8-1 惑いの剣士ヤギハラ
今日も今日とて、悪意退治。
にぎゃーーーーい。ちっとも楽しくにゃーーーーい。
だいたいおれはいったいなにをしているのだろう?
ハヤトさんに命じられるまま、悪意とかって、ワケのわからないアブナイ連中と戦うハメになった。
その理由も、悪意がなんなのかも、聞かされていない。
どうしておれなんかが? と思うけど、ハヤトさんとそのパートナーである謎の美女ナミさんは、
「おまえにはアリバがあるからな」
「そそそ。あるからね」
……と、ぜーんぜん説明になってないことを口走る。
そして、おそろしいことに、この戦いに巻き込まれたハヤトさんの友人たちも、おれたち東和校生も、その明確な理由を知らないのだ。
知らないまま、日々、暴行傷害・器物破損・不法侵入を繰り返しているのだ……。
「ヤギハラ! そっち行ったぞー!」
シンジローの声で我に返った。
ここは夏の昼間の高宮駅。
いつもだったら、100円ラーメン『勝龍軒』にでも立ち寄る平和な場所なのに……。
目の前には、真っ赤な目をしたチンピラが……。タトゥーにピアスという半径5メートル以内にも近づきたくない、怖そうな相手……。
「ひ、ひいいいいいい!!」
思わずブンブン振り回した竹刀が、敵の腕にピチッと当たった。
相手は怖い目でギロリとおれをにらみつけてきた。
い、いやじゃーーーーーーー。もう帰りたーーーーーーい。
「…………燃えろおおおおッッッ!!!」
ズバアアアッッッ!!
オレンジ色の熱風のようなものが目の前を通り過ぎた。
「燃えろッ! 燃えろッ! 燃えろおおおおッッッ!!」
シモカワが、親の仇のように悪意をズバズバ斬りまくっている。
その鬼神のような動きに、味方だというのに、おれはオシッコちびりそうになった。
「……ヤギちゃん。大丈夫?」
別人のような爽やかな微笑みが、おれに向けられる。
何があったか知らないけれど、女の子と逃げ出したあの夜以来、シモカワは変わった……。
……いや、口には出さないけど、みんな少しずつ何かが変わってきている。
……そしておれだけが…………なにも変わらない……相変わらず、みんなの足を引っ張るザコのまま……。
結局、その日の悪意退治でも、おれはみんなの足手まといだった。
そしてその夜。
「……こ、こってえーーーー」ぴしりっ。
カタギリ家で解散したあと、みんなと別れたおれは、近くにある公園『多賀緑地』に来ていた。
「……こってえーーーーーー」ぴしりっ。
コソ練でもすれば、この弱腰が治るかな、と考えて。
「……………………………………」
反撃してこない公園の樹にすら腰が引ける、この情けなさ……。
ほんとうは頭の中に、正しい足の運びや、身体の動かし方、剣撃のハッキリした筋が見えている。
なのに、ビビッて踏み込みが足りず、その動きができない。
……理由はわかっていた。
目の前の木々が、モワモワと人間の姿へ置き換わる。
おれをイジメ抜いた、あの三人の姿に……。
中学時代、おれはイジメられっ子だった。
おれに目をつけたのは、身体のゴツい運動部の三人組。
おれはそいつらに、パシリ、代返、当番の押し付け、日々のストレス解消と、ひと通りのイジメを受けたのだ。
そして、あの事件が起きた……。
とあるそうじ時間。無理やりホウキを持たされたおれは、三人にチャンバラを強制された。
三人はゲラゲラ笑いながら、おれをホウキで叩きまくった。
そのとき、突然おれの身体が無意識に動き、そのうちの一人の頭を、上段斬りにぶっ叩いていた。
相手はそのまま昏倒してしまった。
残った二人は激怒し、おれはボコボコにされた……。そして、その日からさらにおれへのイジメは激化したのだった……。
おれが、あまりレベルの高くない東和を受験したのも、同じ中学の出身者がほとんど居なかったから。
ここで、シンジローと出会い、ヨシオさんや、クリハラ、カムラやシモカワと仲良くなって、ようやくおれの中学からの暗黒時代は終わった。
そう思っていたのに……。
また、おれの弱さが、おれの情けなさが、おれを苦しめる……。
たぶん、おれが自分のイメージ通りの太刀筋を出せないのは、相手からの反撃が怖いからなのだ。
本気で攻撃したら、相手を怒らせて、またあのときみたいに痛い目にあわされる。だから、消極的な小手しか狙えない。
「こんなおれに、戦いは無理じゃよ…………」
決めた。
明日…………明日こそ、ハヤトさんに直談判して、
アリバのメンバーから脱退させてもらおう…………。
◆
そして次の日。
「ハヤトよう。どうする? このままじゃアミカスの客たちが逃げ遅れるぞお……!」
「………………………………」
「あ、兄貴ぃぃぃ! やばいよっ! 西鉄名店街で悪意が次々に暴れてるっ。もうだめだーーーーー」
「………………………………」
「ハヤト! まずいっ。あの悪意は今までのとはちょっとワケが違う……!」
「………………………………」
「ハヤトさん! ガンガンいきましょう! 今はとにかく動いていたいんです!」
「………………………………」
「ハヤトー。カムラとカワハラがまた逃げたー。あと、ヤギハラが敵に囲まれてピンチだよー。どうするー?」
「………………………………」
「ムホホ! ハヤトさん! 女子大生のグループが襲われています! たまには、助ける見返りを要求してもいいんじゃないですかねえムホホ」
「………………………………」
「ヌヘヘ。もうやってらんねーつーのっ。敵に寝返っちゃおっと……」
「………………………………」
「ハヤトさーーーん。ちょっとおれ、ビデオの予約忘れとりました。いったん抜けてよかですか?」
「………………………………」
「ハヤトよ! このコミネ、昨夜は徹夜して、我々のテーマソングを考案してきたぞ……!」
「………………………………」
「ハヤトさん! おそそもん!」
「………………………………」
「は、はは、ハヤトさあーーん。実は折り入ってお話が……」
「…………っっ!!!!」
「…………いいかげんにしろおおおおおおおお!!!!」
「「「「 !!? 」」」」
「てめえら、なにかと言えばハヤトハヤトって、ホイミスライムのホイミみたいに連呼しやがって! なんでもかんでも、俺にばっか頼ってんじゃねええええええ!!」
「あ、兄貴……?」
「もうお盆過ぎだってのに、ここんところ連日、悪意悪意だっ! 夏なのに、なにもできやしねえ!」
「は、ハヤト……いきなりどうしたの……?」
「シンデレラパークだってそうだ! 俺だって本当はいろいろな乗り物に乗りたかったんだよおおおお!!」
「……やっぱりそうだったんだなあ……そうじゃないかと思ったぞお」
「このままじゃ、夏が終わっちまう……! 決めたぞ! 今日は遊ぶ! 悪意なんかもう知らねー! お前らで勝手にやってろ! 悪意ボイコットだ!」
みんな「「「「「え、えええええええええええ!!!」」」」」
にぎゃーーーーい。このひと、いきなり、なに言ってんの?
