5-3 仮装舞踏会と氷の微笑
外に出ると、シンデレラパークは大混乱だった!
「あ、兄貴! ここに居たのかーっ! とんでもないことになってるぞ!」
「ハヤトさん! 大変ですっ。遊具が暴走して止まらなくなってるようです!」
「ハヤトさん。えらいことになりましたなっ。パーク中が、悪意の反応であふれかえっておりますなっ!」
ごったがえす客たちの目つきがおかしい。東和の乱のときと同じだ! みんなアニメやゲームのコスプレ姿だけに、余計にシュールな感じだぜ……!
「ひでぶぅううううううう! ひでぶううううううううぅぅぅぅぅぅぅ!」
冗談みたいな速さでレールを爆走するINABIKARIから、コミネの悲鳴がドップラー効果で聞こえてきた。
「ハヤトー」
大柄な人影がドスドス走ってくる。
「いきなり係員が変になって、コミネとヤノが乗ったままのINABIKARIが止まらなくなったんだー!」
「……ああ。そのようだな」
ヤノの悲鳴は聞こえねえ。すでに気絶してるんだろう。
「あのう……ハヤトさん……」
物陰から怯えた顔の剣道着が現れた。
「ヤギハラ! おまえのほうは大丈夫だったか?」
「それが……その……なんか……ナミさんが……」
「ナミが? どうした!?」
「な、なななんか、ミラーハウスで、……さらわれたっていうか……ラチられたっていうか……」
「なにぃ!? おまえ、黙って見てたのかよッ!?」
「ウヒィッ……そ、その……あ、ああ相手は、か、カムラとカワハラだったもので……」
「あいつらが!?」
「か、カムラが、何かガスみたいなものをかがせて、ねねね眠らせていました……!」
そのとき、園内放送のスピーカーから、居丈高な女の声が鳴り響いた。
『……ガッ……園内に居るものたちよ。私はアイスクイーン。この世界の新しい女王。すべてのものは私の前にひれ伏しなさい……ガッ』
「あ、あにきぃ……この声って……」
「……………………」
くそっ。やっぱりお前なのか……ケイ!
『自らの本性を解放しなさい! 理性を捨て、本能とこのアイスクイーンにのみ従うのよ! これ以上本当の自分を隠すことなんかない。他人からどう思われようが、ぜんぶさらけ出すワケ! そして、園内に居るアリバとかってコシャクな連中を、三分以内にギッタンギッタンにしてやるのよ!』
『……この放送を聞いてるスペシャルゲストさん。招待状は持ってるかしら? あなたの【大切な女性】と一緒に、舞踏会へのお越しを心待ちにしてるわ!』
ガッ。放送は切れた。
「アニチ……行くのか……?」
「……ああ。【大切な女性】ってのが誰なのか、今はっきりわかったからな」
パークの中央にそそり立つ、おとぎの国の宮殿を見すえる。
「……俺はそいつを取り戻さなくちゃならねえ……!」
気がつくと、俺たちは園内の悪意……あらゆる人気アニメ・マンガ・ゲームのキャラクターに囲まれつつあった。
自然、俺たちは固まって円になり、そんなコスプレ悪意どもと相対する形になっていた。
「……みんな……すまねえがあとを頼めるか?」
「オウヨッ!」
「行ってください、ハヤトさん!」
「なんとかやってみるよー」
「ここは我らに任せるですなっ」
「アイスクイーンの支配下だけに、氷属性の敵が多いはずだ。まずは、風属性のクリハラを探して合流しろ。そしてなんとかINABIKARIを止めて、コミネを助け出せ! この局面、風の大将が居ねーと話にならねえ。あいつを中心に隊列を組んで戦うんだ!」
ジリジリと間合いを詰めてくる悪意をにらみながら俺は続けた。
「シンジロー、シモカワ。テンション上げすぎんなよ! 氷属性相手だと、おまえらは分が悪い。まだ正気の一般人の保護に専念しろ!」
「わかったよ兄貴!」
「うおおおぉぉぉし! 情熱スイッチオォォォン!」
「カスガっ。おまえも火属性だが、ステータス的には一番タフだ。コイツらを守ってやってくれ!」
「おーう。おれがみんなの壁になるー!」
「それからヨシオ。風属性といってもクリハラは未熟だし、ヤギハラは戦力として正直微妙だ。こんなときこそおまえの電波が頼りだ。頼んだぜ」
「ウイ、ムシュー!」
俺は、カスガの背中に隠れるように怯えるヤギハラに声をかけた。
「ヤギハラ」
「にぎゃっ……は、ハイッ」
「さっきはああ言ったが、いまこの場で風属性はお前だけだ。できることでいい。力を貸してくれ」
「は、ハヤトさん……」
「……じゃあ、始めるとするかっ! パーティに遅れちまうからな!」
悪意どもが一斉に襲いかかってきた!
