9-1 福岡ファイター
絶 望 ……まさにそれのことを言うのだろう。
夜の鴻ノ巣山。
おれたち兄弟の目の前にいきなり現れたその男……。
ホクト。
おれの目の前で、あんなに強くて頼もしかった兄貴が、一方的にボコられている……。
手も足も出ずに……。
おれにとって、兄貴は絶対の強さと安心感の象徴だった。
なにがあっても、兄貴ならなんとかしてくれる。
どんな相手だって、兄貴なら負けない。
なのにいま、
まったく次元の違う強さによって、兄貴の強さは全否定された……。
「………………ググ…………よくも……弟の前で…………恥かかせやがったな…………」
「……ほお。頑張るじゃないか。だが、今日は助けてくれるカスガもおらんぞ」
「……うる……せぇっ……俺はな……シンジローの前でだけは……か、カッコ悪いとこ、見せるわけには、いかねーんだよッ」
フラフラの身体で、兄貴は向かっていく。
「知るか」
無慈悲に言い放ったホクトは、義手の一撃で、兄貴を叩きのめした。
コンクリの床に倒れた兄貴はピクリとも動かない。
「……弟、か」
ホクトの鋭い目が楽しそうにおれを見る。
「ひ、ひいいいいいい」
違った。絶望にはまだ先があった……。今から、それを思い知るのだ。
…………話は、今から30時間前。
東和高校へとさかのぼる……。
◆
「……まったく。また東和かよ……。ここは悪意の養成所かなんかか?」
ジリジリした夏の日差し。東和高校の校門を蹴りながら、兄貴がボヤいた。
「間違いないよ。ここには特に強い悪意が集中してる。理由はわからないけど」
暑そうに目を細めたナミさんが答える。
……すっかり日常になった悪意との戦い。
その日、強い悪意を感知したナミさんの指示のもと、おれたち『福岡ファイター』は、おれの学校・東和高校へと向かった。
ちなみに、福岡ファイターっていうのは、福岡市を護る正義のアリバ自警団に、コッソリおれがつけた名前。
おれは……いまの毎日がすごく好きだっ。充実してるっ。
そしてこの、福岡ファイターのメンバーになれたことを、心からうれしく思ってるっ。
最近少しずつ疎遠になってきていた兄貴と、子供のころみたいにずっと居られるし、なんだかすっかり姉みたいな存在になったナミさんや、おれにとっての友達でもある大学生チームとも一緒に過ごせて……。
親友のシモカワや、ライバルのクリハラ、面白いヨシオや、最近急にキャラが変わったヤギハラ、なんだかんだで腐れ縁のカムラと、ひとつの目的に向かって、頑張る毎日。
そんな、不思議な、夏休み……。
「こんな高校、さっさとぶっ潰してゲーセンにでもしちまえばいいんだよ」
敷地内を歩きながら兄貴が毒づく。
兄貴たちが東和校内に居るのも、すっかり馴染んでる。
「ヌヘヘヘ。ハヤトさん。そんなことしたら、ボンクラ学生を収容してくれるとこがなくなっちまいますぜ」
「そそそ! カムラの言う通り!」
「いやいや。お前もそのボンクラのひとりだろうがよ……」
「ムホホ。この天才を一緒にしてもらっては困りますねえ……おれはただひとりの特進クラスなんですからねえ」
「それは男塾でただひとり九九が言える程度の秀才キャラですな」
「まあまあ、ハヤトさん。僕らの愛する東和をあまり悪く言わないでくださいよ」
兄貴は妙に達観した優しい顔でシモカワを見た。
「…………そうだな。この東和に通うのがなにより幸せだった、ってコも居るもんな……」
そんな兄貴とシモカワの間に流れるワケアリの雰囲気が、正直おれには面白くない。
「……このさきは……東和大学のほうでゴザルな」
ヤギハラがサムライ言葉で言った。いつのまにかへんなキャラになってるけど、不思議とそれも馴染んでしまっている。
「東和は高校と大学が併設してんだっけな。……お。生意気にオープンキャンパスなんぞやってやがる」
兄貴の言う通り、今日の東和大学は、夏休みのわりにひと気が……とくに高校生の姿がチラホラある。
「シンジローは東和大に進学するのー?」
「いや、おれは……できれば大学は美術系のところに行きたいよ。……滑り止めでは受けるつもりだけど……」
「はあ? 東和大って私立だろうが。ンなとこにお前を進学させる経済的余裕なんて、カタギリ家にはねーよ。第一志望落ちたら、お前は自動的にマグロ漁船に就職だ」
「ひでえっ。自分だって私立の福海大に通ってるくせにっ!」
……と言っても、福岡県でもそこそこのレベルの福海大法学部に、兄貴は受験勉強もろくにせず受かってしまった。
おれは……ちょこちょこ勉強してるけど、福海大になんて逆立ちしても入れそうにない。
兄弟なのに……。この脳みその差はなんだろう……。
「ハヤト。この先みたい」
「よしっ。野郎ども。バカ話はこれくらいで、気を引き締めるぞ」
「同感だぞ、ハヤトよ。このコミネ、最近、悪意どもが強力になっているように思えてならん」
コミネくんが珍しくマトモなことを言った。
「たしかになあ。俺たちだって強くはなってるけど、敵も同じくらい……いや、敵のほうが少し先を行ってる感じで、手強くなってきている気がするなあ」
……それについては、兄貴やササハラくんも同じ見解を話していた。
おれたちは強くなっている。
特に、カスガくん、シモカワ、ヤギハラの成長っぷりが凄まじい。
けど、悪意はもっと強くなってきているような……そんな気がする。
「あ。ハヤト! あそこ! 誰か襲われてるみたいっ」
ナミさんが東和大の中庭を指し示す。
おれの知っている顔が、目の赤い学生に襲われていた!