「は、ハヤト……ちょっとまって! そんなこと……」
「ナミ!!」
「は、はいっ?」
「海に行くぞ!」
「え?」
「だから、俺のバイクに乗って、ふたりで海に行こうぜって言ってんだよ!」
「え、そ、そんな……でも」
「すぐ行くぞ! 来いッ」ぐっ。
「あっ……そんな……強引に……!」
いきなりキレたかと思えば、わけのわからないことを言い残し、青いバイクに向かってズンズン歩くハヤトさん。
あっけにとられるおれたちの視線なんてどこ吹く風。さっそうとバイクにまたがると、ヘルメットをかぶり、サングラスをかけ、叫んだ!
「俺たちは志賀島でサマーバケーションだ! あばよ! おまえらは好きなだけ悪意と遊んでろ!」
「…………だ、だめっ。だめだよナミっ。こんなことしてるときじゃ……でもっ。夏の日差しがっ。夏の海の誘惑がっ。ボクを……ボクをダメにする……!」
口元をニヤけさせたナミさんを後ろに乗せたハヤトさんのバイクは、爆音を轟かせ、風のように去っていった……。
おれたちを無理やり戦いに巻き込んでおきながら、勝手にキレて、勝手に放り出し、勝手に女の子と海に行ってしまわれた……。
くうううう。あんなふうに生きてみたいっ……!
「……あーあ。行っちゃった。……でも、たしかにハヤトさんは僕たちのリーダーとして、ずっと気を張って頑張ってたもんな……」
「そうだねー。いちばん最初にナミと出会ったハヤトは、オレらの中でもいちばん長く戦ってきたしねー」
「おれの知ってる兄貴なら、もっと早くにキレてもおかしくなかったよ」
「ならば、こういうのはどうだ?」
ササハラさんが言った。このひとはふだん影が薄いけど、一度口を開くと妙な存在感というか、影響力を発揮する。
「我々も志賀島に同行するんだ。ハヤトとナミに悟られぬよう、少し離れて。そして、ひそかに周囲で悪意を討伐し、ハヤトたちがゆっくり海水浴を楽しめるようにする……もちろん、海パンとサンオイル持参でな」
「ヒャッホーーーイ! おれは超・賛・成! それなら兄貴に休みをあげられるし、おれたちも海で遊べる! さすがササハラくん、一石二鳥だよ!」
「ったく……しかたないな。俺はどっちでもいいぞお」
「ムホホ! いいですねえ。実にいいですねえ。たまにはエロゲギャルじゃなく、リアル女子たちも視姦したいってものですよ」
「福岡市はおれの街。志賀島はおれの海ですな」
「ヌウウウッッッ。ナミの水着……? ナミの水着をこのコミネも拝めるというのか……! あとで妙な課金とかないだろうなっ!?」
……そしてコレ。
好き勝手メチャクチャしても、周囲がそれを許し、気まで使ってくれ、自分のペースで話が進む……。
ハヤトさんのこういうところ、おれなんかとはぜんぜん違う。
持って生まれたもの、と言えばそれまでだけど、あまりの不公平さに、神を呪いたくなる。
なんだか、また勝手に話が進み、今からみんなで志賀島に行く流れになりそうだし……。ハア。面倒くさい……。
「あのー。おれは個人的には反対というか、そもそも海とか興味ないし、水に浸かるのは、風呂くらいでいいというか……」
どうせだれも聞いてないと思いつつ反対意見を出すが、もちろんだれも聞いていない。
唯一、ハヤトさんに面と向かって逆らうカムラはどうかと、期待してチラッと見た。
「……ヌヘヘヘ。夏の志賀島。女子高生も女子大生もおミズも人妻も、水着でビーチにうようよ。そりゃ反対する理由はないっつーの……!」
「カムラが賛成ならおれもー」
ダメだ……。なにが水着だ。そんなものどうでもいい。クーラーの効いた部屋で、ゲームでもしてるほうがずっと楽しい。
おれの存在意義って……
おれの戦う理由って、いったいなんじゃろ……
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?