4-2 ついに現れた参謀ササハラ
助教授の男によると、「大学を吹っ飛ばしてやりたい」という願望はずっと持っていたらしい。
ポケットの中には、犯行声明のほか、複雑な化学式が書かれたメモと、爆弾の設計図の一部が入っていた。
だが、肝心の『爆弾を仕掛けた場所』に関するメモは一切ない!
その記憶は、悪意に取りつかれていた男の頭の中にしかなかったのだ……。
そして、俺たちが悪意から解放したことで、それは綺麗サッパリ消失してしまった……。
「くそっ。マユのときは、多少なりとも記憶が残っていたのによ……」
「た、たしかに……。あのときと今回と、何か、決定的な違いがあるんだよ。……なんだろうそれって……」
「ナミ、そんなのあとまわしだ! とにかく爆弾をなんとかしねえと。……おい、あんた! この爆弾ってどんなのだ!?」
ひたすらオロオロする爆弾魔の胸ぐらをつかんだ。
「え、お、あ、いや、それが、ぼくにもよくわからなくて……」
「あ? 理工の助教授なんだろ!?」
「ぼ、ぼくは……どちらかといえば機械屋で、バケ学のことは専門外というか……なんというか……」
「なんだよそれ!」
「あー、あー、どうしよう……どうしよう……やばいよー……やばいよー……このままだと大問題だよー。責任とらされて、失職しちゃうよおお……もう、知らねえーー」
ブツブツ言っていた男は、突然、走って逃げてしまった。
「お、おい!」
威勢がいいのは悪意に取りつかれていたときだけかよ! 何が革命を起こすだ。口だけじゃねーか。あれじゃ教授に干されて当然だぜ。
「ヤノ、お前わかるか……?」
文系の俺にはまったく手に負えない設計図と化学式を、俺より少し成績のいいヤノに見せた。
「わかるかよお。俺だってド文系だぞお」
俺、ヤノ、コミネ、シンジロー、シモカワ、クリハラ、ヨシオ、カムラ、ヤギハラと、九人もガン首そろえていながら、モノの見事に文系しか居ねえっ。
あ。カワハラも居たか。十人に訂正。けどバカがひとり増員しただけだ。
「あ、アニチィ……みんな吹っ飛んじまうのかよお……」
「まだ少し時間はあるはずだ。声明文には『天に怒号が轟くとき』って記載があった。あれはたぶん、その時間に合わせて爆破するってことだ」
「天に轟く怒号とはなんなのだ?」
「そこまで俺にわかるかよ……」
「天の怒号……カミナリでも鳴るんですかな?」
「いや、予報じゃ今日はまったくの晴天のはずだ」
「ハヤトさん。なにはともあれ、学内に居る人々を避難させないと!」
ちょうどそこへ、当初の目的だった俺の友人『カスガ』がひょっこり現れた。
「あれーハヤト。それにヤノ、コミネにシンジローも。どうしたんだー?」
「カスガ……」
「もしかして、みんなで応援しにきてくれたのー」
「あ? ……そーいや、今日はインカレの予選だったな。調子はどうだ?」
「んー。今回の大会には賭けてるからねー。いっぱい練習したし、いいところまで行けると思うよー」
苦学生のカスガは、大学に通いながらたくさんのバイトをこなし生活費と授業料を稼いでいる。
そのわずかな空き時間に必死で練習しているのを俺は知っている。
「……そうか。試合いつからだ?」
「第一試合はもう始まるよー」
「まあ頑張れ。死ぬほどヒマで、気が向いたら、応援に行ってやる」
「あははー。相変わらず素直じゃないねー。ハヤトの気が向いて、見に来てくれたとき、まだ試合してられるように、頑張って勝ち進んどくよー」
そう言うと、カスガは笑顔で行ってしまった。
「ハヤト……あれがカスガくん?」
「ああ。ナミ。アリバはどうだった?」
ナミは、沈んだ顔を左右に振るだけだった。ハズレか……。
「ムホ? ハヤトさん、カスガさんに爆弾の話、伝えないんですか?」
「……………………」
仲間たちの不安そうな顔が一斉に俺を向く。
「……それが広まったら、大会が中止になっちまう。アイツ、あんなに頑張ってきたんだ。それだけは避けてえ……」
「あ、アニチ……まさか……」
「制限時間内に、俺たちで爆弾を探してなんとかする!」
しん、と静まり返るその場。
「……にぎゃっ!」
「……俺が勝手に決めたことだ。無理強いはしねえ。残るやつだけ残ってくれ」
みんな押し黙る。
互いの顔色をうかがうような、重苦しい雰囲気。
それでも最初に口を開いたのは相棒だった。
「……ったく。仕方ない。ギリギリまでは手伝うぞお」
「フッ。正義は旧友《とも》を見捨てんのだ……」
コミネも続く。そのふたりの声で、場の雰囲気は一気に活気づいた。
「お、おれも怖いけどやるっすよおおおおお」
「もちろん僕も! ハヤトさんには東和での借りもありますっ」
「ムホホ。東和軍団ただひとりの特進クラス、この天才の頭脳が必要になるはずですねえ」
「はあ? 俺はもちろん逃げるっつーの! 勝手に爆死しろっつーの!」
「逃がしませんな。ホホホホホ。食らいなさい風電波!」
「ギャアアアア! 実質強制参加って、職場の飲み会かっつーの!」
「え? カムラぁ。参加ってなにに? このあと飲み会でもすると?」
「(ほ、本当はイヤすぎるのに、この雰囲気、ひとりだけ逃げるとか言えないにゃああああ)」
「決まりだな。すまねえ、みんな。ギリギリまでは頼むぜ」
「……けどよお、ハヤト。うまく爆弾を見つけても、解除なんて高等技術おれたちにはムリだぞお。どうするんだあ?」
「……ヤツを呼ぶ。仲間内で、たったひとりだけ居るだろ? そういうことができそうなやつがよ!」
そう言って、俺はケータイを取り出した。
頼む。繋がってくれ。……『ササハラ』!
