9-2 消えたアリバ
……シラキさんは、ビックリするくらいおれたちのことに詳しかった。
まるで、ずっとそばで見てきたかのように……。
いくら敏腕ジャーナリストだからって、こんなに詳しく調べられるんだろうか……?
目撃者が多かったアピロスや動物園とかはともかく、東和の事件は高校内の出来事だし、西戸崎でなにがあったかなんて、兄貴とシモカワ以外、仲間内でもよくわかっていないのに……。
「いやあ。しかしキミたちのような勇敢なファイターが居れば、福岡市も安泰だねえ。ハヤトくん。これからも応援してるよっ!」
「そう言ってもらえると、俺たちも頑張ってる甲斐ありますよ」
……ふだんなら異常に勘がいい兄貴も、なんかシラキさんのペースに乗せられ、舞い上がってしまってる……。
「……ところで、剣道着のキミっ」
シラキさんがとつぜんヤギハラを指差した。
「……拙者がなにか?」
「たしか、ボクの調べたところによると、剣道を使うメンバーは、もうちょっと大人しいというか、地味な子だったと思うけど、メンバーの入れ替えでもあったのかい?」
「いや、それは拙者のことでゴザル。拙者、生まれ変わったゆえ」
「ほう……?」
ギラリ。一瞬、シラキさんの目が別人のように鋭くなったような……?
コワイ……情けないけど本能的にすくんでしまった。
「そうそう。コイツ、志賀島で好きなコできて、そのコのために強くなったんですよ」
「ええええ? 恋をして、それだけで、いきなりそんなふうになっちゃったっていうのお!?」
「…………お、おはずかしながら……そうなのでゴザル……」
「アッ! ハッ! ハッ! ハッ! ハッ! いいよお。キミたちは、じつにユニークだっ! たかだか好きな女ができたくらいで、そんなバケモノじみた強さになっちゃうなんて、まったく、信じられないねえ!」
シラキさんはなぜか妙に大ウケしている。
快活だけど、その笑みにはどこか邪悪なものを感じた……。
おれがヘタレだから、自信に満ちた明るいひとを見ると、そんな卑屈なことを感じてしまうのだろうか……。
「弟クン」
ふと気づくと、すぐ目の前に、微笑む中年の浅黒い顔があった。
射すくめられるような強い視線で、興味津々に見られている。
「【炎の暴発シンジロー】……キミには特に期待しているよお」
「……は、はあ」
……あれ? 【炎の暴発】って、たしかセーブカンパニーで仲良くなったっていう、兄貴の友達がおれにつけてくれたニックネームのはず……。
そのスエさんってひとには、兄貴しか会ったことがないのに、どうしてそれを知ってるんだろう……?
◆
……その日の夜。カタギリ家は沸きに沸いていた。
特に兄貴の浮かれっぷりがすごかった。……でもアニチは、アピロス事件のときからたったひとりで戦ってきたんだから、無理もない……。
「いやー、シラキさん、俺たちのファンだってよ。まいっちまうな。そうハッキリ言われると」
「……フッ。正義の戦いを、見てくれているひとも居たのだな」
「やっぱり感謝されるのとされないのじゃ、大違いだぞお」
「ムホホ。理解者あっての天才ですからねえ」
「そのうち雑誌に載るですな? オシャレしとくべきですな?」
「卓球じゃなくて、アリバで雑誌に載るとは思わなかったなー」
「ヌヘヘ……このまま有名になれば、合コンでもモテモテ……」
「え? なにが? 今日なんかあったと?」
おれは、なんだかその雰囲気についていけず、そっと抜けだした……。
夜の多賀緑地は、静かな雰囲気で落ち着く……。
いつもだったら、ひとりになりたいなんて思わないのに……。
あんなに居心地のよかった福岡ファイターの中に居るのが、なんだかツラい……。
「シンジロー」
夜の公園の階段をのぼってきたのは……シモカワだった。
「どうした? 浮かない顔してるけど」
「シモカワ……なあ、教えてくれよ。西戸崎でなにがあったんだよッ!? コノミはどうしたんだ!?」
「…………!!」
「ずっと気になってたんだ。……コノミは転校したって、そんなのおかしいだろっ!? コノミは悪意だった。そして西戸崎で、兄貴とナミさんとお前とコノミとに、何かがあった! そうだろ!?」
「………………………………」
「お前と兄貴に、いったいなにがあったんだよおおおお!」
「…………そ、それは……」
「兄貴に問いただしても、『お前には聞かせられねえ』の一点張りなんだよっ」
「…………ハヤトさんの言う通りだ。シンジローは聞かないほうがいいって、僕も思う」
「なんだよそれ! ……兄貴がおれのために、って言うのはいい。けど、なんでお前までが『シンジローのため』なんて言うんだよ! おかしいだろ! お前、ナニサマだっ! 兄貴の弟にでもなったつもりかっ!?」
「なんば言いよっとか! へんなヤキモチ妬いて、おまえバカや!?」
キレたシモカワが博多弁になる。おれの中に溜まっていた黒いドロドロとしたものが胸いっぱいに広がっていく。
「……くそっ。ちょっと顔がよくて強いからって、兄貴に気に入られて、調子乗ってんじゃねえぞおおおおお!!」
おれは炎をまといながらシモカワに向けて突っ込んでいく!
