけんか……?」
「やっぱりアニチは、強ウイィィィィィィィィィィィィーーーーーー!!!!」
おれは、右手の指でロングホーンを作りながら、スタンハンセンのように夜空に叫んでいた……!
「……ム?」
シンジロ「アリバが消えたとき、おれはただ、みんなのところから逃げることしか考えなかった。もう戦えないとすぐにあきらめた!
……けど、兄貴は違った! シンデレラパークのあとだって、兄貴は逃げずに、おれたちのリーダーとして戦い続けた!」
ホクト「…………………」
「自分にアリバがないってわかったのに、兄貴はそんなことオクビにも出さずふるまい続けたんだぞっ!? そんなこと、他の誰にもできるもんか! ホクト! アンタにだって無理だね!」
「…………なかなか失礼なことを言ってくれる」
シンジロ「そして、ホクト! おれには本当にすごいアリバが眠っているんだなっ!? ホントのホントだな!? ウソじゃないなっ?」
ホクト「ホントのホントだ。ウソではない……」
「だあったらっ! やぁって、やるぜええええええええええぇぇぇぇ!!!」
おれの中から、真っ赤な、熱い、無限に湧き出るような、ほとばしりがあふれた!
「バーニング!?」
「兄貴は強い! ぜったいに強い! アンタよりもだ! 弟のおれがそれを証明してやるっ! おれがアンタに勝てば、おれより強いアニチは自動的にアンタより強いってことになる! そうだなっ!」
ホクト「……ムチャクチャな理屈だが、勝てれば、そうなるかもな」
シンジロ「絶対の絶対にだな!」
ホクト「絶対の絶対にだ。勝てれば、だが」
「よっしゃああああーーーー!! やることが決まったぜええええ! おれはもう迷わないっ! ホクト! カタギリブロスを、福岡ファイターを、ナメんじゃねえぞおおおおおっっっ!!」
「…………信じられん。アリバが……膨れ上がって……暴発する……」
シンジロ「おれは今っ! 猛烈にいいぃぃぃっ! 熱血してるううううううううぅぅぅぅぅ!!!!」
ボッカーーーーーーンンン!!
それはまさに大爆発だった! おれの中で! 今! 信じられないくらい強い炎が! 渦を巻いて燃え上がっているぜえええええええ!
「……はは。アシラギの言う通りだな! まったく意味のわからん理由で、おそろしいほどのチカラに目覚める。お前たちは……本当に面白い!」
ホクトは満足げに笑った。
ホクト「目覚めたな、【炎の暴発シンジロー】。その状態を『バーニング』という」
「バーニング!?」
「そうだ。お前たちアリバの切り札。テンションが高まり、自らの殻を破ったとき、自乗作用によってアリバが極限まで高められ、限界いっぱいのチカラを出しきれる。
炎属性はバーニングしやすい特性があるが、シンジロー、お前だけが、そのバーニングを自らの意思で引き起こすことができるのだ」
「おれが……」
ホクト「そして、お前のアリバは特殊だ。不安定だが、上限がない。自分のこころ次第で、どこまでも際限なく高めることができる。
自らバーニング状態を作り出せるお前が、そんな天井知らずのアリバを持つゆえに、教団はもっともお前を恐れ、警戒したのだ」
シンジロ「そ、そんなことを、どうしておれに教えてくれるんだよ! ていうか、ホクト! アンタほんとにおれたちの敵なのかっ!?」
「敵だ……。道化でもあるがな」
自嘲気味に言った最後のことばは、おれには聞こえなかった。
ホクト「さあ、シンジロー。見せてみろ! お前の本当のアリバを!」
「よっしゃああああああ!! どうせおれは弱くて負けて当然なんだっ! 開き直って、全開でいくぞオラァああああああああああ!!!」
ボオオオオオッッッッ!!
おれのテンションが! おれの叫びが! おれの燃える血潮が! そのままエネルギーとなる!
頭なんか使うだけムダだっ。おれはまっすぐ突っ込んでいく!
「食らえええええええ!!! 熱血パアアーーーーーンンンンチッッッ!!」
ホクトが鋼鉄の義手で受け止める! いいもんねっ! アニチの必殺パンチも止めたコイツには止められて当然! だけど、そのまま撃ち抜く!
「ぐううううッッ」
バキンッ! ホクトの義手が後ろに跳ね跳んだ!
ホクト「……【イージスの盾】で防げんとは……ここまでかっ」
そう吐いたホクトの身体が、獲物に襲いかかるケモノのように、グンッと一瞬沈んだ。
アニチを倒したあのコンビネーション!
どうせ見えないし、避けられないから、我慢する!
ドガガッ! おれの顔面にパンチが来るけど、熱く燃えたぎる今のおれは止まらねえええええ!
バシン! ホクトの電光石火の水面蹴り! けど、おれの足はそれに耐えた!
「……ぐ、グランドスラムも効かんのか……」
「へへへ! 母さん、丈夫に生んでくれてありがとう! アニチのお仕置きにも長年耐え続けてきたおれの身体に、そんなのきかないもんねーーー!」
そうやって、おれのテンションが上がれば上がるほど、からだの奥から無尽蔵に湧き出るチカラは、勢いを増していく!
「……なるほど。美化した兄の幻影を自分の前に歩かせ、それを追いかけることで己を高める……それがお前のアリバのカラクリか……」
ホクトが、なんかまたゴチャゴチャ難しいことを言ってる。
ホクト「……ハヤトの狂気がお前のイビツさを作ったと思っていたが……実際は逆かもしれんな……」
聞いてもどうせわからないっ。スルーだっ。
「ねえええええっっっっけえつつつぅぅぅぅぅぅ!」
だからおれは叫ぶ! こころのおもむくままに!
シンジロ「やあってやるぜえええええ! 食らえオラぁ! おれの渾身の超熱血技!」
全身が紅蓮の柱になったようだった。
おれは今ハッキリと、その技の名を叫ぶ! おのれの意思で!
おれのレベル3必殺技【バーニングシンジロー】!
「バぁぁぁぁぁニぃぃぃぃングぅぅぅぅぅシンジロおぉぉぉぉぉぉぉ!!!」
夜空を焦がす特大の炎を噴出させながら、おれはホクトに渾身の頭突きをブチかました!
「………………………………!!」
ホクトはまともにぶっ飛び、展望台の柵に背中を強打して、ヒザをついた。
「どうだ! 見たか、おれたち兄弟の底力を! 負けを認めるか!? まだやるかっ!?」
プスプスと黒焦げになったホクトは、それでもニヒルな態度を崩さない。
ホクト「…………いや。今日はここまでだ。認めよう……俺の負けだ」
「アニチはお前より強い! それでいいな!?」
「……ははは。いいだろう。それも認めよう……ハヤトは俺より強い。……これで満足か……?」
「やったぜ、アニチイイイィィィィィィィ!!!」
おれはガッツポーズを作り、星空に向けて勝どきを上げた。
ホクト「……だがな、こんな妙な認め方をせずとも、ソイツは、この俺よりも、ある意味では強いと言えるのだ」
ホクトは床で気絶したままの兄貴を見て言った。
「お前は、それを、最悪なカタチで思い知ることになるだろう……」
そして、黒いロングコートをバサリとひるがえし、階段へと向かう。
「……だが。アシラギが仕組んだこのゲーム。お前のような不確定要素がひっくり返すのは、痛快かもしれんな……」
言い残し、ホクトは夜の鴻ノ巣山展望台から去っていった……。
「ナミがハヤトに賭けたように。……俺もお前に期待するとしよう」
そんな捨て台詞を残して……。
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