10-1 策略
「今はとにかく戦うしかねえ」とハヤトは言った。
「『教団』とは、いつか決戦のときが来る。戦えるだけの強さを手に入れたら、すべてを話すから」とナミは言った。
俺はそんなふたりに流されるまま、悪意との戦いを続けている。
握力計を指だけでつまんだ。
200キロまで計測できる握力計は、かんたんにヒシャげた。
俺は、強くなっている。
もともと腕力には自信があったが、アリバというチカラに目覚め、悪意たちと戦って経験を積み、我ながら人間離れした強さを身に着けた。
腕力だけなら、福岡ファイターでもトップだろう。
だけど……俺は……自分がほんとうの意味で強くなっているとは、思えなかった……。
たとえば、ハヤト。
アイツより俺のほうが体格はいいし力も強い。だが、福岡ファイターの誰もが、俺よりハヤトのほうが強いと思っているだろう。
俺だって、その通りだと思う………。
わからない。強いって、なんなんだ……。
福岡市じゅうを駆け巡り、
悪意たちとの戦いに明け暮れ、
夏が過ぎていく……。
俺の迷いとは裏腹に、時は経っていく……。
モトカノのサユリからとつぜんの連絡があったのは、そんな、残暑の厳しい、ある夏の朝だった。
「……ヤノくん? ……ひさしぶり。げんき?」
「さ、サユリ……」
「いきなりだけど、今日の昼過ぎ会おう。ハピネスで待ってる」
一方的に告げられ、電話は切られた。
別れを告げられたときと同じく、一方的に……。
◆
「ハッキリ言うが、俺は反対だぜ。会うんじゃねえ」
……その日、いつものようにカタギリ家に集まった俺は、こっそりハヤトにサユリからの電話のことを打ち明けた。
「け、けどよお……あの様子、なにかワケアリと思うんだよお」
「だろうな」
「だったら、何かして、支えてやりたいんだよお」
「アホかお前は」
ハヤトならハッキリした意見をくれる……と踏んだのだが、ハッキリ言い過ぎるのが、コイツの悪いところだ……。
「支えきれなかったから、こじれて、別れたんたろうが。吹っ切れたって、動物園で言ってたのは嘘か?」
「そ、そうだけどよお……」
「……ったく。お前もお前だが、あの女もあの女だ。勝手にもほどがあるだろ」
「…………うう…………サユリを悪く言わないでくれよお」
「ふだんならまだしも、俺たちゃ悪意と戦って福岡市を護ってんだぜ? ただでさえ問題山積みだってのに、切り込み隊長のお前がそんなんじゃ、高校生どもに示しがつかねーだろ」
……こころをえぐる言葉をズバズバ言ってくるハヤトだが、正論かつ説得力があるから、タチが悪い……。
「とにかく会うな。いいな? それがお前のためでもある」
……釘を差されてしまった。
そして俺は、ハヤトにサユリと会う場所と時間を聞き出された。
◆
……ったく。こっちは、アリバのこととか、ホクトのこととかで、頭痛いってのに……。
ため息をつきながら、俺はサユリに会うため、ハピネスに向かった。
あのメンヘラ女と、気弱なヤノとの相性は、サイアクだ。
ああいう女は、好き勝手させてペースを握らせたら、どこまでも悪いほうに引きずられちまう。
なのに、ヤノみたいなヤツは、それをガツンと止めることもできねえ。
ま、だからこそ、ああいう女は、俺みたいなタイプを毛嫌いして、優柔不断なヤノみたいなタイプに近づくんだろうけどな。
クーラーの効いたハピネス店内に入った。
マユは居ない時間帯だから、安心して店内をズカズカ歩く。
「よう」
「……ハヤト……さん?」
「ここ、失礼するぜ」
俺はそう言って強引にサユリの前に座った。
ジッとやぶにらみされるのを無視して、ウェイトレスにアイスコーヒーを頼む。
「……言っておくが、ここに来たのは俺の意思だ。アイツに頼まれたわけじゃねえ」
「……どうしてハヤトさんが来るの?」
「お前にアイツと関わって欲しくねーからだよ。お前ら、もう別れたんだろ? しかも、お前からの一方的な宣告で」
「…………関係ないでしょ?」
「大アリなんだよ。俺たちは今、重要な案件に関わってる。アイツもそのメインメンバーなんだ。今、アイツを振り回してもらっちゃ迷惑なんだよ。だいたい、別れた理由ってのも、完全に逆恨みじゃねえかっ」
「けど! ヤノくんがもっと真剣にワタシを見てくれていたらっ!」
「これ以上ないほど、真剣に見てただろ。アイツなりにな。それ以上を求めるのは、酷ってもんだぜ? その不器用さも含めて、アイツだろうが……ん。ちょっと待て。電話だ」
ケータイが鳴った。ナミからだ。なにも言わずに出てきたからな……。オカンムリらしい。
俺は、「悪い。ちょっと」と言って席を立ち、ムワッと暑い外に出た。
ナミに事情をはぐらかすのに少し手間取った。ことがヤノのプライベートだけに、ペラペラしゃべるわけにはいかねえ。
電話を終えて席に戻ると、さっきまで剣呑な顔だったサユリは、妙にスッキリした物わかりのいい顔になっていた。
「?」
熱い屋外ですっかり喉が乾いた俺は、残っていたアイスコーヒーを一気に飲み干した。
サユリは、どこか熱っぽい顔で、そんな俺の喉元を見ていた。
「……わかった。ヤノくんとは会わない」
サユリが唐突に言った。
「……お、おう。そうか。いきなり納得してくれたな。まあ、それなら話が早え」
俺は千円札をテーブルに置いて立ち上がった。
「……じゃあ、俺はこれでな」
「サヨナラ」
こっちを見もせずに、サユリは言った。その口調はどこか満足げで、含み笑いしていたようにも見えた。なんなんだ……?
「約束したぜ? ヤノとはもう会うなよ?」
「……そのつもりだけど、そういう風にはいかないかもね」
去り際、サユリが小声で何か言ってたが、俺は構わずハピネスを出た。
異変は、店を出てすぐに現れた。
「グウウウッッ……!」
とつぜん目眩がして、目の奥が熱くなった。全身から力が抜け、冷や汗が吹き出す!
な、な、なんだ……コレ…………。
「……ふうん。もう効いたのか。さすが教団特製の毒」
嫌な気配を感じ、汗のしみる目で見やると、酷薄な笑みを浮かべたサユリが立っていた。
おもむろにサユリが黒のカラコンを取る。
真っ赤な瞳が現れた。
「…………て、て……てめえ……悪…意……」
「こんなに計画通りスムーズに行くなんてね! アンタが現れたとき、笑いそうになっちゃった。ヤノくん使っておびき出す手間、省けた! しかも、みみっちく、毒入りアイスコーヒーごくごく飲み干してくれて! 吹き出しそうになるの、けんめいにこらえたよ!」
ど、毒だと……? しかも……教団……?
「…………な、なんの……つもり……ぐっ…はぐっ」
心臓が痛え……。意識が……遠くなる……。
「アンタ、ワタシ嫌いだったでしょ? わかる! けど、ワタシもアンタ嫌いだったよ! 男は誰でも自分に一目置く。女はみんな自分に好意的。……そう思ってそうなとこ、ほんっとムカついてた! いい勉強になったでしょ。アンタを嫌いな人間も居るって!」
ほくそ笑むサユリの声が遠く…。
なにが……どうなってやがるんだ……。
俺の意識は、そこで途切れた……。
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