◆
ササハラ。
俺、コミネ、ヤノと同じ中学出身の旧友だ。成績バツグンのコイツだけが、トップクラスの『筑紫丘高校』に進学。その後、名門『九州大学』に合格し、エリート街道をまい進している。
もどかしげに大学駐車場で待っていると、爆音と共に、ニッサン『180SX』が、タイヤを滑らせながら現れた!
「すまんなハヤト。46秒遅れた」
白衣を着た小柄な男が車から降りてくる。身長は平均よりかなり低いが、あなどれない物腰と鋭い視線。変わってないな!
「ササハラ! 近くに居てくれて助かったぜ」
ササハラは、設計図と化学式を見るなりあっさり言った。
「……これは過酸化アセトン。いわゆるTATP爆弾だ」
「見ただけでわかんのか。さすがだな。それ、どんなのだ?」
「アセトン、過酸化水素水、塩酸、硫酸など、薬局で売っている材料から安価かつ簡単に造れ、殺傷力に優れる。おまけに、不安定でいつ爆発するかわからんという、知能指数が低いテロリストどもが好んで使う爆薬だ。『サタンの母』とも呼ばれている」
「くそ。嫌な名前だぜ」
「母……」
ずっとだんまりだったナミが神妙な顔でつぶやいた。
「呼ばれてノコノコ駆けつけてみたわけだが、何やらまた楽しそうなことをしているようだな?」
「ああ。楽しすぎて涙が出てきそうだよ」
「フッ。そのわりに目には力がみなぎっているぞ。論文も研究もひと段落して、時間があったところだ。久しぶりにお前の遊びに私も混ぜろ」
「……お前が手伝ってくれると鬼に金棒だぜ」
俺はササハラに事情を説明した。
もう何度目かわからない説明だったし、頭のいいササハラは理解も早く、楽に伝えられた。
一瞬、コイツもアリバかなと思ったけど、知的でクールなササハラはいかにも『氷』だし、探しているのは火属性。タイプが違う。
「ナミ?」
「……え? あ、なに?」
「どうしたボーっとして。ササハラにはどうだ? アリバは」
「ないよ。あのひとにはない」
固い声でナミは即答。その声は、冷たいとすら感じた。
「そっか」
なんだ、ナミのやつ。会ったばかりの頃みたいな、ツンツンした態度。
ササハラのようなタイプは苦手なのか? ろくに話もしようとしない。……まあ、爆弾騒ぎのせいで緊張してるのかもな。
「ハヤト。新参者だが提案していいか?」
「ああ。なんだ?」
「まずはチームを三つに分け、それぞれに氷のアリバの持ち主を配する。悪意というものはまだよくわからんのだが、爆弾相手なら、万が一の際は、氷の力が最も効果を発揮するだろう。そのうえで、福海大学内を三つのエリアに分け、効率よく捜索する。それでどうだ?」
「よし。それでいくか」
ササハラの論理的な提案に反対する者は居なかった。
俺、ナミ、ヤノ、ササハラが第一チーム。
シンジロー、シモカワ、カムラ、ヨシオの第二チーム。
そして、コミネ、クリハラ、カワハラ、ヤギハラの第三チーム。
戦力バランスよりも、人間関係のバランスを重視した布陣だ。
「第二チームはシンジローとシモカワが仕切れ。特にカムラを見張ってろ」
「オッケー兄貴!」
「わかりましたハヤトさん!」
「逃げようとしたら風電波でお仕置きですなっ」
「第三チームはコミネ、お前がリーダー役で引率を頼む」
「心得たぞハヤト! ……クリハラ! ヤギハラ! タマハラ! だまって俺についてこい!」
「カワハラっす」
「よし! 捜索開始だ! 時間はねえ。急ぐぞ!」
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