幕間9 その名は【福岡ファイト!】
ホクトは去った……。
静けさを取り戻した夜の展望台で、おれは兄貴を抱き起こした。
「…………ん……くっ……」
「あ、アニチッ! 目が覚めたっ?」
ハヤト「俺は…………?」
兄貴はコンクリの床に尻を着いたまま頭を振る。
ハヤト「…………俺は…………ホクトの野郎に……やられたのか……?」
シンジロ「お、おぼえてないのっ?」
ハヤト「………………………………」
シンジロ「………………………………」
ハヤト「…………また負けたのか……俺は……」
悔しさのにじんだ顔。アニチのそんな顔、初めて見る……。
「くそっ! ……最近、負けてばっかじゃねえか、俺……こんなんじゃ……」
「アニチは負けてないよっ」
おれの口が勝手に開いていた。
シンジロ「覚えてないかもだけど、ギリギリのところで、アニチの必殺のカウンターが鋭くヒットして、ホクトはもうフラフラだったんだっ。
そこをおれが、ボガリと後ろから殴ってねっ! 致命的なダメージ食らって、スゴスゴ逃げてったよ!」
ハヤト「シンジロー……お前」
シンジロ「アニチは強い。ホクトよりもぜったいに強いっ。おれはそう思うっ」
しばらくの無言。
やがて、兄貴は苦笑して、肩をすくめた。
「…………そうか」
「…………そうだよ」
ハヤト「……で」
シンジロ「え?」
ハヤト「……福岡ファイター脱退、って話だよ」
シンジロ「……あ」
ハヤト「お前な、『脱退』くらい漢字で書けよな。恥ずかしい」
シンジロ「…………アニチ。すまねえーーーー。おれ、ちょっと、焦って、悔しくて、いろいろと悩んでて……それで」
「ばーか。お前だけじゃねえよ。みんなだってそうさ。……だから、俺たちには強くなるための時間が必要なんだ。そのために、毎日悪意と戦ってんだろうが。なのに、ひとりだけへんに焦りやがって」
「ご、ごめん……」
ハヤト「で、どうすんだ? 辞めるなら止めねーぜ?」
シンジロ「あ、いや! おれ、やめたくないっ! みんなと一緒に……アニチと一緒に戦いたいよ! 福岡ファイターに戻りたいっ!」
ハヤト「だったら、『必殺パンチ一発の刑』で勘弁してやろう」
シンジロ「げえええええええ!! マジかっ。……でもいいよっ。それで許してもらえるなら!」
さすがは兄貴っ! ようしゃがないぜえええっ!
「オラっ! 歯ぁ食いしばれッ!」
ドガッ。
「ぎゃっっ」
必殺パンチがおれの顔面を撃ち抜いたとき、おれにもようやく実感できた。
……アニチにはアリバがない。
これは、ナミさんから借りた、カリソメのチカラにすぎないんだと……。
おれは「ぎゃひー」とワザとぶっ飛びながら、それでも満足だった。
アニチにアリバがなくたって、アニチの強さと頼もしさには、なんのかげりもない! 福岡ファイターのリーダーは、兄貴以外にありえない!
ハヤト「おい、お前、なに殴られてニヤニヤしてんだ……?」
「エヘヘヘ。やっぱりアニチの必殺パンチは気持ちいいなあ」
「うげっ。前々から思っていたが、やっぱりお前、バカだろ?」
シンジロ「そうだよ! おれはバカだよ! だからこれからも、アニチのデキの悪い弟として、バカみたいについていくよっ。
福岡ファイターで一番のお荷物かもしれないけど、それでもみんなの足を引っ張らないように、せいいっぱい頑張るからさっ」
ハヤト「チッ……勝手にしろ」
おれたちはふたりで展望台の階段を下りた。
下りながら、前を歩くアニチの背中を眺めた。
「……おぉぉーいぃぃ……」
「……シンジローぉぉ……」
「……シンジロー……!」
「……ここに居るんですなー?……」
夜の鴻ノ巣山の森の中。遠くから仲間たちの声が聞こえてくる。
「……みんな心配して、さんざん探し回ったんだぜ。あのカムラとカワハラですらな。……お前、こんなにみんなから愛されてんだ。……『自分は必要ない』なんて、二度と思うんじゃねえ。いいな?」
「オウヨッ!」
もうおれは、自分が必要ないなんて思わないっ。
アリバのないアニチのぶんまで、必死に戦う! できることで役に立つ!
今回のことで、おれはますますアニチが好きになった! 福岡ファイターが好きになったっ!
けど、こうも考えた……。
兄貴に『こころのチカラ』がないなんて、やっぱり信じられない……。
ひょっとしたら……
ひょっとしたら、兄貴の中には、もっとスケールのデカい、アリバとか悪意とかの枠組みすら超えた、おそろしいほどの何かが眠っているんじゃないか……?
おれが自分のアリバを抑えていたように、兄貴もまた、そのチカラを抑えつけ、出さないようにしているんじゃないか……?
ホクトの言ってた『狂気』……
誰かが仕組んだ『ゲーム』……
……『教団』
……『神気取りの男・アシラギ』
……気になることはたくさんある。
だけど、おれはアニチのそばで、それを見定める。
逃げずに、最後まで戦い抜いて、おれのこの目で、すべてを見届けるっ。
そして……
「ねえアニチ」
「んー」
シンジロ「おれ、このアリバの戦いが終わったら、ゲームを作ろうと思う。コーヅマとハギタっていういい仲間もできそうなんだ」
ハヤト「ほー。ゲームねえ。そーいや、昔からお前の夢ったっけな。ゲーム作り」
シンジロ「うんっ。おれたち福岡ファイターの戦いを題材にした、古きよきアドベンチャーゲーム。……タイトルだけはもう決めてあるんだ」
ハヤト「なんていうんだ?」
「『カタギリファイト!』」
「……おいおいっ。俺たちの実名かよ? せめて、少しボカせっ。そうだな……【福岡ファイト!】とかよ……」
シンジロ「いいね! 【福岡ファイト!】 ……おれ、頑張って作るよ。おれたちの過ごした、この夏休みを、みんなで過ごしたこの日々を……
……いつかオトナになって、オッサンになって、懐かしく振り返れるような……そんなゲームを……」
何年かかっても、何十年かかっても、どんなカタチであっても。
かならず完成させてみせる。
おれたちの福岡市を舞台にした、おれたちの夏休みの冒険……
その名は【福岡ファイト!】
……その主人公はもちろん……
第9話 【アリバが消える日】 おわり
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