「なああああああーーーー! なんなんだよコイツはーーーー」
「あれは……コーヅマ!」
それはおれの友達のコーヅマだった。コーヅマもイラストを描くから、絵の好きなおれとは気が合って、たまに話す。
「コーヅマ! 大丈夫かーーーっ」
「あ。シンジロー! なんなんだよコイツ! いきなりわけわかんねーーー」
「待ってろ! いまおれたちが助けてやるっ」
「敵は風属性っ。炎で行こう!」
炎属性! ようし。おれの出番だっ。
「いくぜ、オラあああああああ!!!」
「待てっシンジロー。ここはシモカワに任せるぜ!」
「わかりましたハヤトさん!」
前に出ようとしたおれを制し、シモカワに指示を出す兄貴。
「見せてやれ、シモカワっ。お前の炎をっ!」
「うおおおおおおおお。燃えろおおおおおお!!!」
シモカワは全身に炎をたぎらせながら、相手を叩きのめした……。
「…………………………………」
おれの胸に、ドロッとしたものがこみあげる。
「ありがとう。助かったよシンジロー」
コーヅマの声で、おれは我に返った。
「い、いや……おれはなにも……」
「エヘエヘエヘエヘ。な、な、なにすんのさーーー」
大学の敷地内で、またも別の悲鳴。このドモッたダミ声は、顔を見なくても誰かわかった。
「は、ハギタ!?」
学食前の自販機広場に行くと、眉毛の繋がった顔の濃い男が悪意に襲われていた! またおれの友達かーーー。
「し、しし、シンジローくん!? こ、これ、どどどーいうこと?」
「ハギタ! ソイツらは悪意! いま福岡市にやたらと現れる、凶暴化してしまった連中だ! でも大丈夫! おれたちはソイツらと戦ってる正義の戦士なんだっ。いま助けてやるっ!」
「エヘエヘエヘ。いつのまに、し、ししシンジローくんが、そんなヒーローに?」
「あ。この敵も風属性だよ!」
よ、よし、今度こそおれが……。
と思ったら、兄貴は即座に指示を出した。
「カスガ! どうも攻撃力が強そうな相手だ。お前に頼んだぜっ」
「はーい。まかせてー」
「…………………………………」
兄貴の采配はいつも的確だ。相手の風属性の悪意は強力で、守りに優れたカスガくんが適任だったと思う。
…………でも。
「し、ししシンジローくんありがとう。すすすごいね。ほんとのほんとに、ひひ、ヒーロなんだっ」
ハギタが憧憬のまなざしでおれを見る。
「……………お、おう……そうなんだ……」
「またまた悪意の反応っ! 強力だ!」
ナミさんが叫んだ。
おれたちは導かれるまま、東和大のキャンパスを駆けた。
生徒会をやっていると、高等部と大学はなにかと行き来するから、おれにとっては知らない場所でもない。
本館に入り、クーラーのよくきいた建物内を走る。
やがて、理事長室の近くに来た。
「ホーーーイ。たーーーすけてくれーーーー」
そこでは、陽気な雰囲気の中年男が悪意に襲われていた!