先行する仲間たちがそれを迎え撃つ!
突破口が切り開かれる。俺はその一瞬の空隙を駆け抜けた!
◆
パレスに近づくにつれて、気温がどんどん下がっていく。
尖塔と白亜の壁は、紫色のまがまがしいオーラに包まれたイバラの城のようにも見えた。
大勢の悪意が暴れる園内を駆け抜ける。目指すは、淡く光り始めた夏の夕空にそそり立つシンデレラパレス!
跳ね橋を渡り、戦車でも通れそうな巨大な扉の前に立つと、待っていたように、分厚い扉がギイイイッと開いた。
城内は虚ろな仮装舞踏会の真っ最中だった。
華やかなオーケストラがBGMを奏で、テーブルいっぱいに、スナック菓子やジャンクフードが並んでいる。
キラキラ輝くシャンデリアの下、宝石のようなグラスには安っぽい高アルコール飲料や健康に悪そうなジュース。
そして城内には、霧のように冷気がまん延していた。
冷気の中で、手に発光材を持ったコスプレ連中が、シャカシャカした奇妙な動きのダンスを一斉に踊っていた
その姿は、アニメやマンガのキャラクター。
楽団が奏でるのは、アニメの主題歌やBGM。
誰もが目に精気がなく、ぼんやりしている。
まるで醒めないどうしようもない夢の中に居るように。
俺にはまったく興味のないアニメや漫画。だが、ここに居るヤツらは、その世界に浸るのが何よりも望みらしい。
俺の嫌悪感を敏感に感じたのか、オタク悪意どもが同時にこっちを見た。
その赤い瞳には、自分たちの世界を否定する人間に対しての、あからさまで攻撃的な敵意!
「チッ。よくできた幻想の世界にこもって、ずっと都合のいい夢だけ見て、誰かの作ったキャラを借りて……お前らそれで満足なのかよ!」
襲いかかってくる悪意たち!
俺はかたっぱしから、そいつらをぶっ飛ばしていく。
だが、ゾンビのような悪意たちは、あとからあとから湧いて出てきやがる。その圧倒的な人数に、俺は背筋が凍る思いだった。
くそっ。いつからこの国は、こんなヤツだらけになっちまったんだよ……。
ラチがあかねえっ。ムキになって相手にするだけ時間のムダだ。
俺は先を急いだ。
虚ろな目をした悪意どもは、執着心は薄いらしく、すぐに俺を追うのをあきらめ、フラフラとまた夢のパーティーに戻っていく。
「よよよ、ようこそ……いっ、いっ、いらっしゃいましたっ。アイスクイーンがお待ちです」
執事服を着たカワハラがいきなり現れた。
「……………………」
「ひえっ……ハヤトさん、マジで怒っとるやんっ」
「…………てめえ、よくもノコノコ俺の前にツラ出せたな」
「ひぃぃぃぃいいい」
カワハラは、不思議の国のウサギもかくや、というスピードで逃げ去った。チッ。レベル2必殺技【脱兎】かっ。
「待ちやがれッ」
カワハラを追いかけ、さらに奥へ。
石の階段を上り、赤いジュウタンの通路を進み、大きな扉を蹴り開ける。
謁見の間に出た。
奥行きのある暗い室内には、ぽつぽつと道案内のように、オレンジ色の燭台が連なっている。
その二列のオレンジの光。その向こうの豪華な椅子に、アイスクイーンが座っていた。頬杖をつき、気だるげな顔でうつむいている。
その優美なドレス姿には見覚えがあった。
俺たちが初めて出会った日の、あのコスプレ衣装。
「……あら。早かったわね。ちゃんと一時間以内じゃない。あんたが私の指示した時間を守るなんて、初めてじゃなあい? ……本当に【大切な女性】ってワケね」
アイスクイーンが顔を上げた。
真紅の双眸が怪しくきらめく。
そして……氷の微笑。