ゴギンッ! 炎の頭突き!
でもシモカワはおれの渾身の頭突きをマトモに頭で受け止めた……!
「ガキみたいなこと言うなや! ハヤトさんは、聞いたらきっとお前がツライって考えたんやろうが!」
ズガボッッ! シモカワの炎の頭突き!
おれはあっけなくぶっ飛んでいった……。
ちくしょう……アリバのチカラでも完全に負けるのかっ……。
「うううううう……おれは……どうせ……ガキだよおおおお…………」
「……シンジロー。頭冷やせ。どうしてハヤトさんがお前だけ特別扱いしてるかを考えろ」
シモカワは言い捨て、多賀緑地から去っていった……。
プスプスと煙を出しながら冷たい夜の地面にはいつくばるおれを残して……。
◆
……そして、事件は次の日起こった……。
「……この敵も風属性だよっ!」
いつもの悪意討伐。ナミさんが叫ぶ。
「チッ。またか……シモカワもカスガもさっきから連戦で消耗してるっ。仕方ねえ、ここはシンジロー。おまえ、行けっ!」
「……お、おう……! いくぜ、オラアアア……!」
兄貴の指示で前に出ようとした瞬間、おれをさえぎる剣道着が。
「……風ならば拙者に……今はとにかく、ひたすら己を叩き上げたいのでゴザルッ」
「わかったぜ。行けっ! ヤギハラ……!」
「御意ッ!」
またも勝手にしゃしゃりでたヤギハラは、ふわっと高くジャンプすると、空中を蹴ったかのような急角度で落下しながら、ものすごい突きを放った!
「夜羽の剣『空の太刀』! 疾風蜻蛉《しっぷうせいれい》突きィッ!!」
ヤギハラの一撃で、強そうに見えた風の悪意は倒されてしまった……。
ヒュウと口笛を吹く兄貴。
おれの中で、黒い何かが弾けた。
「ヤギハラあああああ!!!」
ヤギハラに向けて炎をたぎらせたパンチを放つ!
「ムッ!?」
しかしその一撃は竹刀によってかんたんに止められた!
「……し、シンジロー? いきなりなんでゴザルか!?」
「うるせええええ。そのわざとらしいゴザル口調、聞いててムカムカするんだよおおおお」
自分でもよくわかってる!
福岡ファイターで、おれがいちばん弱いっ。
そんなおれが役に立てるのは、風属性の敵相手くらいなのに、その風の敵までコイツに取られちゃったら、おれの居る意味がなくなってしまうっ!
「ちくしょおおおお! ちくしょおおおおおおお!!」
ヤギハラはおれの必死の攻撃をすべて受け止めてしまう。
なんでだよ! なんで、コイツこんなに強いんだよ! 風属性は炎属性に弱いんじゃなかったのかよ! どうして、こんなに差があるんだよおおおおお!
「てめぇ、血迷ってんじゃねえっ!」ドガッ!
「おぎゃっ!」
兄貴の必殺パンチで、おれはキリモミしながら10メートルくらい吹っ飛んだ!
「ありゃ?」
「ちょ、ちょっと……ハヤト! いくらなんでもやりすぎだよっ」
「わ。わりい……まさか、こんなに吹っ飛ぶなんてよ……そんなに強くしたつもりはねーんだけど」
なんだか、身体がいつもと違う……。チカラが入らないし、兄貴の必殺パンチのダメージが大きすぎるような……。
「……………………………」
ナミさんが深刻な顔でおれを見てる。
とてつもなく、イヤな予感がした……。
「と、とにかく、ホレ。レッツ・プル飲め」
兄貴がおれを抱え起こし、ドリンクを飲ませてくれた。
なのに……体力が……回復しない……?
「だいたいお前は大げさすぎんだよ……そんなにぶっ飛びやがって、わざとか? ったく……」
「は、ハヤト……」
ナミさんが青ざめている。
「ん?」
「弟が……弟のアリバが……」
その先のナミさんの声は、おれにとって、まさに死刑宣告だった。
「弟のアリバが消失してる…………完全に、消えてなくなってる……!」
……そしてそれが、絶望のはじまりだった……。
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?