「!!!!」
それを見たナミさんが、なぜか息を呑み、凍りついた。
「大丈夫ですかっ!」
「をををっ。きみたちは見るからに正義のヒーロー集団!」
「よしっ。野郎ども、行くぜっ。……ナミ、この敵は何属性だ!?」
「……ぼ、ボク……知らない……」
「あ?」
「ゴメン……ちょっと気分が悪くなった……」
なぜかすごく怯えた顔で、ナミさんはクルリと背を向け走り去っていった……。
「あ、ナミ? いきなりなんだよ! ……チッ。どうしたんだ、アイツ……」
「ハヤトさん。この敵は風属性っぽい気配を感じますな」
廉価版の悪意レーダーを備えたヨシオが言った。
風! ……てことは、炎属性! シモカワもカスガくんも戦ったあとだっ。こ、今度こそおれがっ。
「アニチッ。風なら、炎属性のおれがっ……!」
「……ハヤトどの」
静かな声がおれをさえぎり、剣道着姿の男がユラリと前に出た。
「ここは拙者に……同じ風なら、けっして遅れはとりませぬッ」
「お、おう。そうか。ヤル気だな、ヤギハラ! 頼んだぜっ」
「……御意ッ」
しゃしゃり出てきたヤギハラは、竹刀をグッと構えると、水の上を滑るかのような踏み込みで悪意に向かっていく。
「……夜羽の剣『水の太刀』! 旋風……水馬斬りッッ!!」
ヤギハラはスイスイ水上を渡るアメンボのように悪意のまわりを旋回し、華麗にズバズバと斬りまくった!
ていうか、なんなんだこのデタラメな強さ! 志賀島でいったいなにがあったんだよおおおぉぉぉぉっ。
中ボスっぽい悪意は、ヤギハラの竹刀でめった斬りにされてあっけなく倒れた。
「……いやー。ブラボーブラボー。助かったよ。じつにファンタスティックな若者たちだ。さすがは福岡を陰ながら護ってきたヒーローだけはあるねっ!」
襲われていた中年が大げさに拍手した。よく見ると、茶髪の長髪にアロハシャツ。薄いサングラスで、すごくウサンくさい……。
「え? 俺たちのこと、知ってるんですか?」
「オフコーーース! モチのロンロンだよ! 実はボク、こーいうものでね……えーと、キミたちのリーダーは……ズバリ、キミだなっ!」
男は迷わず兄貴に名刺を渡した。やっぱり、12人も居ても、兄貴がかもし出す『リーダー臭』はわかるのか……。
「……シラキさん?」
「イェース! マイネーム・イズ・シラキ。しがないフリーのジャーナリストだよお。実は、いま福岡市に水面下で起こっている異常現象を調査していてね。アクイと呼ばれる危険な存在と、人知れず彼らと戦うヒーローの存在に行き着いたんだっ」
おどろく兄貴とおれたち。
「野間アピロス壊滅! 動物園の脱走騒ぎ! 西鉄電車暴走! 東和高校の乱! 福海大学の爆弾! シンデレラパーク集団催眠! あと、西戸崎の異常気象に、志賀島の変態騒ぎ! ……事件あるところ、キミたちの影あり! 彼らの名は! その名は……! ……その名は……」
あっけにとられるくらいグイグイ来てたシラキさんの勢いが止まる。
「…………ええと。その名は、なんだっけ? キミたちのグループに、なにか名前はないのかい?」
「……そーいや俺たちって、特にチーム名みたいなの、なかったな」
「そうだなあ。なんとなくハヤトに率いられて戦っているだけだしなあ」
「『チーム世紀末救世軍』というのはどうであろうか……?」
「『よしおさんズ』ですな……?」
「ムホホ……『天才と仲間たち』?」
「ここは僕らのチカラをとって、ストレートに『ARIBA』とか?」
「ンなもんどーでもいいっつーの……ただの『ハヤトさんの被害者の会』だっつーの……」
「おれたちは……『福岡ファイター』!!」
思わずおれは叫んでいた!
みんなの視線が一気におれに集まる!
「おれたち、カタギリブロスを中心に集った、福岡市を護る正義の自警団……その名も『福岡ファイター』だッ!!」
「………………フッ」
「しょ、正気でゴザルかっ?」
「シンジローっ。空気よめっ」
「おおおーーー。いいねッ。グッドだよ。グレイトだよっ。福岡ファイター! これからはボクもそう呼ばせてもらうよっ!」
シラキさんが快活に笑う。
がつん。アニチに頭を殴られた。
「……なぁにが、福岡ファイターだっ。草野球チームかよ? へんな名前、勝手に決めやがって」
「ご、ごめんよー……」
でもおれは、おれたちのチームが大好きで、誇りに思ってて……
だから、この名前は使って欲しかったんだ……。
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