「お招きにあずかり光栄だぜ、アイスクイーン。……大切な女を返してもらいにきた」
「ハヤト!」
声のしたほうを見ると、巨大な氷の柱に身を埋め込まれたティンカーベルが、囚われていた。
「ナミ!」
「……こめん……ボク……油断して……」
「大丈夫だ。気にすんな」
「みんなは……?」
「パークのほうを任せてある。ここへは俺ひとりで来いってクイーンからのお達しだったからな……!」
「……ダメ……このひとは……アイスクイーンの悪意は……ありえないほど強い……無属性のハヤトじゃ、絶対に勝てない……!」
「……………………」
「か、風属性のコミネさんやクリハラくんでないと……まともな戦いにすらならないよ……」
「……それでも……」
俺は言った。
「……コイツだけは他のやつには任せるわけにはいかねーんだ。俺自身が決着をつけなくちゃダメなんだよっ!」
「ハイハイハーイ。盛り上がってるとこ悪いわねえ」
苛立たしげな笑顔でアイスクイーンが割って入る。
「女王を無視して、イチャつかないでくれるかしら? 舞踏会の主催者として、おもてなしさせてもらわないと……まずは、我が親衛隊長と戦ってもらうわよ」
「親衛隊長? どうせカムラだろ?」
「…… (ギクギクッ!)」
大広間の太い柱の陰から気配がした。
「……カムラ。今なら、2/3ゴロシで済ませてやる……。こんなことになっちまったのには、俺にも責任がある。おまえらばかりを責められねえ。けどな、これ以上俺の敵に回るなら、三倍ゴロシじゃ済まねえぜ……!」
物陰からいきなり、蝶ネクタイにタキシード姿の巨体が、もみ手しながら転がり出た。
「は、ハヤトさん。誤解ですって! 俺は最初からハヤトさんの忠実な手下ですって! ダブルスパイとしてアイスクイーンに取り入り、危険もかえりみず情報収集を敢行しましたぜっ……!」
「あ。コラ、カムラ! あんたなにソッコーで裏切ってるワケ!?」
息を切らせながら俺のそばに来たカムラは、卑屈な顔で耳打ちしてきた。
「……このカムラめがつかんだ情報によると、どうやらアイスクイーンは、まだかなりハヤトさんに未練タラタラのご様子……」
ドゴンッ!
「ぐええっっっ!!!」
「だまってろ」
カムラはそのままゴロゴロ転がって消えた。
「さあ、お次は何をする?」
「……じゃあ本題に入りましょうか。あんたに提案があるのよ」
「提案?」
「どう? 私たちで手を組まない?」
「……………………」
「私は悪意。あんたはアリバ。お互いすごいチカラを持ってる。そんな私とあんたが組めば、怖いもんなしってワケ。福岡市のすべてを支配することだってできる。そしたら、あんたには、その半分をあげてもいいわ。私たちがふたりで福岡市に君臨するのよ。王と女王として。永遠にね」
「……………………」
「どう?」
「どう……って、なんだそのつまんねー提案は。福岡市の半分? いらねえよそんなもん。アホか」
「……ムカムカッ! あ、相変わらずね……」
「ゴタクはもういい。そろそろケリをつけようぜ、アイスクイーン」
「……どうしてもやるってワケね……大切な女を助けるために」
ねめつけるような暗い瞳。憎悪の真紅が灯る。
ドス黒い冷気を噴出させながら、アイスクイーンはユラリと玉座から立ち上がった。
「ああ、その通りだ。……俺の大切な女を……ケイを、返してもらうぜ! アイスクイーン!」
「!!??」
「……ケイ! 俺はおまえを必ず助けだす!」
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