家電よ、もう少し大人しくできないのか
テレビでおすすめの家電などが紹介されると、だいたい「音声で知らせてくれます」という機能が肯定的に宣伝される。この前、「レタスはそろそろ賞味期限切れです」など、ついに冷蔵庫までしゃべるようになったことを知って少し驚いた。あいつは開けっ放しの時にピーピー言うだけなのがいいのではないか。
俺の家では、風呂とIHクッキングヒーターがしゃべる。いや、この書き方では風呂とIHクッキングヒーター同士がおしゃべりに花を咲かせているともとられかねないが、俺はそこまでおかしくないので安心してほしい。
風呂は「お湯張りをはじめます」「お風呂がわけました」といったような報告のみしゃべる。これに関してはまあ別にいいだろう。これは機械の領分を超えるようなことではない。その証拠に、俺が風呂の栓をつけ忘れた時なども、風呂の機械は関係なしに湯船一杯分の湯を下水に垂れ流して「お風呂がわけました」と言う。それを受けて俺が風呂に入ろうとして、全裸で風呂の戸を開けると、ほっかほかの空の湯船があるわけである。多少腹が立ち「なにがお風呂がわけましただ。信じて全裸になってしまったではないか」と苛立つこともあるが、すぐに「いや、栓をするのは俺の役目だったな、これに関しては俺の落ち度だ、すまん」と風呂に謝る。風呂と俺は良好な関係を築けていると言っても過言ではない。
問題はIHクッキングヒーターである。こいつはかなり面倒くさい。当初、IHクッキングヒーターを我が家に導入するという段では、俺はわくわくしていた。火でもないのに卵などを焼き、水を沸騰させるほどの熱を出すという、そのスマート感が魅力だと考えていた。しかし、よかったのは最初だけだ。
加熱中に少しでもフライパンをIHクッキングヒーターからはなすと、ピーピー音がなり「位置を確認してください」と言ってくる。これがどうしようもなく鬱陶しい。なぜ、問い詰めてくるのか、少し遊びに行っただけではないか。そういう束縛が、逆に男を遠ざけるのだ。俺はIHクッキングヒーターからフライパンが離れていると問い詰められるたび「そんなんじゃもう、お前と一緒にチャーハンつくれねえよ」と思うのだ。いってしまえば、IHクッキングヒーターは重い。
それに引き換えガスはよかった。俺がチャーハンを作ろうがオムレツを作ろうが、黙って炎だけを出してくれていた。なんだかその優しさというか、控えめさが、若かりし俺には退屈さに思え、ガスを捨ててしまった。別宅があって、そこはガスなのだが、そこで料理をするたびに、ああやっぱお前だよなあ、という気分にさせられる。が、それを口には出さない。俺はガスを捨てたのだ。今さらかける言葉などあるだろうか。俺はガスと添い遂げられなかったことを密かに悔やみつつ、年々ヒステリックになっていくIHクッキングヒーターの尻に敷かれて老いるしかないのだ。それが俺の背負った罪と罰なのだから。
これから家電はさらにしゃべるだろう。そっち方面には明るくないが、アレクサというものもある。あれはこっちの言ったことも認識してしゃべり返す。まだききとれない言葉やニュアンスなどあるだろうが、それが解決されるのは時間の問題だと思われる。世界中にどれほどアレクサのユーザーがいるかわからないが、おそらく音声のデータは取られているのではないだろうか。数年後には変則的な言い回しや文法にも対応するだろう。また、日常生活で俺達がしているように、会話の一部分がききとれなくとも、その前後の文脈を読んで、意味を把握するというような所まで来るかもしれない。
今でもアレクサなどは電気をつけたり消したりはできるらしいが、今後家のほとんどを音声で指示し、またスマホで指示できるようになりそうだ。それはいいことだと思うのだが、便利になるということは失うことでもあるということを忘れてはならない。少し話はずれるが、今は無料の娯楽が増えすぎていて、まだ俺達二十代半ばくらいの世代はマシだろうが、子供たちのことを考えると少し暗澹たる気持ちになる。子供たちというのは、機械を操作すれば無料の娯楽が無限に広がっていることが生まれてきた時から当たり前の世代のことだ。たぶん俺達も先人に比べてそうであったように、自分の頭の中で楽しみを編み出す力が乏しくなっているのではないかと思うのだ。俺の同世代とて、無料の娯楽に慣れすぎて、何もない状態でも楽しむ力というのがだいぶ衰えている人間が多いと感じる。
家電に関しても、テレビのチャンネル変えたいけど、リモコンあるのテーブルの対角線上じゃねえか、今一番いい姿勢に落ち着いて寝転がった所なのによお、ぐらいのストレスがある方が人間には丁度いいような気がしてならない。
でも、実際に体験するのと同等なAV出ねえかなあ、とも思う。まあ、それできたら風俗産業は衰退し、少子化はとんでもないことになると思うけど………。
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